11 / 36
第11話
地面にマットを敷いて、寝る体制に入る。多少ティルへの認識は改めたが、こと性欲に関しては油断するつもりはない。じろっと彼を見て、何もしないかと窺う。
ティルは黙々と寝る準備を進めている。これは――何もされない?さっき今晩から練習頑張るとか言っていたのに?
その事実に一瞬憮然としかけて、いやいや違うだろと頭を横に振る。そう、何もされない。万々歳だ。リュートが寝そべり、布に首まで包まると、どうやら同じように横になったらしい、ティルの方から声がした。
「お前はさ」
「何」
「この国のこと、どう思ってんだ?」
「……処罰されるネタ増やすだけだから、何も言わないよ」
「はは……だよな」
だよな?俺の言葉を肯定した?
リュートの発言は、この国について、王制について、批判的であるということを覆ったものだ。それをティルは認めた。どういうことだ?忠誠馬鹿じゃなかったのか?
「俺、騎士団入ったばかりの頃から、先王に稽古つけてもらってたんだ」
「え?」
「先王は騎士でもあらせられたからな」
知らなかった。リュートの知る先王は、決断の出来ない為政者。リュートも何度か国政会議に参加しているが、先王はどの議案にも承認することはなかった。最終的に重臣たちが意見を取りまとめる。毒にも薬にもならぬ王。
「見込みがあるって、可愛がってくれたよ。もう一人の父のように慕ってた」
「……」
「だから先王が騎士団長に任じて、叙爵してくれたときは、本当に嬉しかったんだ」
「……」
「あの日から、俺の忠誠はヴァイスベルクと共に在る――お前と、対立することになっても」
ティルは、リュートが何をしようとしているのかを、知らない。わからないはずだ。だが、これまでの挙動から、現王家と相対することになるのは、察している。だから、対立することになっても、なんて言うのだ。
ぐっと身体を覆う布を握り締める。俺のこと好きなら、そんなこと言わないで欲しかった。
「……どうして今日に限って、身の上話ばかりするの」
俺の中の君が、書き換わって行くのが怖い。
リュートが問いかけると、ティルはさあな。と応じた。
「釣りとか、清拭とか、記憶に結び付くことが多かったしな。たまたまだよ」
「……知りたくなかった」
「お前本当に俺のこと嫌いだよな」
違うのに。でも、そこまで話す必要もない。どうせ対立する関係なのだ。彼がそう言った。リュートはぐっと目を閉じて、
「おやすみ」
と、吐き捨てるように言った。ティルは。
「おやすみ」
優しく、慈しむようにそう、言った。
今夜は、寝られそうにない。
翌朝。出立の準備を整えているところに、鷹が飛んできた。首から下げているのは、ヴァイスベルクの紋章。ティルは慣れた手つきでその鷹を腕に止めて、鷹が運んだ紙を見る。眉根を寄せて、難しい顔をして、さらさらと別の紙に何事かを書いて、鷹に括る。そうして鷹を放って、届けられた紙を、もう一度見ていた。まあ、内容はお察しだ。
「とっとと殺せって書いてあった?」
リュートが問いかけると、ティルは困ったように笑った。
「まあ、わかるよな」
紙をリュートに差し出す。それを受け取って、内容を確認する。
証拠はいらないからさっさと首を持って帰れ。
身も蓋もない内容だ。四悪の封印はいいのだろうか。そう思っていると、ティルが言った。
「四悪の封印が為せていないので、その後に、って先送りにしておいた」
一見真っ当なことを書いているように見えるが、ティルが忠誠一辺倒の人間ならば別に言われた通りにしてしまえばいいのだ。
「俺に見せてよかったの?」
「見せても見せなくても、何書いてあるかわかるもんだったし」
リュートの手から紙をひらりと取り上げて、リュックの中に入っていたらしいライターで炙って、炭にする。しゃがみ込んだままの姿勢で、
「お前を、殺したくない」
押し出すように、喉から捻り出すように、ティルが言った。
「でも先送りなんでしょ」
「……そうだな。まあ、いつかは斬るんだろうな」
明日は晴れだろうな、くらいの温度感。この人は、そうしていくつの感情を折りたたんで、自分の中に押し込めているのだろうか。
それを思うと、ただ辛くて。君が楽になるなら斬ってもいいとさえ思う。だが、それは許されない。自分には、為すべきことがある。
ただ、それ以上に。
「……俺だって、殺されたくないよ」
君に、とは言えなくて。それを呑み込む。ぐっと拳を握り込んで。
ティルが立ち上がる。川の流れる音がする。ティルとリュートは、互いに視線を絡ませた。
「……それ、どういう意味なんだ」
ティルの顔が迫る。鼻先に寄った彼の顔を止めることなく、リュートは言った。もう、近寄らないで、なんて言葉、どこかに置いてきた。
「さあ。当ててみて」
顎を取られる。顔が斜め上を向く。縫い留められた視線を目を閉じて切って、優しい唇の感触を受け止めた。いつものように口内を犯されることのない、ただの口付け。
「……好きだ、リュート」
ほんの少し唇を離した場所に、言葉が投げ込まれる。リュートはそれを聞いて泣きそうになりながら、もう一度キスを重ねた。
ともだちにシェアしよう!

