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第19話
二人で領主の館に戻る。険しい視線の領主に、リュートは言った。
「騎士団長が離反した」
「!?」
がたっ、と椅子を蹴り上げる火の領主。その瞳は驚愕に見開いている。
「本当か!?」
リュートが静かに頷くと、火の領主はしかし……と、顎に手をやる。
「ヴァイスベルクの犬と呼ばれる騎士団長が、こうもあっさり離反……?リュート様、いや、王よ、だまされてんじゃねーの?」
俺って、信頼されてるんだよね?
と一瞬思ったが、まあ実際、ティルの厚い忠誠は有名だったし、急に離反したと聞かされても納得いかないかもしれない。
「これから行動で示すしかないね」
そう言うと、そうだなぁ、とどこかおっとり答えて、
「じゃあお前の靴にキスでもすりゃいいか?お前のなら喜んでするぞ」
「やめてよ!そんなの!」
「……洗脳が解けたくらいの勢いじゃん」
火の領主が呆れたように言う。これくらい言うティルを見せれば、少しは何か伝わるだろうか。火の領主は、では、と言って立ち去ろうとする。どうしたのだろうか。
「各地方の領主に連絡してくる。騎士団長の離反となれば、王城はほぼ丸裸だ。大平原に控える連中に伝え、突撃の準備を――」
「駄目だ!」
リュートがそれを鋭い声色で止める。ぎょっとした火の領主に、リュートは首を横に振ってみせた。
「地の領主から連絡は来てない?俺は大平原の皆を動かすことを良しとしてない。地の領主はそれに了承して、保険として動くと言っている」
「……それは聞いた。でも、騎士団長がこちらにいるなら、保険にならずとも」
そしてどこか切羽詰まった表情で、
「リュート様を、」
「領主」
彼女の言葉を遮る。言いたいことはわかる。大平原と騎士団の合同軍で城を仕留めれば、リュートが……それをしなくてもいいと、言いたいのだろう。四地方の領主からの親愛が、素直に嬉しい。だが、リュートのために犠牲になる人がいるのは、駄目なのだ。
「何の話だ?」
「何でもない」
ティルには知られたくない。知って欲しくない。もうこれ以上、傷付いて欲しくない。多分、無理だろうが。即座に言葉を封じたリュートをじっと見てから、小さく溜息をついて、追及をやめてくれた。
「明日の朝には祠に向かうよ。そこで火の精霊の力を呼び戻せば、火山の活性化も止まると思う。もう少し待っててくれないかな」
リュートがそう言うと、火の領主は、ぱあっと表情を明るくして、何度も頷いた。
「うちでは何の歓待もできないけど、山合いにあるから、星空は綺麗なんだ。よかったら見ていって」
そう言われて、もうすぐ日没であることに気付く。リュートはふと気になって、領主に尋ねた。
「食品の配給は間に合ってるの?」
「地の領主が止まることなく送ってくれてる。量は十分だけど、村人に回すので精一杯だ。リュート様が来ていらっしゃるのに申し訳ないけど、自分のことは自分で処理してほしい」
「いいよ、当然のことだから。あ、でも」
リュートは少し悪戯っぽく笑って、言った。
「温泉の場所、教えて欲しいな」
地の村には大地の恵みによる温泉が、火の村には火山の恵みによる温泉が湧く。泉質も微妙に異なるので、入ってみたいと思っていた。
火の領主が言ったのは、火山から少し離れた森の中。普段村人も使っているのか、石で綺麗に舗装された、ちゃんとした温泉だった。
「……で」
ティルが腕組みして、言った。
「何で俺と入るって話になるんだよ」
「俺がそうしたいから」
「違うだろ。普通はお前が入ってる脇で剣持って立ってるもんだろ」
「寂しいじゃない」
ね?と言うと、いや……と戸惑うように首を傾げるティル。
「でもなぁ……」
渋るティルに、リュートは唇を尖らせて不服げに言う。
「あんなに裸見たいとか何とか言ってたくせに」
「う」
何でリュートが前を向き出した途端にティルが逆を向いてしまうのだろうか。本当に上手くいかない。だがティルに無理強いするわけにもいかない。仕方がないので、リュートは言った。
「じゃあ俺入るから。ティルは側で守ってて」
「……おう」
ティルが後ろを向いて、剣を抜いて地面に突く。リュートはそれを見ながらもそもそと服を脱いで、とぷん、と足先を沈める。
「うー!気持ちい!」
「そりゃよかった」
背中を向けたままのティルを見上げて、リュートはそのまま空を眺める。
「防壁越しでも、星空は綺麗だね」
「そうか?」
星を見るのは好きだ。一説によると、星の光は何年も前に空の高い所で放たれ、時間をかけて今、自分たちの前で輝いているのだという。何年も昔、例えばリュートが生まれたときに星から放たれた光は、一体どのリュートの視界に入るのだろうか。
――星。
リュートの星は、どこにあるのだろうか。自分の進む道を照らしてくれる、星。
鼻までお湯に浸かって、膝を抱える。
「おい、大丈夫――って、何してんだ」
暫く無音だったからか、ティルが振り返る。そして半分沈んだリュートを見て呆れたように肩を竦める。そうしてしゃがみ込んで、リュートの顔の前に、ひょいと顔を出す。
「リュート?」
「……」
不意に眼前に現れた橙の瞳に目を奪われる。こんなところに、あったなんて。ふふ、と小さく笑って、リュートは言った。
「あんまり近くにいるとキスしちゃうよ」
「なっ」
身をのけぞらせて、ティルが後退する。そんな逃げなくても、と思いつつ、リュートは言った。
「散々襲いたいって言ってた人と同じとは思えないね」
「……もう忘れてくれ。頼むから」
「無理」
触れられて喜びを感じ始めていたのに。本当にこの人は、思い通りにならない。そんなところが好き。
「ねえあの星」
「あ?」
リュートが指さした方向を、ティルも一緒になって見上げる。その先には、オレンジ色に光る星があった。あの光は、いつ放たれた光なんだろう。
「ティルの瞳と同じ」
「あんな綺麗じゃねーだろ」
「そうかな」
「じゃああっちの」
言いながら、ティルが指さす方を見る。オレンジの星から、少しだけ離れた場所にある星。
「蒼い星は、お前のな」
「俺の瞳もう少し暗いと思うけど」
「いいんだよ。だって近くにあるし」
「……そっか」
星を見上げる。アルトフェルトは星に導かれた一族だという。初代国王は、主神が掲げる星を頼りに進み、この地に国を立ちあげたと。その星は北極星だと言われているが、それはそれとして。
(俺の星は、きっとここにある)
空に浮かぶ橙の星を見上げて、そっと彼を思った。
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