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第22話

身体を休めるために一泊して、翌朝出立した。風の村は火の村の山向こう、渓谷の入口にある。距離は一日歩いたら辿り着けるくらいだろうか。 そして風の村は、大平原への入口でもある。 (……ここまで来た) 火の村の炎の気配から離れ、風の村の領内の爽やかな風を感じる。ふと見上げると、風に乗って優雅に鷹が舞っていた……鷹? 「ティル、上」 「……ああ」 その鷹はティルに向かって降下し、ティルの肩に止まる。そしてティルは、首につけられた紙を読む。どんどん険しくなる顔。 「……」 リュートが首を傾げると、紙をリュートに突き出す。それを受け取って、リュートは中身を読み上げる。 「アルトフェルトの首を持って、帰還せよ」 ティルは、何も持たせずに鷹を放ち、飛んでいく姿を見送った。リュートもそれを一緒に見送って、 「いいの?」 と、尋ねる。何の返事も持たせないということは、お前の言うことは聞かないとういことでもある。あの短慮なレオニールである。ティルが反旗を翻したと聞けば大暴れするだろう。 「お前の人脈で、城の騎士団に手紙とか出せるか?」 「多分……というか手紙くらいなら転送の術使うけど」 「いいのか?」 「いいよ、手紙、書く?」 リュートが空間から紙とペンを取り出す。ティルはそれを受け取って、地面に広げ、何事かを書く。それを折りたたんで、リュートに渡した。 「誰に転送する?」 「副団長のエリオットだ。あいつならこれを呼んで、自発的に判断できる」 「わかったよ」 リュートは手紙に魔力を流し、空間を開く。その中に投函して、閉じる。これで問題なくエリオットの元に届くだろう。 「……何て書いたのか、聞いてもいい?」 「ああ。自分の判断で行動しろって書いた」 あまり多くのことを書いてレオニールに見つかった場合、騎士団の面々はティルについて拷問にかけられるだろう。であれば。あまり多くのことは書けない。そのぎりぎりが、それか。 「騎士団長が離反してるなんて想像できねーだろうしな。城の動きがきな臭くなったとき、自分の判断で動けと言っておけば、あいつらなら何とかするだろうよ」 騎士団への信頼を感じて、リュートは微笑んだ。剣を返しに行ったときのことを思い出す。ティルは随分慕われていたように感じる。ティルは色々抱えた人だが、騎士団はきっと居心地がよかったに違いない。 「さ、急ぐぞ。日が落ちる前に着かねぇと」 「うん」 ちなみに飛行の術で飛ぼうか?と尋ねたが、絶対に嫌だと断られた。歩くしかない。 日没を前に、風の村の入口に辿り着いた。出迎えたのは、まだ少年と言っても差し支えのない年頃の、男性。リュートは彼に頭を下げた。 「風の領主、こんな遅くにすみません」 「リュート様、頭を上げて下さい。俺に頭を下げたらだめです」 まだどこか幼さの残る声。それでも彼は、類稀なる手腕で、風の村の領内を維持している。 風の村は、大きな風車がいくつも連なる村だ。渓谷を渡る風を拾い、風車を動かし、酪農を行っている。村の奥には広大な牧場があるはずだ。 「子どもなのに、大変だな」 ティルが何気なくそう言うと、風の領主はにっこりと微笑んだ。 「お宅のレオニールが、俺の両親を殺したから」 「……」 ティルが黙る。もう何を聞かされても驚くことはないだろうが、かつての己の忠誠の先だったのだ。悪辣な話を聞けば、やはり動揺はする。 「俺の父は、納税のために城に赴いた。その日は徴税の率が上がって荷物が多かったから、母が手伝った。謁見の間で母を見初めたレオニールが、母を寝所に招いた。父はそれを止めようとして、近衛騎士団に斬られ、母は寝所に連れていかれ、屈辱を喰らう前に舌を噛み切った」 リュートは、その話を知っている。城で聞いたとき、止められなかったことを酷く悔やんだ。風の領主となった彼に、何度謝罪の手紙を送ったか知れない。それでも彼は、リュートに忠誠を誓うと言ってくれた。 何度聞いても痛ましい話だ。ティルの方を窺い見ると、彼もぐっと拳を握っていた。 「別に謝って欲しいとは思ってない。あんたがリュート様に付くことにしたってのも、火の領主から聞いてる」 風の領主は腕組みして、ティルを睨んだ。 「あんたに聞かせたのは、意趣返しさ。それ以上の意味はない。せいぜい苦しめ」 「領主」 リュートが穏やかに咎めるも、彼は、ふん、と鼻を鳴らして聞かない。彼の手腕は素晴らしいが、まだやはり子供だ。導ける大人が必要だろう。地の領主辺りに――いや、自分はもう、その話をできない。この村を抜けて、大平原に行けば、自分は。 ティルを見る。 彼は、真の王とは何かを、自分で掴んで、ヴァイスベルク王家と決別した。聞けば聞くほど、レオニールの悪行を実感するのだろう。ティルは、どんな思いでいるのだろうか。 「領主、休む場所はありますか?歩き疲れてしまって」 「それは大変だ!リュート様、こちらです」 少し大げさにそう言うと、風の領主が先導して歩き出す。この村の家は風車の下にあるので、泊る場所もそうだろう。 連れて来られたのは、村の一番奥にある風車だった。近い所に他の家はない。 「どうしてここなのですか?」 「この場所は、王となる方のために作られた場所。中にある寝台も一等いい物にしてありますし、風呂場も他の家よりも一回り大きいです」 風車の家の壁面に触れて、風の領主が言った。 「その結果、他の家よりも大きくなってしまって。風車の回る直径を考えると、こうせざるを得ませんでした」 「なるほど」 そういえばそうか、とリュートは納得する。家の大きさに対して比率で風車の羽の大きさを決めていると聞いたことがある。他の家より広い家を作ってしまえば、それだけ羽も立派になる。立派になれば、周囲に他の家は設置できない。 「歓迎の食事を用意しましょうか?」 「それはまた明日で。一日歩き通しで、少し辛いので」 「わかりました。ではゆっくりお休みください」 風の領主が深々と一礼して、去って行く。それを見送ってから、リュートはティルに言った。 「大丈夫?」 「ん?」 「風の領主の話。あまり聞きたくなかったかなって」 そう心配すると、ぽん、と頭に手を置かれた。ティルは薄く笑って、 「心配かけたな」 と言う。リュートは全然、と首を横に振った。 「いや、改めて聞くとひでぇ奴だなって思ってな。お前に会うまではどんな酷いことやってても、いつか賢君として目覚めるってマジで思ってたけど。ないわな」 ティルが悪戯っぽく笑った。そこまで整理できているのなら、もう大丈夫だろう。リュートは少し背伸びをして、ティルの頬にキスをする。 「風の村、着いたよ」 「……ああ」 ぐっとリュートの腰をティルが引き寄せて、抱く。 「いいんだな?」 「うん……抱いて」 そう言って見上げると、橙の瞳がゆらっと欲に揺れた。

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