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6章①.企画書が出てきたおかげで、自分がどうすればいいかくっきりわかった
──9月13日(日)春彦の家のベッドにて/春彦視点
日曜の朝9時。春彦はベッドの縁に腰かけ、まだ深く眠っている亜紀の顔を見つめていた。
「可愛いな……」
昨晩何度言ったかわからないが、まだ自然に出てくるその言葉。亜紀は寝ていると幼い顔がさらに幼くなって、何歳なのかわからなくなる。本人は童顔であることがコンプレックスみたいだが、春彦にとっては魅力のひとつでしかなかった。
セックス対決。変な対決だ。
そんなの、負けてやったってよかったのだ。たいしたことじゃない。そこまで「絶対イヤ」みたいな内容でもない。レイラ相手にはそういうことも言うけど、なんといっても大人だし、仕事なんだから。
でも、「わざと負けてやった」を喜ぶ相手ではない。そんなのは知っている。仕事だって、セックスだって。
とはいえ。とはいえ、おとなげなさすぎたか……? などと考えていたら。
突然、亜紀が目を開いた。ばっちり目が合った。
「おはようございます」と、亜紀。
「おはよう……ございます。大丈夫、か」
「全然大丈夫。春彦、いまなんか変なこと考えてただろ」
「いや……」
空気感で伝わってきた、と亜紀。目はがっちり閉じていたのだから、確かに空気くらいしか情報がない。だいたいこういうのは亜紀に当てられる。不思議だ。
「勝負は勝負。俺の負けです。完敗です。正直、めちゃくちゃヨかった。初体験をしたばかりだったのに、また違う初体験があるとは。奥が深い。お得感も増した」
「お……おう、それはなにより」
「企画、俺は俺でなんとかするので」
「そうか……?」
「ん、心配しないように。では」
「では……では?」
亜紀が目をつぶった。そして本当にそのまますうすう寝息を立てて眠ってしまった。一瞬会社員の顔になったのに、また幼い彼に戻ったのが驚きだ。
「身体的には大丈夫ではなかったということか……ごめんな」
額に口付けする。唇にも。でも、「寝ている人間の唇」だった。ちゃんと。
──さて。
コーヒーを淹れ、再度企画書を開く。亜紀が書き込んだ小さな文字も、改めて全部読んだ。
おそらく。おそらくだけれど、この企画は自分でなくてもいい。亜紀とレイラで、なかなか面白いものができあがるはずだ。企画自体がいいものだから。ただ、(これは彼が言っていたことだが)心寧が自分をイメージして作成したというのもよくわかる。
ひとつ、昨夜の亜紀の説明に引っ掛かるところがあった。彼の前では完全にスルーしたが、心中では「む」と思ったそのセリフ。
『レイラさんは心寧さんのことをすごく応援していて』
百万円くらいは賭けてもいい。レイラは会ったばかりのよく知らない相手を「すごく応援したり」はしない。企画がいいと思ったら進めるだろう。しかし、亜紀の口ぶりでは、レイラの気持ちは心寧という個人に向いていた。まるで、前から知り合いだったみたいじゃないか?
まあまあキャピった雰囲気を演じている(あれは演じているのだ)のに反し、秘書としてはクールで知られる彼女が、そんなふうに亜紀に訴えるようなことをするか?
宮島が言っていたことはきっと、間違いではない。彼女たちは親しい友人同士だ。自分が知らないうちに繋がっている。となると、レイラが少なからずよくない方向で絡んでいる可能性は高い。あいつは罪のない嘘は遠慮なくつく。マナのように。
亜紀がまんまとレイラに仕向けられているとは思えないが、きっとなにかはある。なにせ、自分の恋人はとても優しいから。
レイラの希望は、自分を参加させることにある(心寧はわからない)。
亜紀の希望は、自分を参加させることそのものにない。「よい企画にすること」にある。
……うん。見えてきた気は、する。
彼の、しっとりと綺麗だが、わりと男性的に骨ばった指を見てふと思いつく。立ち上がって、メモ帳の端を細長く破ったものと、ペンを持ってきた。くるりと左手の薬指に巻いて印をつける。確か、指輪のサイズというのはこういう測り方でなんとかなったはずだ。指輪が通らないと困るので、関節のいちばん太いところにもゆるりと巻いて測る。ほぼ同じだった。
†
翌週の木曜日。彼らのミーティングの日程や場所は、共有されているスケジュールツールで確認できる。今日の18時ちょうど、7階の第3会議室だ。クロスの内容自体は、部長である春彦のところにも届くようになった。最新の企画書も。亜紀の名前はそのままそこにある。
ミーティングの参加人数も確認できた。少人数による事前ミーティングのあと、全体での大きなミーティングがある。亜紀の意思確認や企画の確定は、事前ミーティングのほうで行われるのだろう。そこに、緒方も来ることになっている。
亜紀が結局どうすることにしたのかはわからない。彼がやると決めたのなら、それを邪魔する気はなかった。彼は勝負に負けたのだ。
ただ、「もっといい企画に」というところで乗るのであれば、話は違うはずだ。
7階の通路で、少々待つ。ガラスパーティションの会議室を遠目でチェックしてみたところ、緒方以外のメンバーは揃っているようだった。緒方はだいたい7分は遅れてやってくるダメ上司である。それでいて仕事はできるのだが、なぜその7分を急げないのか。必ず持っている缶コーヒーはその7分で買っているのではないか。まあ、どうでもいいけど。
「──緒方専務」と、ふらふらと姿を現したダメ上司に声をかける。
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