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第7話
身支度を整えて宿を出ると、既に騎士団長がそこに立っていた。今日行く場所は四悪の祠。余計なことはしないかと最初から見張っておきたいのだろうか。
「はよ」
「……」
答えない。俺はアルトフェルト。こいつは敵。ヴァイスベルクの犬。
「……なんだよ、つれないな。昨日のやつがそんなに気に入らなかったのか?」
騎士団長が、リュートの顔を覗き込む。即座に視線を逸らし顔を背け、無言で返事をする。襲われて気に入ったなんて奴いるはずがないだろう。
――流されかけたくせに。
うるさい!
自分の脳内の声を罵声で封じて、リュートはさっさと祠への道を歩き出す。
「おいおい、待てよ。単独行動は駄目だって」
領主の言葉では、朝のうちに祠にかけられている鎖の鍵は外してあると言う。このまま進んでも問題ない。かなり早足で、騎士団長なんて置き去りにして進んでやろうかと思った、そのときだった。背後に気配、そして首筋に突きつけられる剣。
「あと一歩進んだら首落とすぞ」
「……」
「単独行動は駄目だって、言ったよな?」
「……」
「監視されてる自覚持てよ。何もしなきゃ斬らないんだから」
「……」
振り返ることなく、指先に魔力を込め、その剣を押し返す。そして折ろうと力をかける。ティルが舌打ちして、剣を収めた。敬愛する先代国王からの下賜品だ。絶対折られたくないだろう。
「お前なぁ……」
呆れたようにティルが言う。だが答えない。口も利きたくない。こんな奴大っ嫌いなんだから。だがいちいちこんなやり取りを繰り返すのも面倒だ。仕方がないので背後の騎士団長の気配を、引き離さないように速度を落とす。
「なあ、俺何かしたか?」
何かしかしていないのに何を言っているんだ。
「……寂しいじゃねぇか。せっかく少し仲良くなれたのに」
誰がいつ仲良くなったと言うのか。
「……返事も嫌なのか?」
……その、捨てられた子犬のような声は、反則だ。良心が痛む。ぴた、と足を止めて、振り返る。
「騎士団長」
「……名前で呼んでくれって、言わなかったっけか」
「騎士団長」
「……はいはい」
子供をあやすようないいかたにまたいらっとしつつも、リュートは言った。
「俺はアルトフェルトだ。そっちはヴァイスベルク側の人間。相容れるはずがない」
「……アルトフェルトって、何なんだよ。陛下も妙に気にしていらっしゃるが」
「……」
話す義理はない。アルトフェルトとヴァイスベルクの関係なんて。大体それを知ったらこいつの忠誠はひっくり返る。聞かない方が本人のためだろう。
……本人のため?
違う。言ってしまった方がいいのだ。聞けば心が確実に折れる。この後の旅路についてくることすら、恐らく無理だろう。
ならばティルの傷付く顔が、見たいのか。
「……聞かない方が、君のためだ」
リュートはそう言って、行こう、と小さく言った。すぐに背中を向けて、歩きだす。ついてくる気配を確認して、リュートは祠を目指す。
大きな石を組んだ入口。鍵に使われていた進入禁止用の鎖は地面に纏めて置いてある。暗い穴を覗かせるそれを見て、ティルが言った。
「誰が鎖外してんだ?」
リュートに尋ねてくる。これも話すと面倒なことになりそうだなと思いながら、短くリュートは答えた。
「領主」
「何で俺らが来たこと知ってんだ。しかもこっちが祠に用事があることまで」
「……」
「……お前、四地方の領主と繋がってんのか」
「さあね」
「答えろよ。事と次第によっては斬るぞ」
「俺は何も答えてないけど。何の証拠もなしに斬るわけ」
「……」
柄にやっていた手を、下ろすティル。困ったようにリュートを見てから、言った。
「……やっぱお前、何か企んでんだな」
「それに答える義理はないよ。企んでても、企んでなくても」
「……可愛い顔してんのにな。どうしてんなこと言うんだよ」
どこか切なげに、ティルが言う。彼にしてみれば惚れた相手がどうもきな臭いという話だ。承服できることではないだろう。それでも、リュートは進まねばならない。
ティルの言葉に答えることなく、頭を屈め、祠の中に入る。この中は地下に続く階段があって、深い所に肝心の祭壇がある。
出来る限り威力を絞って、明かりの術を点ける。湖では明るすぎて使わなかったが、祠の中は一歩先も見通せないほどの暗闇だ。ぴちょん、ぴちょん、とどこかから漏れ出た水の滴る音。リュートはあまり迷うことなく階段を下りていく。
「……お前、この中の構造知ってたのか?」
ティルが疑わしいと言わんばかりに尋ねてくる。
「そう難しい話ではないよ。俺の部屋には古代の本があるから。それに書いてあったのを覚えているだけ」
「……ふーん」
ティルが、リュートの言葉を疑うようになっている。
(……仕方がない。こうなるしかなかったんだ)
だから絆されては駄目なのだ。近付けば後で悲しくなるのはお互いなのだから。
階段を下りきって、広い空間に出る。そこには精緻な彫刻の為された祭壇があり、黒い魔法陣の上に琥珀色の石が置かれている。
「何だこりゃ」
ティルがぽかーん、と眺める。こういった魔術的な要素について彼は門外漢だから――だから、都合がいい。監視なんて言っても、どうせ俺のすることをわかりっこない。
「四悪の封印を、強化するって話だったか」
「そうだね」
「……余計なことするなよ」
「しないよ」
するのだが。
リュートは祭壇の前に座り込んで、手の平を琥珀色の石に翳す。古代語で呪文を唱え、琥珀色の石に魔力を流す。リュートの魔力は初代国王と同質のもの。確実に反応する。
ぱあっと石が輝く。ちかちかと点滅して、ふわりと宙を漂い、リュートの翳した手の平に収まる。
(……これでいい)
「おい、その石持っていってもいいのか?」
ティルが尋ねてくる。リュートは空間を開き、石をそこに格納しながら、ティルに言った。
「大丈夫だよ」
「……本当か?」
「封印が緩んでいた原因の石だからね。撤去した方がよかったんだ」
「……そんなもんか」
やっぱり魔術のことはわかんねーな、なんて呑気なことを言いながら、ティルがリュートに近付く。
「余計なことしてねーよな」
「見てたでしょ。余計なことしているように見えた?」
「見えなかったけど」
「じゃあいいじゃない」
「……さっきまでつんけんしてたくせに、えらく喋るんだな」
ぎくりと内心で舌を巻く。こいつ、よく見てる。
確かに思いの外上手く行って、少し浮かれてしまったかもしれない。その浮かれが口に出ていたのだとしたら……やらかしている。余計な疑念は持たれない方が後々楽だ。
「じゃあ黙ってた方がいいの」
「いや、そういうわけじゃねーけど」
「朝はちょっと気分が良くなかったんだよ」
「……お前が、そう言うなら」
可哀想なティル。全ての物事が疑わしく見えている。リュートのことも、信じたいのに信じられない。
(これで少しは下半身も自重するかな)
もう襲われなくなるかもしれない。そう思った途端、その事実にどこか寂しさを感じてしまう。
だから、違うだろって言ってる!
襲われなくなる。これは僥倖だ。安心して眠れるし、これ以上心乱されることもない。万々歳だ。
でも少し寂しいくせに。
違う。俺は男に興味ないし、昨日勃ったのも……生理反応、そう。生理的なやつだ。断じて感情からくるものじゃない。
本当に?
もううるさい、黙ってほしい。俺はこれでいいんだ!
「地上に戻ろう」
「そうだな」
来た道を戻って、外に出る。するとそこには領主が立って、待っていた。
「作業の方、お疲れ様です」
「わざわざ領主が出迎えか?」
また疑っている。と思いながらその様子を暫く眺める。
「ええ。何せこの作業は国に関わる重大事。領主として放っておくことはできませんから」
「……そうか」
領主の微妙な言い回しに小さく苦笑いする。まあ、彼の言うことは間違っていない。
「作業の完了を労うために、昼食について一席設けさせて頂きました。ご参加頂けませんか?」
その意図するところを察して、リュートは穏やかに応じた。
「ありがとうございます。是非、参加させて頂ければと思います」
「よかった、断られては悲しいですからね」
「待て待て」
ティルが会話を止める。眉根を寄せて、領主に詰め寄る。手は柄にかかっていた。
「何でこんな作業ごときに大騒ぎする必要があるんだ?俺たちの旅は国の命運がかかった、重要な旅路だ。陛下からは早急に終わらせて戻るように言われている」
やはり内々にティルに何か命じていたか、とリュートは思う。まあ、さっさと終わらせてくれないと不安なのだろうが。
「呑気に飲み食いしてる余裕はないんだが」
「騎士団長殿、急ぐ旅だからこそ、心のゆとりは大事ですよ」
「……」
「いつまでも拘束するものではありません。魔導師長殿も応じて下さいましたし、騎士団長も是非」
「……その魔導師長が応じてるから、怪しいんだよ。ったく」
柄から手を離して、渋々応じる姿勢を見せる。
勘のいい奴は、面倒だ。
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