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第14話
壁に背を付けて眠ったリュートを叩き起こしたのは、警鐘の音だった。素早く打ち鳴らされるそれに、リュートは跳ね起きる。ティルは既に起きていて、リュートに問いかけてきた。
「何が起きてる」
「わかんない。領主呼んできて、出してもらわなきゃ」
ティルが頷いて、水の領主を連れて戻ってくる。鍵を開けてもらうなり、リュートは水の領主に尋ねた。
「何が?」
「魔物の大波です」
「……」
「水の地は精霊の力が弱まりつつありますから」
水の領主の言葉に精霊の限界を知る。早く祠に行かなくては。だがその前に魔物の大波だ。
「どこに」
「集落前の平地に。ひしめき合っています。既に軍が制圧に向かっていますが、今回の大波は……」
抑えきれる規模じゃないと言うことか。水の領主の苦悶の表情には、軍の者の犠牲が含まれている。
それは許すべきじゃない。
「俺が出ます」
「リュート様」
「俺なら、一撃で消し飛ばせます」
「……しかし、貴方様は我らが、お」
「それ以上は、もう言わないで。俺に守らせて下さい」
旅装をふわりと靡かせ、魔力を巡らせる。ばちっと周囲で火花が散る。それを見て、水の領主はただ静かに頭を下げた。
村の中を走る。横にいるのはティルか。ついてきたらしい。
「緊急事態だ。今の単独行動は不問にしてやる!」
「寛大な処置、傷み入ります!」
軽口で返して、リュートは村の平地に展開した軍の隊長に、声をかけた。
「撤退を。俺が対応します」
「リュート様!しかし」
「水の領主も了承済みです。どうかお願いします。あなた方を失いたくない」
「リュート様……!」
何やら感動したように打ち震えた隊長の号令一下、軍が移動を開始する。リュートは正面に姿を見せつつある魔物の大波を見据え、周囲を見回す。
「どうした?」
「高台探してる。魔術使うとバックファイア食らうから」
「お前の魔術どうなってんの」
丁度よさそうな高台を見つけ、リュートは飛行の術を起動する。ふと横のティルを見て、
「一緒に行く?」
「監視させろ」
「じゃあ、ずっと見てて」
甘く伝えると、ティルが目を見開く。そんなに驚かなくても……と思いつつも、よく考えたら塩対応どころか岩塩を投げつけるような対応をしていたわけで。仕方がない。
リュートはティルの手を握って、ふわっと浮かび上がる。横から、うおっ、という声が聞こえてきたが、まだまだこれからである。
「行くよ!」
びゅん、と風を切る。
「うわああああああああ!?」
ティルが叫ぶ。飛行の術の体験自体初めてだろうから、こんなものだろう。やがて目当ての高台にふわりと降り立つと、ティルがぜえはあと荒く息をしながらリュートに言った。
「死ぬわ!」
「慣れるよ」
「慣れるか!?」
そんなことを言い合いながら、リュートは高台の端へ。わらわらと集まる魔物の波を見て、胸を痛める。どれもこれも、精霊を封じたヴァイスベルクのせいだ。
右手に光の天球儀。くるくると回転するそれをちらりと横目で見て、古代語で呪文を紡ぐ。一撃で終わらせる。
「崩壊の剣を」
天球儀が回転する。そして。
平地に無数の魔法陣が現れる。それだけで眩しくて、リュートは目を細める。そしてその魔法陣から光の柱が降り注ぎ、魔物のいる周辺を焼き尽くす。その瞬間に起こる風圧が高台まで届いて、リュートとティルの旅装を揺らす。髪もばさばさと煽られ、それが収まる頃には、黒く焼け焦げた大地が、そこにあった。
「……すっげ」
ティルがどこか呆然と言う。リュートは天球儀を消して、ティルに近寄る。すると彼は苦笑い気味に、
「俺、お前を斬れる気しねぇわ」
と、冗談交じりに言ってきた。
「剣抜く間に焦がされそう」
「……そんなことしないよ」
好きなのに。と、結局言えずに飲み込む。言えたらいいのに、言ってしまったらこの後の関係や、敵同士であることが痛くなりすぎる。
高台から村に移動すると、軍、村の住民、水の領主、全てが拍手喝采、大騒ぎだった、リュートを取り囲んで、すごい、さすが、と賛辞を浴びせる。気恥ずかしく思いながら、リュートは興奮の渦にいる皆を落ち着かせる。
「一旦焼き払いましたが」
ここでまた、おおおお!と声が上がる。
「油断せずに、日々を過ごして下さい。毎回俺がいるとは限りません……まあ、これからは落ち着くと思いますが」
横のティルが、ちらとリュートに視線をやる。さすがに引っかかったか。それに気が付かないふりをして、騒ぐ皆の輪からそっと抜け出す。すると水の領主が近寄ってきて、
「ありがとうございました。やはり我らが」
「もういいですって――俺が選ばれるとは限りません」
「いえ。私は確信しています。リュート様の気高き御心は、必ず精霊に届くと」
「何の話だ?」
領主との会話を割ったのは、ティルだった。問いかけに水の領主は嫋やかに微笑んで、
「何も?」
と返す。怖い人だ。先程まで熱を孕んだ勢いで話していたのに。
「話してもらうからな」
「何を?」
「魔物の発生原因だよ。これは騎士団として確認してる。王都周辺でも魔物の大規模発生は起こってるし、原因知ってんなら吐け」
「随分な仰りよう」
水の領主が、確かに怒りを乗せて、言った。
「ご自身の忠誠の先を、疑った方がよろしいのでは?」
「領主!」
リュートが彼女の言葉を諫めるが、水の領主は止まらなかった。
「ヴァイスベルク王朝が、この国に何をしたか――我ら四地方の領主がそれをどれだけ必死に食い止めているか。何も知らないって、幸せですね?」
「王家への反逆と見做すぞ」
ティルが抜剣する。リュートはそれを押し留め、首を横に振った。
「駄目だよ、駄目だ……君はきっと後悔する」
「王家に忠誠を示さない領主なんざ、斬首だろ!」
「違うんだ!これは――」
仕方がない。情報の一端を開示することでこの場が収まるのなら。
「……魔物の発生原因は、知ってる?」
ティルに問いかけると、彼は首を横に振った。
「この世界は、正と負が循環している。喜怒哀楽の循環と言い換えることも出来る。負の感情を精霊が正し、正の感情はまた負に落ちる。精霊がまた正す」
「だから何なんだよ」
「その精霊が負の感情を正さなくなったとき、負の感情が実体化して、魔物となる」
「精霊の怠慢じゃねえか」
「違うんだ……精霊は現在、不当に拘束されている。呪術によって」
「呪術……」
そこで、ティルの身体が小さく揺れる。彼もヴァイスベルクに近いから、察したのかもしれない。
「ヴァイスベルクの大規模呪術によって、精霊は拘束されている。呪術の隙間を縫って、それでも自身の領地である四地方を守っている……だけど、負の感情の循環まで力を回せていない。水の精霊は特に消耗が激しいから……魔物の大波が発生しやすいんだ」
リュートがそこまで言って、抜いたままの剣が、からん、と地面に落ちた。わなわなと震えて、ティルが言った。
「……お、王家は、民を守る、そうだよな?」
「そうだよ」
「なら……なんで、ヴァイスベルク王家は……俺の、忠誠の先は、そんな愚かなことを」
「……この旅を続ければ、おのずと答えは出るよ。知らない方がいいとは思うけど」
「……俺は信じない。偉大なるヴァイスベルク!そんなことをするはずがない!」
「何と愚かな騎士団長!」
水の領主が声を上げる。
「ヴァイスベルクの悪政を、まだ信じぬつもりか!?」
「違う!何か理由があるんだ!精霊を封じる、何か、理由が……」
「……ティル」
これ以上は、よくない。リュートは手の平をティルの鼻先に翳して、眠りの術を唱える――眠りの術は、悪辣だ。強制的に昏倒させ、相手の自主性を奪う。だからリュートはこれまで使うことはなかったのだが……今は、一度眠って、整理した方がいい。
ふらりとティルの身体が傾ぐ。それをリュートは受け止めて、水の領主に視線を向ける。すかさず彼女は軍の人間を呼び、ティルを運ばせる。リュート一人で運ぶには、彼の身体は重い。
鼻から小さく息を吐いて、運ばれて行く彼を見送る。横に立つ水の領主が、そっと言った。
「我らが王よ。どうか、精霊の導きがありますように」
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