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10章①.風邪薬に拝む男爆誕

──10月11日(日)日曜ほぼ同刻、春彦のマンションにて/春彦視点 「──む」 着信音で目が覚めた。エミリアによって設定された、ミッキーマウス・マーチである。 いい加減変えよう変えようと思って、結局変えていない。というのも、これが鳴ると一気に目が覚めるからだ。姪のエミリアが「びっくりするくらい目が覚めるんだよ。だからパパの朝のアラームもこれに変えてあげた」と言うだけある。身体はついてこないことも多いが、とりあえず脳内ではしっかりと立ち上がることができる。ついでに、同じく脳内では、例のキャラたちの行列も始まる。毎朝コレで起きるのは勘弁願いたい。和弘さん(※マナの旦那・彼もドイツと日本のダブル)に同情した。 スマホをタップ。佳代さんからだ。 「──はい」 『もしもし、春彦? 私、佳代さんよ』 「春彦です。おはようございます」 時計を見ると、時刻は午前11時。常識的な時間。あれこれ考えて明け方まで眠れずにいたが、そのあとはしっかり眠れたようだった。 契約の件と思いきや。 『いま亜紀ちゃんと話したのよ』 これでさらに、本格的に目が覚めた。脳内行列キャラたちは解散した。 そうだ、佳代さんは昨夜、「明日には伝える」と言っていたのだった。 『それでね、あなたが心配していた言質は取ったよ。今日行くわ』 「言質?」 『言ってたじゃない、はっきりした希望を直接聞いてないって』 言質ってそれか、と思う。引っ越しの件だ。 ということは? 亜紀はここに住みたいと言ってくれたのか? 「亜紀と話せますか」 『……ん、ちょっと待っててね』 あれこれ聞いてみたいが、佳代さんが言質というからには、言質だ。下手にあれこれと素直すぎる質問をして、亜紀の気持ちが変わってしまったら困る。 あの指輪を渡した意味が、少しでもあったなら。 ほぼ完成したあの部屋に、想いのひとがいてくれる日々が待っているかもしれないなら。 「亜紀?」 『あの、はるひこ、これは……』 ぐるぐると考えた末、伝えるべき言葉はこれだけだと考えた。 「早くおいで。待ってるよ」 電話が切れた。気持ちがふわついてぼんやりしていると、新着メッセージありの通知。 二葉と一沙とのグループLINEに、ふたりから。 『本日決行とのこと、承りました。めっちゃ張り切っちゃうよ。トラックの運転は僕ね』 『俺は、ばあちゃんを家に送ってから電車で行くよ。あとでね、春彦さん』 荷造りを手伝いに行こうか、と返信すると、『なんか亜紀ちゃん、あんまり荷物がなさそうなんだ』と、二葉から。確かにそうだ。彼はすごくシンプルな生活をしているから。佳代さんからは「もしそうなったら使わない家電や中古のベッドは引き取る」と言われているので、となると衣類と生活消耗品くらいしかない。 日曜なので、道路はまあまあ混んでいるかもしれない。それでも、中央道と首都高を使って1時間程度。新宿に着くまで少なくともあと4、5時間くらいはある。それなら、こっちもやりたいことがやれそうだ。 春彦のマンションの間取りは(1巻をお読みの方はご存じのとおり)ファミリータイプの2LDK。「いい時代」に祖父が買い上げた、2026年代の新築にはなかなかお目見えできない、広い物件だ。廊下も当時のリッチ路線に乗っていて、一般的なタイプよりも幅がある。 しかし、春彦は(キッチン、バス・トイレ関連を除き)計18畳あるリビング・ダイニングだけで一通り過ごせるように物を配置していて、ベッドもリビングにある。2LDKなのに1Kみたいな使い方をし続けていた。相変わらず。 空いている部屋のうちのひとつは、亜紀の個室になる。もうひとつは、自分の個室ということにする。恋人と住むことになるのだから、リビングはリビング。寝室は寝室に。 この巨大なベッドだが、巨大なだけあって解体して運ぶことができる。ひとりでやるのは難儀だけれど、夕方まで時間があるなら問題ない。力は人並み以上にあるし、プロ用充電式ドライバードリルや持ち手のないキャリー、いわゆるコロコロ台車といったツールも揃っている。マナからの頼まれごとのせいで揃っているだけだが、なかなか役に立つものだ。 「ん、あのバカでかい音がするドライバーはキッチンか」 充電式だったはずなので、確認しておくことにする。 ドライバーボックスの隣に、どうでもよさそうに並ぶいろんなものの小箱。あの風邪薬もあった。手に取ってみる。 「これがなかったら……違う『いま』だったかもしれないのか」 もちろん、そうとは言い切れない。それでもいつかは……ということはあったかもしれないが、鈍感な自分がこの「風邪薬さま」の導きなしで、ここまで辿りつけたかどうか。気付いたときには、亜紀の隣はもう誰かに奪われていたかもしれないのだ。「運命に任せていれば」みたいな甘い世界ではない。なにせ、彼はあれだけ魅力的な人間なのだ。運命なんて、いくらでも作り出せる。 どの道か、誰と歩むか。 春彦は風邪薬を棚に戻し、両手を合わせて拝んでおいた。 いや、別にそういう宗教とかじゃないんだけど、そうせざるを得なかった。その大手の製薬会社さんにまで感謝したい気持ちだった。 煙草を吸おうかなとか言っていられない。春彦はコーヒーとバタートーストという簡単な朝食を済ませたのち、空っぽの部屋の床の拭き掃除を始めた。

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