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6章②.緒方から聞く「先行プロポーズ」への先行YES

「お、剣持か。久しぶりだな。どうした? 剣持はクロスに関わらないんだよな?」 おまえがやってくれたら心寧が喜んだのになァ、と緒方は結構さらりと言った。 「そうですかね?」 「そりゃあ一ノ瀬もすごくいいけどさ。やっぱり社内でいちばん人気のある社員を起用したい、ってのは強かったみたいだからな」 答えが出た、と春彦は思った。レイラが研修中の自分に電話で伝えてきたあの内容。 『専務だけならどうでもいいだろうけど。関原心寧も一緒だから念のためね』 ──あれは、決して自分を助けるための情報ではなかった。むしろ自分を揺さぶり、心寧の存在を強く意識させるためのもの。『詳しくは知らないけど』? 嘘だ、めちゃくちゃよく知っているはず。レイラは、心寧と自分をくっつけたいのだ、という仮説ができあがる。 「いい企画だとは思いますよ。ただ、私は部長ですし。クロスの対象じゃない」 「そんなの、どうにでもなるの知ってるだろ?」 「そうかもしれませんが……」 問題は心寧の気持ちがわからないことだ。まあ、知ろうともしなかった自分が悪い。亜紀はとても心寧を気遣う発言をしているのに。あまりにも亜紀に夢中になってしまい、思いやりがなさすぎた。 どうした? と訝しげな表情で立つ緒方に言ってみる。 「はい。緒方専務のご意見をうかがいたいですね。ここには我々しかおりませんので、個人的な感情が入ってもまったくもって構いません」 個人的な感情。なかなか出さないキーワードだ。怪しまれるだろうか、と思ったが、緒方は想像以上に笑顔を見せた。 「ああ、俺もおまえたちの関係は知ってるし、別にいいよな。お互いさまって感じで」 ──ん? 「……私たちの……関係?」 緒方から出てくるとは思っていなかった話題。なぜ知っている? 春彦から伝えたことがないのだから、亜紀から? まあ、ありえる。 「そうそう」と緒方。「一ノ瀬が、剣持とプライベートでもパートナー同士になるから、同じ部署じゃマズいんじゃないかって。正直だよなァあいつは。ちょい暴走気味だったけど」 「暴走してたんですか」 「だって、ほら、別部署どうこうは結婚して初めて出る話題だから。しかもうちの会社、そのへんユルいし」 「まあ……そうですね」 「でも、あいつはおまえにプロポーズされた並みの覚悟をお持ちだったねえ。ま、剣持はそのつもりくらいでいるんだろ」 「そのくらいのつもりでいます」(即答) 緒方が自分たちのことを知っているとは知らなかった。亜紀のことなので、「言っちゃったけどまあいいや」くらいに思っているのだろう。緒方が相手なら納得もできる。 「じゃあ問題ないよね。おじさんは若者の恋愛を応援するよ。ちゃんと内緒にもしてるしね」 そう言ってから、緒方は「あ、ちょっと待ってて」と自販機が並ぶコーナーに寄り、やはり缶コーヒーを買った。そして、そのタブを折りつつ。 「おかげで、というのもアレだけどさ。心寧もすっきりしたようで、まだ俺にチャンスはあるかな、と。だから、もし今回おまえが絡んでくれても、邪念はないよ。もう、若いころみたいな恋愛をしたいわけじゃないんだ。ゆっくり待つさ」 「そうなんですね」 「だって、いちばんの敵は剣持だったのにさ。こう言っちゃ失礼だが、『そう来たか』って感じじゃねえか。……しかしだ、うん、わかる。本当に一ノ瀬はまっすぐでいい子だよ。剣持の好みにドンピシャなんだろ?」 「ドンピシャです」(即答) 「だろう? ほら、俺の言ったとおりだ。そのうち会社内で知られることにもなりそうだな? うちの会社なら問題なさそうだけど。そういうカップルいるし」 とはいえ、どこにいたっておまえらふたりなら平気か、と彼は笑った。春彦は入社以降初めてこの男にちょっとした好意というものを感じそうになっていた。危ない。 「私はみんなで幸せになりたいんです」と、春彦は言った。ちょっと宗教みたいになっちゃったなと思うが、続ける。「だから、自分が必要ならどんな企画にも参加します。今回は、直接お話をうかがっていなかったので、それがわからなかっただけなんです」 嘘は言っていない。亜紀からは説明された。心寧の企画書も読んだ。だが、社内的に、直接的に、なにかしらのアプローチがあったわけではない。 「あ、そうなの?」 「ここだけの話、森口が私の従姉妹なので、やめたほうがいいだろうと思われたようですが」 「マジか。秘書室長の森口レイラだよな? ヤバい、そうか、そう言われれば似てる!」 「はい、顔は結構そっくりなので(そう思ったことは一度たりともないけれど)ふたりでやるのは、というのがあったんでしょうね。関原さんはあとからレイラに聞いたんでしょう。でもそれだけです。ですが、ご一緒させていただければ……そうですね、いい提案はできそうだ。あくまでも、緒方さんがそのように望んでくださるなら」 「ん? 俺?」 そうなのだ。ここでこの男の一声があるだけで、全然話が変わってくる。 あの「勝負」の意味を潰さなくて済む。 「……まあ、俺、おまえの上司だもんね。つい忘れちゃうけど」 「忘れてしまわれたら困る」 「なんか急に可愛い部下みたいになるの、怪しくない?」 「ちっとも怪しくありませんね」 「そう? でもまあ、そりゃそうよ。なにせロナルドが目を光らせてる。剣持がいてくれたらだいぶ違う。忙しいのは百も承知だが、頼めるか?」 ──よし。 「承知いたしました」

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