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7章❶.企画は「現代」を取り込んだ内容にアップデートされた

──9月17日(木)7階第3会議室にて/亜紀視点 会議室では、亜紀と心寧、そしてレイラが話をしながら緒方を待っている。 緒方がこの企画を承認すれば、あとは走り出すだけ。春彦がクロスの対象外であることは、心寧にも事前に伝えた。心寧は「わあ、そっか、退職するまでに(※心寧は元社員、1・2巻参照)あんまり経験がなくて、ちゃんとわかってなかった」と謝ってくれた。春彦を説得したけれどダメだった、とは伝えていない。「説得の前に制度の問題がある」、それは嘘ではないし、これ以上ノイズになる情報を増やしてもしょうがない。 「能力不足かもしれないけど、俺でがんばらせて」 それがすべてだ。 ここに集まってから再度そう言ったが、レイラも納得しているようだった。 いいでしょう、やりましょう。 新郎の背は新婦より低いですが、そういうカップルも普通にいる。まさに「社員モデル」という感じなのが逆にいいかもしれない。プロのモデルじゃやらないことをやらないと意味がない。……など考えたそのとき。 亜紀たちがいる会議室のドアを、誰かがノックした。ドアの窓から緒方専務の顔が見える。 「はいお疲れさん。遅れてすまんな」 ──え? 緒方のすぐ後ろにいたのは、春彦だった。 「失礼します。営業部第1ユニットの剣持です。緒方専務からのお声がけで、こちらの企画に参加させていただくことになりました」 えっ、と声を上げたのが心寧だ。 「緒方が?」 「そうそう。だからこの企画はクロスから格上げな」と緒方が説明する。「稟議は急いで通す。ロナルド社長の気合から考えればもともとそのくらいの規模でもよかったんだけど、なんといってもトライアルだったからねえ」 「そうなんだ……」と心寧。「緒方が言ってくれたんだ……」 亜紀から見て、だが。明らかに。明らかに心寧が緒方を見る目が変わった。 「企画の説明は一ノ瀬から受けておりまして、非常にいいものだと」と、春彦。「ただ、予算ももっと引っ張ってこれるわけで、現企画をさらにアップデートすることができる。ご提案させてください。資料の用意はないので、ここで直接ということになりますが」 「さっきこいつとちょっと話してさ。こういうのもアリじゃ、ってなったんだよな」と緒方。 こちらも明らかに親密度が増している。 「……関原さん、いいかな。君の元案を潰すようなマネはしない」 「そんなの心配してない! もちろんいいよ、聞かせて!」 春彦は頷き、亜紀の隣に座った。 「春彦、いいの……?」 緒方が女性ふたりと談笑するあいだに、小声で確認する。 「ああ。この前も言っただろ。企画は非常にいいと思う。制限があって、それが解除できるかどうかが問題だった。確かに勝負には勝ってなにもしないという選択を得ることはできたが、緒方専務からのお声がけを断ることはできないだろ」 「嘘だ。いくらでも断れるくせに……」 「ふふ」 折れてくれたのだ、と思う。勝負は勝負として、その結果は生かしたまま。 どちらも、自分のためにほかならない。 春彦(と緒方の、という名目にはなる)の提案は次のとおり。 今回取り扱う4つの国内プランのうち、2つのプランについては心寧の企画ほぼそのまま。亜紀とレイラがモデルとなる。春彦の提案は、もう2つを亜紀と春彦で撮影する、というものだった。つまり、同性カップルだ。 春彦はこう説明する。 「テーマは『どの道か、誰と歩むか』でした。主役の視点は一ノ瀬です。その人物が選ぶ道、選ぶ相手をパラレル的に示すことで、このどちらも当事者が選べる、という現代の在り方を具体的に示すことができる」 「うわ……かなりのチャレンジね。うちレベルの企業が出すには。でもすごくいいと思う」 感心したようにそう言ったのは、レイラだ。亜紀が彼女を見ると、彼女は亜紀にだけ見える角度でウインクをした。彼女の初恋の夢は叶わなくなってしまうが、いいのだろうか。 「それに対して、男女カップルが定型的モデルじゃないのもいい。亜紀くんとレイラの身長を活かせる」と、心寧。 「え、じゃあ私、ハイヒール履いてもいいんですか?」 レイラが訊くと、春彦が答える。 「もちろん。定型を追わないというのが今回のテーマだからね。新郎に合わせる必要はない」 「やった。この手のドレスは高さがあったほうがいいから」 「そのあたりはおまえのモデルとしての知見を活かしてもらえれば助かるよ」 「そうね。……ん? え?」 レイラがすごい勢いで緒方のほうを見た。ここにいるメンバーで、ふたりがいとこ同士であることを知らないのは、緒方だけだからだ。 緒方は腕を組んで話し合いの様子を眺めていたが、「おう。俺も教えてもらっちゃったもんね。いとこだったのな」と得意そうに言った。 「──さて。亜紀。おまえはこれで構わないか?」 春彦が確認してくる。 「ダメなわけがない。俺もすごくいいと思う」 「ん。よかった」 「……ああ、これもいちおう。レイラとデキてるとか、俺とデキてるとか、さまざまな噂が流れる可能性があるが──、レイラはどうでもいいとして」 「なんでよ」と、すかさずレイラ。春彦との関係がバレてむしろラクそうだ。 「世間というのはそういうものだしね。うちの社員はコンプライアンス的にもとても教育されているほうだと思うが、ほら、既にいろんな噂が流れているようなのでね」 亜紀は思わず失笑した。 そういう「普通の心配」って、なんだかこの男には似合わない。 「そんなの、俺だってどうでもいいよ。わかってるだろ」 だって、事実なのだ。この男と自分が付き合っているのは。 万が一バレたとしても、隠す気もない。 「それは、よかった。では、以降よろしく」 春彦は器用にボールペンをくるりと指の上で回してから、ポケットに納めた。 春彦と、オフィスに戻る通路で。 「なんか……ありがとね、春彦」 「別に、なにも。礼には及ばない」 「全然なにもじゃないよ」 「俺は役得だ。モデルとはいえ、恋人と結婚式が挙げられるんだからな。ポージングの練習もほどほどにやるぞ」 「ん……でも、あんまりそういうの、好きじゃなかったんじゃ」 「食わず嫌いはよくないと思い始めた」 優しく微笑んで、ぽん、と頭に手を置かれる。大きな春彦の手。 まただ、と思う。お見事な解決方法。春彦にはこれまでに幾度も助けられているが、今回は特に。すべての意見を尊重し、丸く収めてくれた。心寧の満足そうな表情を見て、亜紀も心の底から安心できた。 ただ。あとひとつ、引っ掛かるものはあるが、それは春彦に届かない事実だからして……と、そんなふうに考えていた、そこで。 「それよりちょっと確認したいことがあるんだが」 「なに」 「おまえ、レイラになにか言われてないか。ちょっと微妙なことを」 「えっ……」 亜紀はまさに「たったひとつ引っ掛かるもの」について言われて、狼狽してしまった。 「俺は知らなかったが、レイラは心寧と繋がっていた。まあ、親しい友人だったということだ。レイラの目的がもし『俺と心寧を復縁させること』だとすると、亜紀になにかしら仕込む気がする。目的のためには手段を問わないからな」 「……秘密にしてくれって言われていて……」 「あいつ、俺には朝食の内容さえ秘密にする奴だぞ」 「なんでそんなことに」 「知らん。だから俺も絶対に教えない。おまえと一緒に食べた大切なパンの情報など」 「そういうのの積み重ねってことね……」 でも、さすがに言えない。それが嘘かどうかの保証はなにもないからだ。 「例えばだが」と春彦。「実は俺と結婚式を挙げたかった、だとか」 「ひっ」 「……なるほど? じゃあこれもだ、初恋の相手だとか」 「やめてやめて、言い当てるのやめて」 「それは完全な嘘だ。安心しろ。レイラは初恋の相手と結婚式を挙げている。それがあいつの人生を賭けたイベントだったわけで」 「そうなんだ、よかっ……え? えええええ? レイラさん、結婚してるの……?」 「正確に言うと、結婚してた、だな」 ドイツでの幼少時代。春彦とレイラはともに親元を離れ、ロナルドの実家で生活していたという。ありえんくらいの豪邸だったため、お手伝いさんも何人かいたし、ロナルドの執事もいた。それがセバスチャンという男性。 「出会ったときからじいさんだったけど、カッコイイ男だったよ。レイラは物心付く前からセバスチャンに夢中で……それこそ3歳とか4歳とかそれくらいでね。日本に戻ってからも、絶対にセバスチャンと結婚するんだと言い張っていた。ギムナジウムでまたドイツに戻って、大学を出たら本当に式を挙げた」 「すご……」 え? でも、過去形であるということは? 出会ったときからじいさん、と言うからには……。 「ガーデンウエディングだ。病院の庭でね。セバスチャンにはもう、時間がなかったから」 「…………」 「1年はもったはずだ。穏やかな生活を送れたと思う。レイラはひとりに戻ったが、なかなかドイツから離れられないでいた。やっと新しい生活を送る気になったところで、ロナルド伝いでうちの社に入った」 「なるほど……」 「以前のレイラに戻っているから安心している。まあ、嘘つきはもうクセみたいなものだし、俺はマナで慣れているから」 あんなのでも、妹みたいなものだから、と春彦は小さな声で続けた。 その感覚が、従姉妹の破天荒な行動を許せているのだろう、と亜紀は思った。いくら肝の据わったふたりでも、そんなに小さなころから海外に預けられたら、余裕があったはずはない。両親もいなかったわけで、お互いが拠り所のようなものだったのではないか。レイラの行動は、言ってみれば限られた関係性のなかにある「甘え」だ。 「そっか……春彦、『おにいちゃん』なんだね……」 「悪いな。妹が。さっきも言ったが、レイラは目的のためには手段を選ばないんだよ。セバスチャンだって、押して押し切られて、プロポーズの返事は『しょうがないね』だったからな」 春彦にとっては妹のような存在だったのだから、執事さんにとっては娘のような、あるいは、孫のような存在だったのだろう。自分と違う、まだ先の長い若い彼女の申し出を断り続けて、人生の最後の最後でわがままを叶えた。 「悪くない……やばい……泣きそうになる。悪くないよ、ほんとに。だって、レイラさんって俺たちが付き合ってること知らないんでしょ」 「う。知らない、と思う。俺は言っていない。心寧は言いそうもない」 「そしたら罪のない嘘だよ。そっか……セバスチャン……名前もいいね……」 「いいよな」

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