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第18話
暫く村の中をうろうろする。しながら、村の人に黒い旅装の男を見なかったかと尋ねる。それを何度か繰り返すと、村の片隅にある牧場の方に向かって行ったという話が聞けたので、そちらに向かってみる。
囲いの内側に数羽の鶏がいる。こけこけ鳴きながら歩く鶏を、柵に凭れて眺めている黒い男。リュートが歩いて、かさ、と乾いた草を踏んだ音がして初めて、ティルはこちらを見た。どこか疲れた表情で。
「……ティル」
「よお……って、気分じゃねーわな」
はは、と小さく、力なく笑って、ティルが言う。足早に彼の側に歩み寄って、顔を見上げる。
「……先王の急死については、騎士団でも調査してたんだ」
それは知っている。あまりに急な死だったから、当然殺害を疑われた。その捜査に当たったのが、当時の騎士団。ティルの率いる、騎士団。
「俺も就任して浅かったけど、とにかく亡くなられたことがショックでな。しかもその死を疑えなんて、承服できなかった。それでももし、万が一のつもりで俺なりに真剣に調査に当たったんだ」
だが、その結末は知っている。
調査打ち切り。そして。
「調査の結果、踏み込んだことを知った部下の何名かは違う場所に飛ばされた。飛ばされた後で――事故に遭ったと聞いた。そこまで来て初めて、あの方の死に何かあることを、知ったんだ」
「……」
「だが継続捜査なんてできねぇよな。殺されるかもしれないってわかってんだ。陛下の治世は、こういう場所なんだと……理解して、それでもなお、俺はあの方の恩に報いるためだと、犬になった」
「……」
「――何だったんだろうな」
ふわりと、火山の熱を孕んだ風が、吹き抜ける。さわさわと側の木々の葉を鳴らして、通り過ぎていく。ティルの、儚い声すらも、どこかに持っていってしまいそうで。
そ、と、リュートは彼の人差し指を握る。それを漫然とした動きで見て、小さくティルは笑った。
「どうした?」
「……もう、何て言ったらいいのかわからない」
「お前がそんな顔することねぇだろうよ」
「でも」
ぎゅ、っと、握った手に力を入れる。
「やっぱり、来ちゃだめだったんだ」
「リュート」
「知らずに、忠誠バカでいればよかったんだ。こんな――こんな」
「忠誠バカって……いや、わかるけど」
ぽん、とリュートの頭にティルの手が乗る。そろっと見上げると、弱々しく微笑んだ彼がいた。
「お前が傷付くな。この先、こんなの山ほど見る立場になるんだろ?」
「……」
この人はもう、俺が何をしようとしているのか、察しているのかもしれない。もし、本当に未来があって、その先があったとき、そうだ。自分は、こんな光景をいくつも見る。その度に泣くわけにはいかない。
でもそれは、彼のことだけは、別枠だ。こんな落ち込む彼を見るくらいなら。
「ティル」
「何だ?」
「ごめん」
「え?」
すとん、とティルに足払いをかける。うわっと声を上げて尻もちをついた彼の膝の上に馬乗りになって、ティルの唇を奪う。
「んっ」
低い、ティルの声。突然で驚いたのか、最近してなさすぎて忘れたのか、呼吸を求めて口を開ける。舌を差し込んで塞ぐ。上顎をなぞればティルの身体を小さく跳ねて、ざりっと指先で土を削る音がした。
濡れた唇を離すと、
「リュート、お前」
どこか呆けた声がする。何をされているのかわかっていないのか。
鎧があるから、上半身には触れられない。脱がせている間に色々冷める。リュートはティルの耳を口に含む。わざとぐちゃりと音を鳴らして、耳殻をなぞると、
「っ、ぅ」
小さく押し殺した声が漏れる。そうか、声が出る度に可愛いって言われたのは、こういう感覚か、なんて今更納得しつつ、耳の穴に舌先を入れる。
「っあ」
これで勃ってくれたらよかったのになぁとどこか残念に思いながら、耳を解放する。どこか息が上がったティルが、揺れる瞳でこちらを見ていた。
「お前……なにを」
「セックス」
「お前の口から聞くと何とも言えねぇな……」
「勃たない柔らかいのを口で愛撫するのも悪くないなって思ってるんだけど」
「本気かよ。いやつーか待て。外だぞ?いくら人の気配なくても、外だぞ!?」
「今更?」
「……お前を見くびってたよ」
よっこらせ、と言いながら、ティルが身体を起こす。リュートの両脇に手を入れて、そっと自分の横に置く。
「やめちゃうの?」
「お前からされるのはそそるんだが、段々鳴かせたくなって辛いな」
「じゃあ早く勃起不全治しなよ」
「……そだな。そーだよなぁ」
ティルが横で、ばさっと身体を地面に投げ出して、仰向けに空を眺める。
「俺がどんなに落ち込んだって、時間って待っててくれねーのな」
「……ティル」
「勃起不全治せとか、鳴かせたいとか、全部置いてきた時間の先にあんだもんな」
「……」
「俺は、先王の恩を忘れない。生涯恩を感じ続ける」
「……うん」
「だが、それと俺の心の在処は別だ。俺は――俺が嘘でない場所に、仕えたい」
「……ティル」
がばっと起き上がって、ティルはリュートの手を取って、二人で立ち上がる。鶏のこけこけ鳴く声を聞きながら、彼は抜剣して片膝を付いた。
「リュート」
「……」
「お前が、持ってくれ」
差し出された剣を見て、リュートは首を横に振った。
「違う、俺は――」
消えるかもしれないんだ、と言えず、言葉を詰まらせる。ティルはただ穏やかに微笑んで、
「良いんだ。お前が何を背負っていても」
「ティル」
「リュート・アルトフェルト。貴公に、我が剣を捧げたい」
「……」
表面に浮かぶ涙をぐっと目を閉じて押し込み、奥歯を噛んでやり過ごす。こんな悲しい誓いがあって堪るものか。どうして、俺は幸せになれないかもしれないんだろう。何の立場もない、民の一人であったなら、よかったのに。
剣の柄を持ち、剣先を彼の肩に。
「フェティル・ノイズシュタイン。主神の名の下に、其方の忠誠は、生涯我に捧げよ」
「我が剣は、生涯我が王の為に」
つうっと、堪え切れなかったそれが、頬を伝って、落ちた。
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