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第6話
宿に向かう前に、村人から野菜やら保存食を山のようにもらった。旅の道中ではありがたいので、素直に受け取って、空間にしまっておいた。
宿に向かおうと歩いていると、目の前に現れたのは、
「アルトフェルト様」
「……村長。いや、領主か。お変わりなく」
そう。中年の、どこにでもいそうな男性。だが、この男性がこの地の村を中心とする土地の領主であり、地の村の村長であり、祠の門番でもある。
リュートは、四地方の領主と面識がある。知り合い程度どころか、普通に交流もある。物資の手配にも協力してくれた。
「旅は順調ですか?」
「……どうでしょう。一人旅ではないですから」
「ああ……聞きましたよ。騎士団長と一緒だとか」
「そうなんです。やりづらいです」
泣き言を言うと、領主は軽やかに笑った。
「しかしアルトフェルト様がこうしてここに来たと言うことは、まあ、そういうことなんですよね」
「……」
アルトフェルトというだけで、リュートの動向は制限されていた。監視もあったし、城に拘束されていたと言っても過言ではない。だが、こうして外に出て、四悪の封印という任を得た以上、やるべきことしかない。四地方の領主はその辺りを理解しているので、割とあっさりと、こうやって言ってくる。
「私は肯定しますよ」
「ありがとうございます」
「どうか騎士団長にだけは気を付けて」
「ははは……」
犬としての機能より、常時発情していることの方がリュートにとっては問題だったりするのだが、一応彼の名誉のために黙っておいてあげよう。
「例え――貴方様を失うことになったとしても」
「……」
リュートは、口を閉ざす。
「偉大なるアルトフェルトって、銅像でも建てましょうか?」
「やめてください……あまりに恥ずかしくて、化けて出ますよ」
「はは、それで貴方に会えるなら、化けて出てきてもらいたい……そのくらい、我ら四領主は貴方に忠誠を誓っているのです」
「……本当に、感謝しています」
リュートは深く頭を下げる。四領主は、この国が抱える重大な秘密をアルトフェルトと共有した一族だ。いつかその忠義に報いることができるといいのだけど、と思っている。ただ、それをするのは自分ではないだろうが。誰かが……きっと繋いでくれるはずだ。
「私は宿に向かいます。祠の方は」
「鍵は明日の朝外しておきます。今日はゆっくりお過ごしください」
「重ね重ね、ありがとうございます」
互いに礼をし合って、リュートは領主と別れる。宿への道を往きながら、もう一度空を見る。雲一つない空がそこにあって、それがただ眩しくて。つーっと一筋零れたそれを放ったまま、青いそいつに言葉を託した。
――上手く行きますように。
宿に着き、扉を開く。受付に、黒い鎧の男が部屋と取らなかったかと尋ねると、取ったと答えたので、その隣に部屋を取る。別に離れた部屋を取っても……何なら空間で寝泊りしてもいいのだが、反逆に見えて困ると言うし、視界に入っておいてやろう。
部屋のある二階に続く階段を上る。鍵を預かった部屋番号の前に立って、部屋に入る。空間から水を取り出して、水分補給。ぷは、と息を吐いて、ふと、隣の部屋と接した壁を見る。去り際のティルの様子を思い出す。剣呑な言葉を残して去ったように見えるが、その実、どこか傷付いているようにも見えて。
(……心配なんじゃない、状況の確認をしたいだけ)
そう胸中で唱えてから、リュートは隣の部屋に向かった。扉の前に立ち、気配がそこにあることを察する。そしてノックした。
「ティル」
「……リュートか?」
扉に駆け寄ってくる音。開く扉。鎧を脱いでアンダーウェアのみという軽装となったティルが、そこに立っていた。
「何だ?」
何だと聞かれると何とも言えない。どうしたものかと少し悩んで、
「別に」
と、どうしようもないことを言ってしまう。だって本当にどう言っていいのかわからなくて。するとティルが苦笑いした。
「お前、何だ?心配してんのか?」
「ばっ……!してない!何でそうなるの!」
「いいよいいよ、誤魔化すなって。可愛いな、やっぱり」
「違うって言ってるじゃない!」
「いいから入れよ。こんなとこで突っ立っててもな」
手首を掴まれ、部屋に引き込まれる。たたらを踏むように歩いて、扉が閉まる。そのまま引きずられて、ベッドの縁に座らされた。いつぞやの仮眠室での出来事を思い出して、自然と警戒する。
ティルが横に座る。やっぱりぴた、とくっついて。一歩離れると、また距離を詰めてくる。逃げても無駄らしい。諦めることにする。
「鎧はどうしたの」
「脱いだよ。部屋にいるときまで着ないって」
「……ふぅん」
部屋に視線を巡らせると、隅っこの方に剣と鎧が置いてあった。遠目ではわからないが……石でついた傷は、そのままだろう。
「石投げられるとはなぁ」
今日の夕飯はなんだろうなぁ、と言うのと同じような声で、ティルが言う。そんな軽いことではないだろうに。リュートはティルに尋ねた。
「気にしてないの」
「してねぇな。ヴァイスベルク王家の民衆人気が低いのは、俺も知ってっし」
「知ってたんだ」
「お前、俺のこと何だと思ってんだ」
「ヴァイスベルクの犬。都合の悪いものは見えてないんだと思ってたよ」
辛辣な評価を前にしても、ティルは軽やかに笑う……そんな風に笑われると、何だかこっちの方が悪いことをしたように思えてしまう。
「まあな。実際そう見られるのは仕方ねぇよ。だが俺の忠誠は王家のものだ。そこは譲らん」
「頑固だね」
「お前程じゃねぇよ」
心外だ。自分のどこか頑固だと言うのか。別に柔軟なつもりはないが、だからといって頑固と言われる程とは思っていない。その不満がティルに伝わっていたのか、彼は言った。
「お前全然落ちねーしな。頑固だろ」
「何それ。その頑固ティル専用じゃん」
「そうかもな。俺はこんなに好きなのに」
部屋の空気が変わる。まずい。リュートが立ち上がろうと足に力を入れた瞬間、ひょい、とティルに横抱きにされた。
「放して!」
「嫌だね。折角飛び込んできたんだから、ちょっとくらい味見したっていいだろ」
「駄目に決まってるでしょ!?」
そっと、ベッドに横たえられる。咄嗟に半身を起こして逃げ出そうとする前に、ティルがのしかかってくる。手首を掴まれ、ベッドに縫い留められる。吹き飛ばそうと口を開きかけた所を、ティルの唇が塞ぐ。
(また……!)
押し退けようと手に力を入れても、やっぱり騎士団長。単純な力勝負では話にならない。リュートが得意なのは相手の力を利用した、力学的な身体の使い方。上から押し込まれては身動きが取れない。蹴り上げようと思っても、太ももの上に乗られて挟まれているのでできない。
(こいつ学習するんだ……!)
散々な評価だが、実際これまでリュートがやってきた脱出、攻撃を全部封じてきた。馬鹿では無さそうである。
「んっ……」
塞がれた唇を吸われる。息苦しくて身を捩るが、それも何の抵抗にもならなくて。
また舌を嬲られ、上顎をなぞられ、心臓の鼓動が加速する。朦朧としてくる頭で、次はどうやって抜け出せばいいかと真剣に考える一方で、溺れておけば?と囁く不埒な自分もいる。
(……何で?)
自分の思考に疑問を抱く。抵抗するのが当然では?大体俺の性嗜好は男性に向いてないというのに、何で勃っているんだろう。
そっと、唇が離れる。リュートの身体の反応に気付いたらしいティルが、にやっと笑った。
「へえ?」
いらっとする。呼吸を奪われて脱力した身体で、ぎっとティルを睨む。だがそんなことも、可愛い、すっげえ可愛いと封じられて、こいつは一体何だったら痛痒に感じるのだろうかと考える。
「大っ嫌い……!」
「こんな反応しといて言われてもな」
すっとそこを撫でられる。身体が正直に跳ねる。何度も上下に服越しに撫でられて、堪らず、
「あっ、」
と声を漏らしてしまう。するとまたキスをされて、言われた。
「可愛い。もっと聞きたい」
「やっ……!ちがっ」
「何が違うんだ?」
「違うったら違うの……!」
そこまで言って、これ以上は本当に駄目だと全身が警鐘を鳴らす。どうすればいい、どうしたらいい?次触られたら本当に食われる。
考えている暇はない。
腹筋で跳ね起きて、手の平から衝撃波を放つ。殺すほどではないが、当然のようにティルが吹っ飛んで、背後の壁に衝突した。
「いってえ……!」
はあ、はあと息を整えながら、リュートはベッドから飛び降りて、扉の前に立つ。これでいつでも逃げられる。
「待てっ!リュート!」
「この色情狂!ばかっ!」
乱暴に扉を開いて、ばたーんと閉める。慌てて自室に駆け込み、部屋全体に結界を張る。同じ魔力量をぶつけなければ破れない結界。ティルではどうにもできないはずだ。夜這いだって無理だ。
ずんずんとベッドまで歩いて、ぼふん、と倒れ込む。枕を抱えて、丸くなって。
――一瞬、絆されて流されかけた自分を、きつく戒める。
(この旅の目的を忘れるな。こんなことで、揺らぐな)
ぐっと枕を強く抱き締めると、くしゃ、と形を変えた。
(俺はアルトフェルト。やらなければならないことがある――あんな奴に、心を開くな)
お前に惚れてからは、行ってねぇよ。
不意に耳元に蘇る声を遮るように、両手で耳を塞いで、ぎゅっと目を閉じた。
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