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第15話

酷い頭痛がした。気怠い身体をのっそりと起こすと、ベッド脇にリュートが座っていた。空間から持ち出したであろう古代語の本を静かに読み耽っている……と、思ったら、ぱたんと閉じて、空間に戻した。そして、起き上がったティルを見る。 「大丈夫?」 最近、リュートが優しいような気がする。前のつんけんしていたリュートも可愛かったが、素直なリュートも可愛い。リュートなら何でも可愛い。だが、彼の顔を見た瞬間、フラッシュバックする、魔物の発生原因。その背景。ずき、と強く痛む頭を片手で抑えると、リュートが気遣わしげに言った。 「……無理はしないで」 「いや、でも。俺はお前の監視を」 「どこにもいかないから……ずっと、君の側にいるから」 「……」 ばたん、とベッドに再び倒れる。仰向けに天井を眺め、言った。 「何でだ」 「何が?」 「俺はお前を殺すんだぞ。いつか……いつか、わからねぇけど。離れてた方がいいだろ。今のうちに出立して、火の村に行ったってよかったはずだ」 「……そうだね」 「俺の側になんか、いない方がいいんだ。俺は王家に忠誠を……」 言葉が途切れる。以前はあんなに胸を張って言えたはずの言葉につかえてしまう。言えない、忠誠って何だ。民を苦しめるようなことをしてしまった王家は、本当に王として正しいのか? 違う、正しい正しくなんかじゃない。俺はただ、あの方の恩に報いたいだけ。それが俺の忠誠―― そこまで考えて、リュートの紺色の瞳が目に入る。 彼はきっと、ヴァイスベルクが隠しているあれこれを、全て知っている。だから終始一貫して、ヴァイスベルクにいい感情を向けずにいる。そして、ずっと知っていたのに、ティルには言わなかった。さっきだって、領主の言葉を遮った。聞かなくてもいいものだと。 それは、ティルの掲げる忠誠を最大限尊重していたから。だがその忠誠の先は、どうやら……褒められた存在ではない。 「……俺は、何を信じてきたんだろうな」 思わずそう、言っていた。リュートが眉尻を下げて、何とも言えずにじっとティルを見ている。 「先代国王の恩が、俺の中心にある。あの方が亡くなられた今は、その中心にヴァイスベルク王家がある。それの何がおかしいんだ?」 「……ティル」 「だが、おかしいんだ。王家は民が苦しむようなことを選んだ。精霊を封じたのは、何代も前のヴァイスベルク王家だろうが……その方針を変えない以上、現在の王家も同罪だ」 「……」 「だが俺は、その罪すらも飲みこもうとしている。俺は、おかしいのか?」 ぎゅ、とティルの手が握られた。身を乗り出したリュートが、そっと握っている。首を横に振って、 「今は、結論を出さない方がいい。きっと――もっと知りたくないことを、知ることになる」 「……リュート」 「俺はそれを君に告げるのが怖い。知らずにいてほしい。例え愚直なまでに王家に忠誠を誓おうとも、それでティルが、ティルでいられるのなら」 それはある意味、答えでもあった。具体的に語らずとも、ヴァイスベルク王家は、とんでもないことを、この国に対してやらかしているのだと。それを知ったとき、自分の忠誠が破壊されたとき、それをずっと、リュートは心配している。 騎士とは、何であろうか。 王家の剣、民の盾、騎士道とは常に人と在るもの。 (今の俺は、騎士道に則っているのだろうか) 「……俺は、やっぱりおかしいのかもな」 「ティル……」 ふに、と頬に柔らかい感触。リュートにキスをされたと気付いたのは、少し後。 「え?」 リュートがそんなことをすると思わなくて。呆けた声が出る。彼はうっすらと微笑んで、今度は迷わず、ティルの唇を奪いに来た。不意に重なったその感触に、一瞬頭が真っ白になる。何でリュートが?俺はあいつに散々酷いことをしてきたのに。謝りたいと、ずっと思っていたのに。 そっとリュートが離れる、そうしてまた椅子に座り直した彼は、優しい声で言った。 「ティル、水の村に残ってもいいよ」 「は?」 「レオニールへの報告は適当に済ませておけばわからないよ。必要なら俺の影を置いて行く。そうすれば……もし別の監視が来ても、誤魔化せる」 「いや、何を」 「もう、ついて来ない方がいい。俺はティルが傷つくところを見たくない」 「待てよ、それは」 この先に、この旅の真実があるということ。先程リュートが匂わせた答えが。それを見たら、俺が傷つく? 「ふざ……けんなよ」 「ティル」 「俺を見くびるなよ。何が来たって、俺は折れない」 ティルはリュートの手を引っ張って、胸にかき抱く。そして、言った。 「お前の行先は、俺の行先だ。この先だってそうだ」 「ティル」 「行くぞ。次の村。俺の度肝抜く話、持ってこいってんだ」 もぞっとリュートが身体を捩って、ティルの腕から離れる。そうしてまた椅子に座り直して、右手をティルの頭に翳した。ほうっと白い光がリュートの手に集まったと思ったら、少し頭痛が引いていた。 「これで多少、マシかな?」 「ああ、助かった。魔術って便利なんだな」 本当に軽くなった頭を何となく擦りながらティルが言うと、リュートは眉を下げて、ティル、と名前を呼んだ。 「本当に、いいんだね?」 「ああ」 「……わかった」 リュートが立ち上がる。 「俺が何をしているのか、ちゃんと話すよ」 と、言って。 祠の鎖は外されていた。地の村と同じ構造の長い階段が続いている。あのときと同じように威力を絞って明かりを出す。ぼうっと光に照らされる階段を一つずつ下りていく。そうして最下層に辿り着くと、彫刻の施された石の台と、黒い魔法陣と、青い石が置いてあった。 ティルがそれを見て、ぽつりと零す。 「この黒い魔法陣が、精霊を封じる呪術なんだな」 リュートは、聡いな、と思う。まだ何も話していないのに、彼はそこに自力で辿り着く。 しゃがみ込んで青い石に魔力を流し込むと、石の方から声がした。脳内に直接響く。 『心地良い魔力です。貴方が』 その声に、直接語り掛けず、脳内で応じる。 「はい。参ずるのが遅くなり、申し訳ありません――我らが精霊よ」 『貴方が望むことは、わかっています』 「……はい」 すーっと脳内から声が消えていく。すっと立ち上がって、リュートはティルに言った。 「俺は、魔力を流して、呪術から精霊を解放しているんだ」 「そうみたいだな」 「……それは、ヴァイスベルク王家の意図とは、真逆のことだ。彼らは、精霊を封じておきたいから」 「王家は、どうして精霊の解放を望まないんだ」 「……」 それは、この国の成り立ちに関わる話になる。そして――ティルには、言いたくないこと。リュートのこれから為そうとしていることの、根幹だから。 「その話は、この旅が終わったときに、教えるよ」 そう結論を先延ばしにすると、ティルは暫くリュートを眺めた。 「言えない……言いたくないのか」 「……うん」 だって言えば、君はきっと止めるだろうから。それはヴァイスベルク王家のためではなく、リュートのために。それは、リュートにとって嬉しいことかもしれない。だが、為すべきことの前では、邪魔でもある。 ティルが溜息をついた。 「わかるようで、わからん話だな」 「……それで、どうする?」 リュートは台の上から青い石を取り上げ、ティルに問いかけた。 「俺は、精霊を解放していく。君は、本当ならそれを止める立場だ」 「……」 ティルが、黒い魔法陣を眺める。それから、リュートに問いかけた。 「お前がそうすることで、水の村に魔物の大波は発生しないのか?」 「急にゼロにはならないだろうけど、確実に減る」 「……なら、持っていけばいい。俺は見てないから」 リュートが何をしたのか、見ていない。それが彼の落としどころだったらしい。小さく苦笑いして、青い石を空間にしまう。琥珀色の石と並んで置くと、共鳴するように瞬いた。 「じゃあ帰ろうか」 「待て」 ティルが、リュートを呼び止める。まだ何か聞きたいことがあったのだろうかと思って足を止めると、彼はリュートの手を引っ掴んで、突然頭を下げた。 「色々、悪かった」 「はあ?」 あまりに唐突な謝罪で、リュートの口から間の抜けた声が漏れる。何を言っているんだこの人は。 「……その、襲ったり」 「……」 「……無理矢理迫ったり」 「……」 「もうやらねぇから。側にいさせてくれ」 リュートは天を仰いだ。神様の馬鹿。俺はもうティルに押し倒されても、セックスを要求されても、応じる体制でいたのに。なんでそのティルが一歩どころか果てしなく後ろに下がってしまったのか。 「ティル、あのさ」 「最後の一線超えなくて本当によかったと思ってる」 よくない。 「お前のこと、もっと大事にしたいんだ」 それは嬉しいけど。 「だから……許して欲しい」 そう言って真剣に頭を下げられて、リュートは非常に複雑なまま、ティルに言った。 「もう、怒ってないから」 「リュート!」 握った手を更に両手で握り込んで、ありがとう、とティルが言う。困ったことになった。頭が痛いな……と、思っているとティルがそう言えば、と言葉を続けた。 「お前最近何か優しいな!いいと思うぞ!可愛い!」 「……いや」 何か優しいなじゃない。いいと思う、でもない。可愛い……は、嬉しい。いや、そうじゃなくて。 「俺の気持ちわかってない……?」 「何の気持ちだよ」 「……」 ここまで、わかりやすく言葉にしてきたつもりだった。キスだって何回か自分からした。そりゃあ、これまで岩塩対応だったのは否定しないが、ティルのことが好きだと思ってからは、言葉にも態度にもしてきた。 あ然としながらティルの顔を見る。朗らかに笑みを浮かべて、何だ?と問いかけてくる。まさか、本当に何も通じていない? 「結構伝えてきた……よね?」 「何をだ?」 「……」 駄目だこれは。通じていない。 だが、通じない方がいいのだ。好きだと言葉にしてしまったら、この後失うものが多くなる。辛くなる。ぐっと奥歯を噛みしめて、それから、うっすらと笑みを浮かべた。 「俺も、これまでのあれこれ、悪いなって思ってたんだ」 「いや、お前は仕方ねぇだろ。俺が悪いんだ」 「二人で自分が悪いって言ってるの、変なの」 「だな、ま、お互い悪かったってことで。ごめん、ってことだな」 顔を見合わせる。ふふ、と互いに笑って、それからはたと視線を絡ませる。音が止まる。息も、鼓動も、どこかに置いてきたような、そんな気がしながら、リュートはティルと唇を重ねる。柔らかい互いの感触を押し当てて、リュートは舌先でティルの唇を煽る……が、頑と閉じて開かない。それどころか、そっと離して、終わらせてしまう。 「……舌、入れないの?」 大層不服げにリュートが言うと、ティルは視線を逸らして、いや……と逃げの体制。何で、と問い詰めると、ティルは観念したように、吐いた。 「その……大事にした過ぎて振り切れてな」 「はあ」 「勃たなくて……」 「……」 「そういうテンションになれねぇって言うか……」 リュートは、深く息を吐いて、どうしようもないそれを持て余した。

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