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第12話

水の村に着くころには、もう夕方だった。朝一で出立しても、足早に進んでも、こればかりはどうしようもない。 水が流れる美しい村を歩いていると、正面から女性が歩いてきた。 「うわ……」 ティルが声に出す。さもありなん。本当に美しい、女神のような女性だったから。 淡い水色の髪、サファイアのような瞳、一点の瑕疵のない均整の取れた体つき。彼女こそが、この水の村を中心とした領土を統治する、領主。 すっかり目を奪われたティルに何となく面白くない思いになりながらも、リュートは歩み寄ってきた領主に頭を下げた。 「お世話になります」 「リュート様、頭を上げて下さい。貴方様にそのようなことはさせられません。地の領主に殺されます」 「はは……」 地の領主は一番年配なだけあって、リュートが子供の頃から知っている。その分リュートへの思い入れも深く、リュートへの無礼を許せない。殺されます、はあんまり比喩になっていなかったりする。 そっと、水の領主がリュートの耳に顔を寄せる。ふわりと石鹸のような柔い香りがした。 「地の村から連絡はもらっています。どうか、今晩は安心してお休みください」 きょとん、とする。何の話だろう。そう言うだけ言って、水の領主が離れていく。 「食事をご用意しております。どうぞこちらへ」 「いやにタイミングがいいな」 ティルが警戒したように言う。すると水の領主はふふ、と穏やかに笑った。 「道中、たくさんの川を見たでしょう」 「ああ」 「私たち水の民は、全て水と繋がっています。誰がどこを歩いているのか、そのくらいはわかってしまうのですよ」 水の民のこの特性については、未だ研究が進んでいない。それを解明しようとすることは、水の民の身体を開くことになる。非人道的だということで、研究施設からも許可が下りない案件だ。しかしそうすると少ない手がかりから推察を重ねることになる。結果、研究が進まない。 レオニールがこの辺りの研究に興味がないことは、僥倖だった。彼が興味を持っていたら、一体何人が犠牲になったかわからない。 対して興味を持っているのが、薬物研究だと言うのが、また……と、リュートは思う。 「不思議なもんだな」 然程興味もなさそうに、ティルが言った。 大きな部屋に通され、席に着く。地の村での料理も豪勢だったが、水の村も負けてはいない。中でも特徴的なのは。 「……何だ?これ?魚?」 ティルがフォークの先で透明な身を突く。リュートは実家で水の村から直送されたそれを食べたことがあるのであまり驚かないが、まあ、王都出身だと珍しいだろう。 「刺身だよ」 「さしみ?」 「水の村は海に近いから。海で獲れた新鮮な魚を生で頂く食べ方だよ」 「魚を生!?」 ティルの驚く声が面白くて、リュートはふふ、と小さく笑った。するとティルがそれを見て、 「やっと笑ったな」 瞳をやわらげ、口元を緩ませ、そう言った。何となく気恥ずかしくて、頬を染めて下を向く。いや、見られて嫌なわけじゃない。ただ……これまでのつんけんした態度のことも相まって、恥ずかしい。 「川の魚は生で食えないから」 ティルがそう言うと、水の領主が穏やかに微笑んだ。 「川の魚は寄生虫がいますからね。火を通すのは必須です。大して海の魚は一部の青魚を除いてそういうことはありませんから」 「ふーん」 「さあ、頂きましょう」 水の領主に促されて、リュートは白身魚の刺身を頂く。皿を見ると、リュートが苦手としている脂の乗った赤身や白身は乗っていない。皆よく知ってるなぁと感心しながら、もぎゅもぎゅと刺身を噛む。 ティルは恐る恐る刺身を口にして……好みだったらしい。醤油も合わない人は合わないのだが、そんなことはないようだ。 「リュート様」 「はい」 「次は火の村に行かれるのですよね?」 「そのつもりです」 「火の村は今、火山が活性期に入っています。万が一もありますから、滞在は短く済ませた方がよろしいかと」 「……」 火の村は、この国一番の山に抱かれた村だ。ただ活火山で、現在も定期的に噴石を飛ばしている活火山でもある。休眠期に入っていればな、と考えてはいたが、思いどおりに行かないものだ。 「祠は明日の朝鎖を解いておきます。どうか、お気をつけて」 「ありがとうございます」 リュートが白米を箸で食べていると、ティルが不思議そうに言った。 「よくその二本の棒で食べれるな」 そう言うティルの手元にはフォークとナイフがあって。刺身をあれで食べたのかと思うとまたおかしくて。どうしても笑ってしまう。 「水の村の食事は箸で頂くのが通例だよ。実家で練習したんだ」 「……陛下は」 空気がぴりっとする。水の領主は、レオニールに純粋な悪意を持っているから、それはそうだろう。リュートは視線で抑えるように含めつつ、ティルの言葉を待つ。 「……外交上必要だからとお伝えしても、そういった練習は好まなかったな」 「でしょうね」 レオニールは努力をしたがらない。簡単に手に入り、簡単に為せることしかしない。帝王教育も投げ出した。元々の性根が腐っているので帝王教育で矯正できたとも思わないが。 「王都に戻ったら、導かないとな」 「……」 「この旅で得たものを、陛下にお返しするんだ」 「……好きにしたら」 リュートは、複雑な感情のまま、味噌汁を飲み込む。少し温い。 この旅で得たものを、ティルが返す機会は恐らくない。そうしたいと願うのは結構だが、リュートはその機会を奪いに行く。 (……だから、情を持つなって言ってるんだ) もう遅い。リュートの中で芽吹いたそれは、花を咲かせる機会をずっと待っている。今にも綻んで咲いてしまいそうなそれを抑えているものは、単純に、踏み込んだら終わるという直感。 根元から切って、踏んでしまえばいい。リュートならそれができる。だが、したくないと思っている。 この料理は何て言うんだ?と貪欲に知

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