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第26話

夕方、日没前に大平原の入口に着いた。入口と言っても門や塀があるわけではない。ただ、ちょうどそこで風の村から続いてきた丘陵地帯が終わるため、山肌と草原の境目がくっきり表れれる。それを便宜的に大平原の入口と呼んでいる。 「野営にする?」 「そうだな。いくら急いでるっつっても、夜に移動するのはな」 野営に適した場所を探してうろうろする。暗くなってきたので、明かりの術を空に向かって放つ。まるでもう一度太陽が昇ったかのような明るさ。だから祠では威力を絞って使っていた。 少し探すと、四方を大きな木に囲まれた場所を見つけたので、明かりの術を解く。下草を少し炎の術で焼いて整えて、完全に鎮火したのを確認してから座る。それから薪を組んで、焚火にする。ぱちぱちと火の燃える音がして、ようやくリュートは腰かけた。 「悪いな、全部やらせた」 「いいよ。大したことじゃないし」 火の勢いに合わせて、その辺の枝をぽいっと放っていく。 「今日は何食べる?」 「そーだなぁ。何があるんだ?」 「保存食かな、圧縮した米とか」 そう言って空間をわさわさと漁る。最初に置いてあった量から随分減った。それだけの時間、旅に費やしたのだなと感慨深く思う。 残っているのは、柑橘、果物三種の缶詰、山菜の炊き込みご飯を圧縮したもの、カレーのルー、圧縮した米、サバの味噌煮の缶詰、焼き鳥の缶詰…… ティルが一緒に空間を覗き込んで、 「俺、カレー貰ってもいいか?米も」 「いいよ、その辺にスプーン転がってると思う」 リュートは柑橘の缶詰と山菜の炊き込みご飯を選ぶ。お箸どこに転がしてあったかな、とその辺を探していると、ティルが呆れたように言った。 「お前、片付け下手なんか?」 「え?」 「全然整理されてないから」 言われてみれば雑多に積み上げてあったが。そんなに整理されていないだろうか。 「俺はどこにあるかわかるから」 「片付けしねぇ奴はみんなそれ言うんだよ」 「むー……」 やっと箸を見つけて、空間を閉じて、二人で食事にする。圧縮されたご飯を温めながら、ふとティルが言った。 「家で食ってた飯より豪華かもしれねーな」 「保存食が?」 「まあな。しかしあれだな、お前の保存食って、四領主からのものなんだろ?」 そう。祠を巡る旅が決まって、アルトフェルトを経由して食料を回して欲しいと頼んだ。四地方も徴税でくろうしているだろうに、快く要請に応じてくれた。送られてきた食糧にはどれにも手紙がついていた。地の領主からは、来訪を楽しみにしているということと、道中の安全祈願、水の領主からは、騎士団長への注意喚起と、道中の安全祈願、火の領主からは、あまり送れなくて申し訳ないということ、風の領主からはもう一度考え直して欲しいということ。 皆の気持ちがありがたくて、手紙を抱いてしばらく感じ入っていたときから、随分時間が経過してしまった。その皆の気持ちも、あと少し。明日の朝食べたら、後は辿り着くだけ。 考えている間に米が温まったので、皿に出して頂く。ほくほくの米を箸で食べていると、ティルがカレーを皿に盛りながら言った。 「お前ってさ、しつこい味嫌いなんか?」 「よく見てるね」 「まあな。空間に残ってんのサバの味噌煮と焼き鳥だろ?無理なんかなと思って」 「焼き鳥は平気だよ」 リュートが嫌いなのは脂だ。例えばいい牛肉の刺しの入ったもの、べったりと表面に脂の浮くようなスープ、麺類。とにかく胃にもたれる。家にいたときはそういった料理は積極的に食べようと思わなかった。城の行事で食べざるを得ないときは、鉄壁の張り付けた笑顔のまま食べて、家に帰ってお腹を抱えて寝込んでいた。そのくらい苦手だ。 それを告げると、ティルは、マジか。と言った。 「成人男子とは思えんな。よくそれで俺のこと吹っ飛ばす筋力維持できるな」 「それは力学的な身体の使い方で何とかなるから。もしティルに上から伸し掛かられたら身動きとれないよ。そんなことなかったっけ?」 「あったかもしれねぇけど、俺の中では黒歴史だ。忘れてくれ」 旅を始めた頃の自分は勘定に入れて欲しくないらしい。面白いな、と思いながらご飯を口に運ぶ。 食べ終わり、魔術で皿を綺麗にして空間に戻して。 「完全な野営だな。水場もないし、風呂には入れねーな」 「ええ……」 もし審判で消されるときに、風呂に入ってない自分が消されるのは嫌だな……せめて身ぎれいにしておきたいけど、と少し考える。 「……火の村で入った温泉、再構成できないかな」 「お前……風呂に入るために魔術使うのか」 「だって。四精霊に選んでもらう要素に身ぎれいかどうかがあったらどうするの」 「真面目な顔して言うことじゃねーよ」 ティルが心底呆れているが、リュートは天球儀を呼ぶ。その中に納められている情報の中に火の村の温泉があることを確認して、魔術を起こす。 焚火から離れた木の下に温泉が生まれた。 「前から思ってたんだが、その球体何なんだ?」 ティルが温泉を見ながら尋ねる。リュートは天球儀を消しながら、応えた。 「俺の記憶と同期してる魔術理論の構築装置」 「……何言ってるかわかんねーから、いいわ」 ティルが諦めたように温泉に向かう。手を突っ込んで、温泉だ……と呆然と呟いていた。リュートもティルに近寄って、横に並ぶ。 「一緒に入る?」 「風呂どころじゃなくなるだろ」 「期待してるんだけど」 「駄目だ……駄目だ。お前の身体が今は一番だから」 「ぶー」 結局ばらばらに入ることになった。 風呂は使い終わったら消した。残しておいたらここを通りがかった人に何事かと思われる。 ほこほこと温まった身体を冷やさないように空間から二枚、厚めの掛布団を取り出す。ティルに一枚渡して、包まって、二人で寄り添って座った。 焚火の炎をただ眺めて、無言の時間を堪能する。 もう少し近付きたくて、じりっと身体をティルに寄せる。 「何だ?」 優しい声。こんな声が出せる人なんだよって、旅の始めの頃の俺に教えてあげたい。 「ううん、近くにいたくて」 「そうか。じゃあ一緒に包まるか」 ティルがおいで、と掛布団を広げる。喜んでその中に飛び込んで、彼の腕の中にすっぽりと収まる。掛布団の端っこをしっかり身体に包めて、ティルの身体の温もりを感じる。 「明日さ」 「……うん」 ティルの言葉に、僅かに身体が強張る。 「終わったら何する?」 「へ?」 思いも寄らぬ言葉に、リュートは言葉を失う。だがティルは飄々と続けた。 「結局今日抱けなかったしな。明日の夜は思いっきり抱きたい。寝かさねぇからな」 「いや、あの」 「でも、どうなんだろうな。レオニールがいなくなって王位が空席になるが……まあその辺は明後日考えりゃいいだろ」 「ティル」 「取り敢えず明日は王城にある立派な風呂に入って一服して、それから夜通し抱いて。終わったらそうだな、城の厨房に忍び込んで何か食うか」 「いや、やってること泥棒……」 「リュート」 ティルはぐっとリュートを抱き寄せて、言った。 「お前には、明日も明後日も明々後日もあるんだ。強気でいろ」 「……うん」 ティルの身体に頭を凭れさせる。ティルが信じる明日を、俺が信じないでどうするんだ。一度深く目を閉じて、ゆっくり開く。それから空を見上げる。いつか見た橙の星が瞬いていた。 「ティル。俺、行ってくるよ」 「おう」 「もし審判で非って言われたら精霊吹っ飛ばしてくる」 「それはどうなんだ」 「是って言うまで吹っ飛ばすよ」 「どうかと思うが、その意気だ」 もう一度ティルの身体に近付いて、寄り添って。彼だって、きっと不安なはずだ。怖いと言っていた。リュートだって怖い。不安どころじゃない。それでも、明日がある、その続きもあると、思うことが悪いことなのだろうか。 「そろそろ寝るか」 「うん」 頷いて、水の術で焚火を消して。空間を開けてマットを取り出す。それを敷いてから、リュートはティルに言った。 「一緒に寝よう?」 「俺もそう言おうと思ってた」 先程まで使っていた掛布団を羽織って、横になる。ティルが腕枕をしてくれたので、遠慮なく頭を乗せる。片腕で抱き締められて、猫のように擦り寄る。 「そういや」 「ん?」 「何で魔術師はこの国にお前しかいないんだ?」 ああ、その話か。とリュートは思う。 難しい話ではない。魔術を扱えるのは初代国王の血を引いた者だけだから。ただその血もすっかり薄まって、アルトフェルトという名前だけが、初代国王の血筋を示す。 「俺、先祖返りらしいんだ」 「先祖返り?」 例に漏れず、現代のアルトフェルトも誰も魔力を持っていない。だがリュートだけが、生まれたときから魔力を持っていた。どうやってそれがわかったのかと言えば、ゆりかごの中で火球でお手玉をしていたから、らしい。母がそう言っていた。 リュートだけが魔力を――しかも無尽蔵の膨大な魔力を持っていることの説明がつかず、一族の中では初代国王の先祖返りなのだろうと結論付けられた。 「魔力を持っててもあまりいいことなかったけどね」 「魔導師長でもか?」 「単なる飾りの役職だしね」 ヴァイスベルクは、リュートに首輪をつけつつも便利に使うことを画策していた。そのための役職。城周辺で魔物が現れれば容赦なく前線に送り、何かを生み出したいときは呼びつけて作業をさせた。断れば実家を盾にされた。 唯々諾々と従っていたのは、実家のためだった。だからこの旅を命じられた時、天命だと思ったのだ。やっと、あの簒奪王朝を引きずり下ろせると。 「しかしあれだな。ヴァイスベルクがした呪術をレオニールは自分で補修できないのか」 「勉強してないからね」 一族秘伝の呪術である。学ばないはずがない。学んでいれば自分で大編隊を組んで直しに行っていたはずだ。だがそもそも。 「呪術が弱まったのは四領主の手に拠るものだしねぇ」 「そうなのか?」 リュートが呪術を解明してしまったから。術式の壊し方も四領主に影を使って伝えた。彼らは忠実に破壊行為を行い、しれっと王城に報告した。「四悪を封じた術が壊れている」と。 「ある意味この旅自体が仕組んでいたところもあるよ。もちろん、呪術を壊したからって俺が修復に任じられるかどうかは賭けだったけど」 レオニールはリュートの反乱を異常に恐れていた。王城に置いて監視していたほどに。それでも封印が解けて四精霊の王統審判が始まれば、裁かれる。だからリュートを外に出してでも、呪術を直させたかった。 「そうか……ヴァイスベルクってのは、どうしようもないな。四精霊を四悪と伝えたり、呪術を使ったり」 彼らのしたことが白日の元に晒されれば、ティルのような感想を持つ者はたくさん出てくるだろう。新たな王朝はあまり抵抗なく歓迎される可能性が高い。 「俺、知らないことが多いな」 「水面下で動いていたこともあるし、そもそもこの話がティルの耳に入ってたら俺、王城でティルを殺さなきゃいけなくなるじゃない」 「それは困るな。ずっと惚れてた魔導師長に殺されるなら本望かもしれんが」 「いやいや……」 とんでもないことを言う。今を知っているから、そんなこと絶対にあってはいけなかったんだと強く思う。 ティルが、リュートを抱き直す。もう一度ティルの胸に擦り寄った。猫だったら喉を鳴らすのに。 「……聞きたいことは、おしまい?」 「そうだな。寝るか」 「うん」 星の瞬く空の下、二人は寄り添って眠る。明日も、明後日も、そう在ることを願って。

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