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5章❶.亜紀の決意と、春彦も知らないレイラの過去
──9月7日(月)レイラに連れられて行った和食カフェにて/亜紀視点
「びっくりするよ、お迎えとか」と、亜紀。フロアを出てから。
レイラは亜紀の前を歩きながら、「ええ? そう?」となんでもなさそうに言う。「だって、どうせお昼は食べるでしょ。営業部ならそんな早くないだろうなって」
「それはそうだけど。なんていうか、人気者の自覚を持ったほうが……というか」
「ねえ、面白かったね!」
「おも……?」
「私と春彦が付き合ってる噂のほうを信じてたひとたち、喜んでるだろうなァ」
「…………」
レイラと春彦が付き合ってる噂の「ほう」。ということは、そうじゃないほうの噂もあるということだ。自分はそういうのに詳しくないし興味もない。聞いたところで実りはないので、亜紀は聞き流すことにした。
「いずれにせよ、同じ案件をやるんだから亜紀くんとは仲良くしたいよ」
「それは俺だって……。でも、もしかしたらだけど……春彦は関係してる?」
「んん~? それはいったん置いておくとして、和食のお店でいい?」
「うん。どこでも」
──つまりは、春彦が関係している
亜紀はそう考えた。レイラと話すようになって長くはないが、なんとなく彼女の受け答えのパターンは読めてきている。本題を後回しにして、どうでもいいことほど先に言う……というような印象。ゆるゆると逃げ、どんどん本命のカードを見えなくするような会話。
頭はものすごくいい。けれどきっと、春彦とは、真逆。
レイラは亜紀を和食カフェに連れてきてくれた。午後1時すぎなのに、満席だ。亜紀たちはたまたますぐに入れたが、もう順番待ちの客がいた。ちょいとオシャレなお茶漬けとか、焼き魚とか、湯葉のお吸い物とか、そういうメニューが並んでいる。お客さんの8割が女性。入ったとき、亜紀は「姉ちゃんが好きそうな店だな」など思った。
「亜紀くん、ココの案件はお断りするつもり?」
レイラが炊き込みご飯を食べながら聞いてきた。
「まだ考えてる。企画としてはすごく面白いと思っていて……さすが心寧さんだなと」
亜紀は漬け鮪ののったお茶漬けを食べつつ。
心寧の企画は、どうしても春彦の存在に引っ張られている気がしてしまう。亜紀ありきの内容ではない。しかし、惜しいのはそれだけだ。企画自体は素晴らしいと思える。春彦であれば、大注目を浴びるものになるだろう。そして、もし自分がやったとしても、レイラとの身長差は逆に現代の在り方を表すようで、それはそれでアリだ。ベストは春彦だが、「保険」として自分がいるのは間違っていないと思う。まあ、カッコよさとかそのあたりは、モデルが本業ではない「社員モデル」なのだから重視されないはず、として。
それでもモヤつくのは、心寧が個人的な感情を捨てきれていないこと。
「心寧さん、すっきりしたとは言ってたんだけどな……」
「え?」
「や、言っていいのかどうかわかんないけど。春彦に対してはもうそんなに……とは。まあ、言葉では言えても、実際は難しい、よね」
それは亜紀が「春彦と付き合うことになった、ごめん」と心寧に直接話したとき。ふたりでのお茶を実現させて、きっちり事実を伝えたのだ。心寧は「うん、たぶんそうなんじゃないかと思ってたよ」と笑ってくれた。
だからこそ、研修中の喫煙室で、
『亜紀くんは、もし春彦に付き合ってほしいって言われたら、どうする?』
……と、あんな質問をしてきたのだ。
「私はココの言葉に嘘偽りはないと思ってるけど」と、レイラ。「恋愛的に引きずりまくっているわけじゃない」
「そうなの?」
「うん……ただ、そういうのを差し置いても『なんか引っこ抜けない』っていう感情あるじゃない? 心寧はね、恋愛はともかく、春彦と対等な立場で、できれば一緒に仕事をしたいってがんばってきたから、いまぎこちないのがすごくイヤみたい」
レイラは「緒方さんのことも真剣に考えてるよ。私としてはちょっと彼の押しが弱いのが気になるけど。専務とかやってるクセに」と付け足した。
「そっか……」
「私はね、ココを応援したいんだよね。がんばってきた姿をずっと見てきたから。亜紀くん、なんとか春彦を口説けないかな。春彦がすっごく信頼してる相手っていうのは知ってるよ」
少しほっとする。恋人同士であるということは、さすがに心寧から伝えられていない。
春彦を仕事のために口説く。おかしいことじゃない。あくまでも、企画のベストな仕上がりを目指すのであれば。そこがゴールなら。
ただ、ちょっと気になることはある。
「……あの、もし春彦に依頼できたとして……レイラさんは平気なの?」
春彦みたいに「いとことウエディングなんかイヤモード」(予想)じゃないのか。
「えへ~」と、レイラ。ちょっといままでと雰囲気が違う。「いまからお話することは、完全な私情。プライベート。でもいいよね、私はこの企画の立案者じゃないから。言ってみれば、パーツのひとつ」
「う……うん。なんだろ」
「実はね、……私、春彦のお嫁さんになりたかったの」
「え」
「実は、初恋の相手。もちろん小さいころだけどね。大昔。だって、あんなのが近くにいたら、どうしたってそうなっちゃうじゃない」
「あ……あ~、ね……」
春彦のことだ、小さいころから「春彦」だったのだろう。乙彦だってそうだ、小さかろうがイケメンはイケメン。頭だってその年齢にはそぐわないレベルでよかったと想像できる。
「小さいころの自分の夢が叶うみたいで、嬉しいかな。これ、めっちゃ恥ずかしいから、ココにも春彦にも内緒ね! あいつ、いまでも喋んなきゃ最高だから、いいものが撮れると思う。もちろん私もきっちりやるつもり」
なんか引っこ抜けない感情って、あるからね。私にも。レイラはそう言って、どうにも照れくさいというふうに微笑んだ。いままで見たなかでいちばん可愛いと言っても過言ではない顔で。
亜紀は説得してみる、と言わざるを得なかった。
昔のことだ、たいしたことじゃない。でもなぜか、もやもやにもやもや以外のあんまりよくないものが重なって、笑顔をつくるのにちょっと苦労した。
企画内容については、今日あたり春彦も把握するはずだ。最初の「秘密」の制約は消える。けれど、別の、もっと割り切れない秘密に差し替えられただけかもしれなかった。
そういえば。春彦の秘密ってなんだ?
自分は、春彦のことをなにも怪しんでいない。ヤバいくらいナチュラルに、絶対的信頼を置いている。いくらか仮説を考えてみたが、「なんか、俺へのプレゼント?」くらいしか考えられなかった。うぬぼれが過ぎるだろうか。
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