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第17話
翌日のうちに火の村の領内に入った。入った途端、噴石がこちらに向かって飛んでくる。リュートはティルの前に出て、防壁の呪文を唱える。透明な膜に、噴石が弾かれ、ごろりと地面に転がった。
「あっぶねーな……悪い、助かった」
「いいよ、でも……」
活性期とは聞いていたが、離れたこの場所まで飛んでくるほどとなると、火の村は無事なのだろうか。
「ティル、俺から離れないで」
「そうするわ」
二人で並んで、火の村の領内を進む。山のふもとをぐるりと回る道を歩いて行くと、噴石が降ってくる。その度に防壁を張って、立ち止まる。そんな調子なのであまり前に進めない。じわじわと進んでいくと、道の先に村が見えた。火の村だ。だが、噴石にやられたのか、家の屋根が崩れたり、家ごと潰されていたり、惨憺たる様子だ。リュートは眉を顰め、
「ティル、走ってもいいかな」
「ああ」
了承を得て、走りだす。駆け付けた村を見回し、ぐっと拳を握る。村人は壊滅した自宅の木材を拾い集め、集積所に持っていき、ある者は壊れた屋根の部分に大判の布を張り、家の片付けをしていない者は、配給の列に並んで、順番を待っている。
「……酷い」
「ああ。これはちょっとな」
だがその瞬間、噴石がいくつも降り注ぐ。村内に悲鳴が上がる。こんな量が降ってきていたら、村はもたない。リュートは咄嗟に天球儀を手の平に乗せて、広範囲に防壁の術を張った。透明な膜に弾かれ、明後日の方向に飛んでいく石。弾き飛ばすよりも破壊した方が良かっただろうかと思いつつも、リュートは魔術の術式を組み換え、防壁をひと月ほど継続発動できるようにしておく。これで、少しは復興も進むだろうか。だが肝心なのは、この活性化の原因を探ること――まあ、予測はついているが。
「リュート様」
歩み寄ってきたのは、赤茶色の髪の活発そうな女性。リュートは頭を下げた。
「火の領主。大変なことになりましたね」
「ああ……ったく、酷いもんだよ」
ぐるりと村内を見回して、溜息をつく火の領主。リュートは取り敢えず、防壁のことを話しておこうと、口を開いた。
「村内の上空に噴石を跳ね飛ばす防壁の術をかけました。ひと月はもつように設定してありますから、その間に復興と、火山のことを調べられれば」
「すまん。助かる」
深々と火の領主が頭を下げる。その肩に手を置いて、いいんですよ、と声をかけた。
「館に行こう。そこで話をしたい」
「わかりました」
「で、そっちの黒いのが……」
「騎士団長のフェティルだ。周囲からはティルって呼ば」
「絶対に呼ばないからいらん情報だ」
ぎっと火の領主がティルを睨みつける。憎悪すら感じる。ティルは仕方ないと顔に書いて、ぼやいた。
「嫌われてんな、俺」
「……」
そんなことはない。少なくとも、俺は君を好きだと思ってる。心の中でそう言った。
火の領主の先導で館に向かう。本来立派な誂えのはずの領主の館も、噴石のためか屋根が割れ、館の一部は倒壊している。リュートが唇を噛むと、火の領主は寂しげに笑った。
「これでも、私らの家はマシな方だ――もっと大変な奴は、ごろごろいる」
「……そうですか」
少し斜めに歪んだ扉を開けて、無理矢理閉める。辛うじて置かれている机と椅子にティルとリュートは腰かけて、火の領主の言葉を待つ。
「申し訳ない、茶の一杯も出せる状況じゃねぇのよ」
「水は」
「水路に噴石が落ちたから、塞がれてる。そもそも山から下る川がうちの水源だ。今回の活性化でその水源も火山灰でやられてる……水の村から給水タンクが送られてきてるから、それでなんとかな」
「後でその川を見せて下さい。俺の力で除去できるなら」
「ああ。リュート様ならできるかもな。頼む」
リュートの魔術で自然相手にどこまでできるのかは未知数だが、困っているのなら助けたい。そうやってリュートが言うのを見て、ティルがぽつりと、言った。
「真の王って、お前みたいなのを言うのかもな」
「は?」
「……俺も斬られるな。悪い、忘れてくれ」
「……」
悟られたのかと思った。どきどきする心臓を抑えつつ、火の領主に視線をやる。どこか憎悪の瞳をティルに向けていたが、切り替えるようにリュート様、と言った。
「例の件、調査が終わったよ」
「……そうですか」
「うちの蜥蜴たちが走り回って得た情報だ。まあ間違いない。結構危ない橋も渡った……後で参ってやってほしい」
「……」
どの領主も、私設の影を持っている。情報収集、索敵、様々な表に出ない任務をこなす。火の領主の影は蜥蜴と呼ばれ、今回、とある件の調査を任されていた。
横からティルが、おい、と声をかけてくる。ああ、どうしよう。本当に聞かれたくないのに。だが、追い払う方法もない。どこか困ったように、リュートはティルの方を見た。
「何の話だ。事と次第によっちゃお前ら全員――」
「本当に馬鹿だなこいつ」
「はあ!?」
火の領主の言葉に食って掛かるティル。この二人は深刻に仲がよくない。リュートは火の領主に、どうか落ち着いて、と声をかけるも、あまり意味がなかったらしい。
「王家が清廉潔白だと思ってんのか?だとしたら本気で馬鹿だよ――あの愚かなレオニールは、父親を殺したってのに」
空気が、止まった。机から身を乗り出したティルが震えて、机も僅かに揺れる。リュートは視線を床に落とした。
「――は?」
ティルの、どこか呆然と、呼吸と一緒に漏れた声。胸が痛くて、泣き出したい気持ちになりながら、リュートは言った。
「……領主、報告を」
「はっ。数年前に起こった先王の突然死について、蜥蜴の調査報告です」
火の領主が机に書類を並べる。リュートはそれにさっと目を通して、やはり、じわっと目頭に涙が浮かぶ。
「暗殺者による襲撃は陽動、本命は水差しの毒。その毒の出どころは、レオニールが若い頃から出資していた薬物の研究所です」
レオニールが薬物研究に興味を持ち、その研究所に金を出していたことは知っていた。中でも熱心に研究していたのは、魔力を封じる薬物。用途はお察しだ。
「……先王が、四悪の封印と表向きされている四精霊の封印を解こうとしていたようですね」
「先王が?」
暗殺の主犯がレオニールであることは想像がついていたが、先王のその思惑までは初耳だ。もしや、あの王は。
「古代文字の解読記録、四精霊の伝説にまつわる本……先王の自室から見つかっています」
「……」
「……返そうと、していたのでしょう」
火の領主が、そう締め括る。リュートは調査報告書をぱさりと机に放って、長く息を吐いた。
先王は、リュートの為そうとしていることを、先にやろうとしていた。
決断の出来ない、毒にも薬にもならぬ王。リュートは長らくそう思ってきた。だが、あの王は、最後の最後に、本当に大きな決断を為し、それ故に殺された。
(俺に一言、相談してくれていれば)
今となれば、たらればに意味はない。ただ、そう思わずにはいられない。
「……待てよ。何話終わらせてんだ」
低く、ティルが唸る。
「俺の……俺の忠誠そのものであるあの方を、殺したのが陛下!?信じられるか!」
「お前に信じて欲しいわけじゃない。事実だ。受け入れるかは自分で決めろ」
「っ!」
火の領主の冷静すぎる言葉に言葉を詰まらせたティルは、駆け出し、館の外に飛び出してしまった。
「ティル!」
「リュート様」
合わせて飛び出そうとしたリュートを留めたのは、火の領主。気遣わしげな眼差しで、リュートに言った。
「水の領主から、話は聞いてる」
「……」
「貴方様とあの騎士団長の間に、普通よりも強い結びつきがあると」
「……」
水の領主は一体何を報告しているんだと、どこか気まずい思いをする。
「だがそれは、我らとしては看過できない」
「……」
「我らの首魁である貴方様が、愚王の犬と懇意にするなど……我らが耐えられると思ってるのか?」
「……貴方たちには、本当に感謝しています」
リュートは、ぐっと拳を握る。
「俺が幼いころから、なにくれとなく手を回し、俺の家を守ってくれた。俺を……上に立たせてくれた」
「リュート様」
「俺は皆のものだ。俺の爪、髪の一片、全て民に捧げるものだ。だけど、」
火の領主をじっと見据え、告げた。
「俺の心だけは、俺のものでありたい――許しては、くれないかな」
ゆるっと水面のように揺れる瞳を暫く見つめ、ふいっと火の領主は視線を逸らした。
「……そのように言われたらね。駄目とは言えない」
「ありがとう」
深く頭を下げ、リュートは領主の館を飛び出した。
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