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第2話

リュートの日常は、魔導師としての研究から始まる。そんな難しいことはしていない。遥か古代、この国の王族は魔術を行使することが可能だった。その時代の本を読み、現代では逸失している魔術の復元を試みる。過去に存在していた魔術は大体、リュートの中にある。 そんな地味な研究を黙々と行い、自宅で母が作ってくれるサンドイッチを昼食に食べて、 「行くか」 リュートは、そう呟く。あまり行きたくはないのだが、玉座の間に集まるようにとのご命令だ。従うより他ない。どうせ碌でもないことなのに。 扉を開けて、外に出る。魔導師としてのローブをひらひらとさせながら、リュートは玉座の間に向かう。廊下ですれ違う侍女や他の城仕えの者の人数を数える。ひとり、ふたり…… (減ってるな) 前にここを歩いたときと、人数が変わっている。 昼過ぎの同じくらいの時間で比較しているから、大体正確なはずだ。城仕えの者の勤務形態はそう大きく変わらない。それを踏まえて考えると、減った理由は大方、レオニールの不興を買ったことによる解雇、給金が払えないことを理由にした人員整理、この辺りだろう。もちろん、本人が気に入らなくてやめた線もあるだろうが、この国は、城下町の有様をみてもわかるとおり、斜陽の国だ。就職先なんて多くない。わざわざ城勤めをやめる理由はない。 (……人員整理だとすると、いよいよこの国も深刻だな) リュートは冷静にそう考える。人減らしをするほど、この国の財政が傾いているということだから。まあ、傾くのも当然だろう。レオニールの散財は見るまでもない。 (先代国王は、まだマシだった) 浪費もしないし、多少民のことを見てもいた。だが基本的に事なかれ主義で、決断の出来ない国王だった。有事のときにそれでは困るのだが、周りの人間が助ければ何とかなる類の人ではあった。 だから――何故先代国王が暗殺されたのかは、リュートも気になっている。表向きは病死ということになっているが、リュートは先代国王の部屋に侵入した暗殺者と交戦している。追い払うことには成功したのだが、伏兵として置かれていた水差しの毒までは、どうしようもできなかった。 そんなことを考えている間に、玉座の間に着いた。白く、金縁で彩られた大きな扉を、兵士が開ける。その中に入ると、玉座に足を開いてだらしなく座るレオニールと、 (……騎士団長) そう。彼がいた。もうそれだけでうんざりである。回れ右で帰りたいのだが、レオニールはそれを許さないだろう。そんなことしようものなら、靴を舐めろどころでは済まないかもしれない。侍らせた女性や男性への各種玩具による性的なあれこれの話は、まあ、噂になりつつある。自分が同じ憂き目に遭う可能性を考えると、回れ右は駄目だろう。貞操は守りたい。 「アルトフェルト、遅いな」 レオニールの、尊大に聞こえるだけの、薄っぺらな声。数段高い位置にある玉座。その足元まで進み出て、片膝をつき、頭を下げる。 「申し訳ございません」 「お前はいつもそうだ。そうやって俺のことを馬鹿にして……!」 「陛下。今はいいでしょう」 始まろうとしていたレオニールの愚痴を止めたのは、騎士団長だった。彼はレオニールの側に立ち、リュートを見下ろす位置にいる。 騎士団長がレオニールから可愛がられているのは有名だ。先代国王から続く厚い忠誠を評価しているのだとか。そのうち寝台に招かれるんじゃないか、と揶揄する声があるくらいには、信頼されている。 (馬鹿げた話だ。忠誠、ね) リュートは内心それを嘲る。顔には出さない。いつも通り、すん、と俯いている。 「……そうだな。おい、アルトフェルト」 騎士団長の声に素直に応じて、レオニールが言った。 「はい」 「四悪の祠は知っているな」 「はい」 「行って、封印を強化してこい」 「……」 一瞬言葉に詰まる。 四悪の祠。ヴァイスベルク王朝の歴史上、そこには四匹の悪しき者が封じられていると言う。悪しき者を封じたのは、ヴァイスベルクの呪術。レオニールは、それならばリュートでも再現できると踏んでいるのだろうが。 (――天命だ) 常に監視され、自由に身動きの取れないアルトフェルト。四悪の祠に出向けという命令は、願ったり叶ったりだ。これで、これで。 ぐ、と奥歯を噛みしめる。いけない、口元に笑みすら浮かべるな。気取られるわけにはいかない。今はただ、命令を受諾し、黙って送り出してもらうことが肝要だ。 「封印の強化、承りました。準備期間に七日ほど頂けないでしょうか」 リュートがそう言うと、ちっ、とレオニールが舌打ちする。とっとと行けよと思っているのが気配でわかる。 「おい、フェティル」 「はい」 「旅の準備というのはそんなに時間がかかるものなのか?」 「そうですね。今回は地水火風の四地方を巡る旅……実質、我が国土の半分を歩く旅です。七日の準備で済めば短い方かと」 「ふん、そんなものか」 つまらなそうにそう答えて、レオニールはリュートに言った。 「許す。七日で準備をし、出立しろ」 「承知いたしました」 話は終わった。とっとと退出して、旅の準備をしなければ。顔を上げて、退出の許可を取ろうと、そう、思ったときだった。 「監視としてフェティルを付ける」 『は!?』 騎士団長と声が重なる。嫌そうに騎士団長をちらりと見ると、どこか傷付いたような顔をした騎士団長がいた。だが彼は、陛下、とレオニールに言う。 「何故、俺が」 「お前が一番信頼できる。アルトフェルトは信用ならん……反乱を企てるかもしれない。そのときはお前が斬れ」 「もしそのような兆候があれば斬りますが……しかしそれならば騎士団の別の者でも」 「お前以外信用ならんと言ってるだろう!?」 急に声を荒げるレオニール。本当に情緒不安定な男だ。 騎士団長は、小さく肩を落とした。溜息は我慢したらしい。そして、わかりました。と答える。リュートはいらん荷物が増えたなと思いながら、それも込みで、今後のことを考えた。

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