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第13話

食事の後、水の領主から風呂場の場所を案内され、そして最後に辿り着いたのは。 「……水の部屋?」 どういう仕組かは理解できないが、四角く水が流れる部屋があった。中は空洞になっていて、宿の一室のように風呂場もあり、ベッドもあり、ちゃんと生活できるようになっている。 「リュート様は王都より反逆を疑われし者と聞いています」 「まあ……そうだな」 「そのような危険な方、野放しにはできません」 「……お前らめちゃくちゃ歓待してたよな?」 「ですからリュート様はこちらの牢獄にて、夜をお過ごしください。部屋の鍵は、私が持ちます」 そういうことか、とリュートは苦笑いする。 地の領主から連絡があったというのは、ティルの夜這いのことらしい。あれだけ宿で大騒ぎすれば宿屋の主には聞かれていただろうし、そこから領主に連絡がいってもおかしくはない。 地の領主は本当にリュートのことを大切に思っているから、水の領主にティルとリュートを引き離す方法を考えろと言ったに違いない。でなければこんな隔離施設があるはずがない。 そこで、ふと思い至る。 (……宿屋の主が領主に連絡したなら、俺の声) 考えるのをやめよう。頬が赤くなる前にその思考を切り捨てた。 「いや……待てよ、俺は監視が」 「この部屋に閉じ込められればリュート様が自力で出る手段はございません。騎士団長どのが監視せずとも」 「でも」 「それとも何ですか?同室でなければならない理由が?」 水の領主が問い詰めていく。う……とティルが黙る。 ティルはリュートに手を出したいというのが本音だ。監視が言い訳でしかないことは本人が一番自覚しているだろう。ただ一方で、リュートも、今晩は。と思っていたところでもあったので、水の領主の気遣いに何となく複雑な気持ちになる。いや、ありがたい。大事に思ってくれている証拠だから。いや、でも…… (……抱かれたら、変わるかなと思ってた) というのも、本音で。出鼻を挫かれた。 「領主、ありがとうございます。今晩はこちらで休みます」 「ええ、そうなさって下さい」 水の領主が嬉しそうに笑う。いや本当、地の領主から何を聞いたんだ? 「だったら、部屋の前で番させろ」 ティルが言う。 「……離れたく、ねぇんだよ。どっか行っちまいそうで」 この人は、リュートのこの旅路が死出の旅になるかもしれないと、薄々勘づいている。まだ明確になってはなさそうだが。 ぐっと奥歯を噛みしめる。泣くな。ここで涙を見せるのは、協力してくれている四地方の領主の信頼を失う行為だ。レオニール側の人間に絆されるなんて。 リュートは何も言わず、水の部屋に入る。水が流れているのに、外の景色はちゃんと見える。水の民の謎の力だなと、全然違うことを考えて鼻の奥に溜まるそれをやり過ごす。 水の領主が鍵を閉める。 「ゆっくり、お休みください」 そう言って、立ち去る。 その場にティルと二人残されて、暫く無言が二人の間に落ちる。 「……お風呂、行って来たら?俺ここから出られないし、逃げないし」 「……そうだな、ちゃちゃっと済ませてくるわ」 ティルが小走りで立ち去る。リュートはそれを見送ってから、水の部屋の奥に設置された風呂場に入る。さすがに手狭だが、問題ない。空間から風呂セット一式を取り出して、湯舟に浸かる。 (……俺は、どうしたいんだろう) 思考が自然とティルの元に飛ぶ。もうごまかしようもない感情が自分の中にあることは、わかっている。抱かれたら変わるかなとまで考えているのだ。ほら、考えただけで勃つし。 だが一方で、敵同士だ。ティルはいつかリュートを斬るだろうし、当然リュートだってただ斬られるわけにはいかないから、応戦する。リュートの魔術は人を簡単に消し炭にするから……ティルの敗北は決定的だ。そうなるときに、情があれば、手元が狂うかもしれない。手元が狂えば自分が殺される。自分には為すべきことがあるから、死ねない。であれば、向かってくる敵は殺すしかない。 湯舟の中で膝を抱える。例え想い通じ合ったところで、死合うしかない。ならばこの感情は蓋をしておくべきだ。開いてはいけない。 風呂を済ませて濡れた髪を魔術で乾かしながら外に出ると、水の部屋の透明な壁の向こう側にティルが座っていた。まだ水の滴る黒髪。慌てて出てきたんだろうなと思いながら、リュートはその背中に声をかけた。 「ティル」 「お、リュートか」 振り返る橙の瞳を穏やかに受け止めて、リュートは壁を挟んで背中合わせに座った。 「何してんだ」 「ここで寝るよ」 「ベッドあんだろ、床だと熟睡できねーぞ」 「ティルだって。じゃあ部屋に行けばいいじゃない」 「……行かねぇよ」 水の領主から騎士団長の部屋、と割り当てられた場所がある。それでも、ここに残るのだと言う。また膝を抱えて、リュートは背中を丸めた。 「……あのさ」 「何だ?」 優しい声。子守歌のように穏やかで、温かくて。あんな性欲塗れだったとは思えない、声。 「俺たちが……立場が違ったら、どうなってたのかな」 「立場?」 「俺がアルトフェルトじゃなくて、ティルは騎士団長じゃなくて、普通に……城下町で出会ってたら」 「どうだろうなぁ。気付かねーんじゃ……いや、ないな。お前目立つから。美人だし」 「じゃあ気付いたらどうするの」 「また告白して、許してもらうまで張り付いてるかもな」 「何それ」 ふふ、と笑う。街角で出会って、ティルが惚れて、リュートがなかなか認めなくて走り回って、逃げて、捕まって、幸せなキスをする――そんな世界が、あったかもしれない。 だが、自分たちはそうはなれないのだ。 「もう騎士団長やめればいいのに」 思わずそう言うと、ティルは逆に問い返してきた。 「お前はアルトフェルトやめられるのか?」 「……やめられない」 「俺もやめられないよ」 そんなはっきり言わなくてもいいのに。リュートは少し憮然としながら、意地の悪いことを言う。 「そんなに俺を殺したい?」 壁の向こうでティルが息を呑む気配がした。そんなの、と小さく零したかと思ったら、 「そんなわけ!ねぇだろうが!」 叫んだ。驚いて壁越しの彼の振り返る。ティルも、こちらを見ていた。感情の荒れたまま、彼は叫ぶ。 「誰がマジで惚れた奴殺したいと思うかよ!俺だって嫌だわ!けど!けど……」 壁に手をついて、ずるずるとその手を床に落とす。項垂れて、小さく、呟く。 「俺の、忠誠なんだ」 「……」 ティル、と声をかける。手の平を壁に押し当てていると、ティルがその手を重ねる。冷たい壁の感触の向こうに、彼がいる。 「知ってる」 「……」 「君の忠誠を、通せばいい。俺は全力で抵抗する」 「……お前の思い切りのいいところ、好きだよ」 壁越しに、口付けた。水の感触の向こうに、何か伝わると信じて。

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