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第24話

翌朝。 窓から漏れる朝日で目が覚めた。しっかり抱き締められた腕の中で、まだ眠るティルの顔を眺める。 ゆっくりしようと言った割には、結局あの後……何回したかもう覚えていない。二回?三回?もう頭の中はぐちゃぐちゃで、身体もぐちゃぐちゃで、ティルの言ったとおりになった。 ただ寝るとき、この幸せな時間の終わりを知ってしまって泣くリュートを、ティルが抱き締めて寝てくれた。もう泣くな、俺が、この剣で、お前を守るから。と、言われる度にそれが嬉しくて、辛くて、泣いた。 目は腫れてないだろうか。腫れてるなら魔術で直すのだけど、と思いながら、そっとティルの腕から抜けだす。洗面所に行き、顔を見て、大丈夫そうだと一人小さく頷く。 今日は、どうしようか。祠に行くか、それとも――もう少し、この幸せを感じておくか。 部屋の方でティルが起きる気配。それに気付いて慌てて部屋に戻る。のっそりと身体を起こしているティルに、飛び込むように抱き着いた。 「うおっ。どうした?」 「おはよう、ティル」 「おはよ。何で急に飛び込んできた?」 「くっつきたくて」 「可愛いこと言うなぁ。本当」 ぎゅうっとティルが腕を回して抱き締める。情事の後に入った風呂。置かれていたミルクの香りがする石鹸。二人から同じ匂いがしていた。 「朝飯どうすんだ?何か適当に食うか?それとも風の領主に一回相談するか?」 「そうだね。風の領主が気にしてるかもしれないから、一回声をかけてみようか」 そう言うことに決まり、旅装に着替える。家を出る扉の前。ふと互いに顔を見合わせて、キスをする。ふふ、とリュートが零すように笑うと、ティルが頭にぽん。と手を置いた。 村内を二人で歩いていると、朝の牧場の世話に行く村人とすれ違う。家の前を掃除する人、風車を見て風の流れを観察する人……平和な光景だ。 「リュート様!」 風の領主が声をかけてくる。おはようございます、と言うと、嬉しそうに挨拶を返す。 「何をしていたんですか?」 リュートが問いかけると、風の領主は、 「玄関先の花壇に水を遣っていました。地の領主が送ってくれた種が、芽吹いたんです」 「そうですか、見てもいいですか?」 「もちろん!」 風の領主の先導で、その花壇を見に行く。桃色、オレンジ、白……色々な花が咲いている。どれも丁寧に育てたのが伝わった。 「綺麗ですね」 「……地の領主は、両親の死後、ずっとこうして気にかけてくれています。一番距離も遠いのに、出向いてくれたり。勉学に励めるようにと本もたくさん持ってきてくれます」 「……そうですか」 既に地の領主が後見人として動いているようだ。こういう細かい動きは、城にいるとつかめない。ただ、懸念していた風の領主のことについては、問題なさそうだ。 「リュート様、朝食は?」 「実はまだなんです。持ち込んだ食料もありますし、どこかで景色を眺めながら食べてもいいかなと思っていました」 「駄目ですよ!俺にも歓待させて下さい!火の村はともかく、他の村では特産品食べてきたんでしょう?」 「はい、まあ」 「じゃあ俺にもそうさせてください!」 言われるがままに引きずられて行ったのは、風の村の公民館。風の領主が村人に声をかけてばたばたと準備が始まる。机の設置、椅子の設置、先ずは簡単に出せるパンが出てきた。 「このパンは?」 「領内で採れた小麦と、ミルクを使って甘く仕上げたパンです」 言われて食べてみると、どこかにほんのりとミルクの香り。確かに甘い。 続けて出てきたのは、チーズをたっぷり使ったクアトロフォルマッジ。蜂蜜もふんだんにかけられていて、この村の豊かさを感じる。一切れ食べて、あとはティルに譲った。リュートは脂が苦手なのだ。言えないけど。 そして、ローストビーフにローストポーク。それらを挟んだ雑穀パンのサンド、そして絞って加工したての生乳……朝にふさわしい食事だった。 食事の後にこの地域特有の楽器を使った演奏を聞いて、かなり贅沢な朝食が終了する。風の領主に、少し領内を散歩したいと頼んで、またティルと二人になった。 「どこ行くんだ?」 「どこでもいいかな、ティルと一緒だもの」 「そうか、俺もそう思うよ」 二人で村内を散策して、村を出て。坂を上って開けた台地に出る。渓谷を渡る風を感じていると、ティルが言った。 「……で、俺に何か言いたいこと、あんだろ?」 「……」 風に前髪を躍らせて、リュートはティルに向き直った、 「俺が、何をしようとしているのかを」 「……」 ティルが、口を閉ざす。すうっと息を吸い込んで、リュートは言った。 「俺は、ヴァイスベルクを終わらせようとしている――王統審判で」 「王統審判?」 リュートは、空を見上げた。目頭に感じる涙の気配。泣くわけにはいかない。彼に、これ以上余計なものを渡さないように。 「この世界は、主神と同列の四精霊によって創られた。主神はこの世界の全体を見守り、四精霊は、建国王――初代国王から連なる血脈の、統治を見張る」 「……」 「そして、その統治の是非を問うのが、王統審判――ヴァイスベルクを審判にかけ、その資質を問い……恐らく非とされる。四精霊そのものに手を出したんだ、許されるはずがない。そして、世界の因果から、ヴァイスベルクを消す」 「消す?」 そう。ヴァイスベルクを因果から消す……一族、その末端に至るまで、もう二度と、この国に害を為さないように。 王統審判は残酷だ。非としたもの決して許すことはない。審判の名の下に、確実に、消す。 リュートはぐっと、手を握り締める。 「……アルトフェルトは、初代国王の一族だ」 「え?」 「俺の家系図を辿って行けば、建国王に辿り着く。だから」 ぐっと、もう歯が割れるのではないかと思う程に、リュートは奥歯を噛みしめる。言いたくない、でも、言わなければ。でも、伝えるのが怖い。ああ、言わなきゃ。言わなければ。 「王統審判にかけられるのは、俺も同じだ。非となれば因果から抹消される」 じっと、ティルを見る。飲み込み切れなくて戸惑った表情。 「俺も、消えるかもしれないんだ」 さあっと、風が通り抜ける。ティルの、薄く開いた唇の隙間から、はっ、と小さく息が漏れる。そうして、小さく震えだす。 「お前が、消える?」 「かもしれない、ね」 「いや、仮定とかどうでもいい……消える!?だ、だってお前、何で」 意味を為さない、整理も出来ていない言葉をぽろぽろと零すティル。リュートは、何も言えず立ち竦む。だって、これが事実だ。隠しようもない、この先の道に進むのなら、知っておかなければならない事実。 はっと視線を上げると、ずんずんとティルがこちらに向かってきて、両肩を掴んで、揺さぶった。 「嘘だって言えよ!」 「本当のことだよ」 「嘘だって、言ってくれよ!?お前が消えるなんて、そんなっ……!」 ティルの目尻からすっと一筋、零れ落ちる。拾ってあげたいのに、できない。 「何でんなことしてヴァイスベルクを消すんだ!?四領主合同軍も、俺の騎士団もある、討伐すりゃあいいだろ!?」 「駄目なんだ!」 リュートは叫ぶ。 「ヴァイスベルクは簒奪王朝だ。歴史上、誤った王統は王統審判でのみ裁かれる。これが、建国王と四精霊との契約。違えることは許されない!それに」 決然と、ティルの目を見据える。 「簒奪王朝のために、民が犠牲になるのは、絶対に駄目だ」 「お前のためなら俺はっ!喜んで命を捧げて戦う!死ぬまで!他の連中だって同じはずだ!」 「それが駄目なんだよ!俺は王統の一人だ!民を使って自分が生き延びるなんて許せない!」 「頑固者が!」 「わからずや!」 一頻り叫んで、沈黙が下りる。荒れた呼吸を整えながら、リュートは言った。 「……俺は、死ぬかもしれない」 「言うな!」 「でも、死なないかもしれない」 「……」 「四精霊の判断を、俺が決めることはできないけど、半々の可能性なんだ。ヴァイスベルクとは違う。俺は――俺が生きる方に賭けたい。だって」 君がいるから。 そう、呟く。 たくさんの本を読んだ。王統審判に自分もかけられる、それでもヴァイスベルクを討つと決めたとき、過去の審判の事例を見た。是とされた人、非とされた人、それぞれの関連性はないかと。 結果として、何もわからなかった。ただ、暴政に対しては容赦がないと言うことは、記されていた。 だからヴァイスベルクは四精霊を呪術で封じ、審判を行えないようにした。確実に裁かれるから。 だから先王は、審判を行おうとした。アルトフェルトから王朝を簒奪した罪を、裁くために。 「……」 ティルが、ぐっと強く、両手を握り締める。そして、すらっと剣を抜き、眼前に掲げ、言った。 「お前がその王統審判に臨むとき、ヴァイスベルクは確実にお前を殺しに来る。近衛騎士団だってある」 「……ティル」 「俺はお前が成し遂げるその先まで、お前の前でこの剣を振るう」 「……」 「我が剣は、我が王の為に」 「ティル」 「お前の賭け、俺も乗った」 「……うん」 精霊の判断は、誰にもわからない。だから四領主は止めようとした。合同軍の早期出陣を望んだ。 それでも、成し遂げると決めた。簒奪王朝ヴァイスベルクを、終わらせるために。 ティルが剣を収める。それを見てから、リュートは両腕を伸ばして、ティルの首に回した。ティルも受け止めて、深く抱き合う。 背後に蠢く、未来を刈り取る鎌を、見ないように。 その後二人で、風の領内を見て回った。広い牧場には牛や豚がいて、のんびりと、のっそりと、歩いていた。ふと、食べたんだよな、と現実を思い出してしまって、心の中でごちそうさまでした、と改めて祈った。 そうしてうろうろして、一旦部屋に戻った。戻るなりティルが噛みつくようにキスをせがむ。 「んっ。ティル」 「……悪い」 唇を離して、ティルを見る。先程の話の衝撃は抜けきらないようで、どこか居心地悪そうに佇んでいた。 だから話したくなかった。だが、話さなければならなかった。何も知らずにこの先についてきて、その場で知らされるより、絶対にいい。 もちろん、リュートはティルを物理的に引き離す方法を知っている。極端な話、行先も告げずに転移の術を使えば、確実に振り切れる。 そうしたくなかった。それはリュートの我儘だ。だって、一緒にいたいから。もし消えるなら、最後に見るのは君がいいから。 「……どうしたの?」 そう尋ねれば、ティルは、リュートを見てから視線を足元に落とす。 「最後だと思いたくねぇのに、最後かもしれないと思っちまう」 「ティル」 「そう思ったら、お前の中に何度俺を刻めばいいだろうかって、考えちまって」 「……」 「……こんなときに考えることじゃねぇよな。すまん」 気持ちは分かる。リュートだって、あと何回抱かれたらこの不安が消えるだろうかと、考えることはある。きっと、答えは出ない。一度だって、百回だって、変わらない。 リュートは、ティルの旅装の端を、ぎゅっと握った。 「怖いよ、こんな幸せの後だもの。本当に怖い」 「リュート」 「でも、もっと怖い思いをしている民がいる。こんな絶望的な国で、何とか生きている民がいる。俺は、その人たちに向き合って、真なる王統を、示さないといけない。アルトフェルトの一員として」 「……」 「でも、本当は怖い。俺個人なら、とっくに投げ出してる」 「……だよな、そうだよな」 「……ティルも、怖いんだよね?」 そう、橙の瞳に問いかけると、彼はその目を伏せた。 「ああ、怖い。騎士として戦うことになるかもしれないことは、いいんだ。覚悟はできてる。でも」 リュートの身体に腕を回して、ぎゅ、っと抱き締める。 「お前が、いなくなる可能性に、耐えられない」 「ティル」 「お前がいない朝?お前がいない城?考えただけで背筋が凍る。無理だんだよ、もう。お前がいない生活なんて」 「……ねえ」 「何だ?」 すりっとティルの胸に頬擦りした。いつもは鎧があってできない、頬擦りを。 「明日の朝まで、ずっと一緒にいよう?怖くなくなるまで、ずっと」 「……ああ」 そうして、二人だけの一日が、始まった。

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