28 / 36
第28話
玉座の前に立ち、足元に魔法陣を浮かべる。空間から取り出した四精霊の石を、自分の周囲に浮かべる。くるくるとゆっくりリュートの周りを回るそれを見ながら、リュートは呪文を唱えた。
『審判の日、その日には、世界が選択を迫る』
目の前で、戦闘が始まる。四領主の合同軍が狙い違わず近衛騎士団に矢の嵐を降らせ、その動きを鈍らせる。鎧越しに刺さるはずがないのだが、そうすることで進軍速度を落としているのだ。
ティル率いる騎士団はハルバードの攻撃を避けながら、近衛騎士団に一撃入れようと剣を振るう。だが、騎士団もそうだが、近衛騎士団も鎧を着用している。剣では貫通できない。
「隙間を狙え!」
ティルの指示。鎧の継ぎ目にある隙間に剣を滑らせろということか。それを的確に理解した騎士団が、太刀筋を変え、胸と腹の間の隙間や、肩の隙間を狙いだす。近衛騎士団はさせまいと後退したり、ハルバードをふるったりと混戦の模様だ。
『我らが主神が予言したとおりに』
魔法陣が光る。立ち上る光。ゆっくりと回る四精霊の石が、静かに光る。
魔力を巡らせ、循環させ、言霊――神の力に近いものに変えていく。リュートの身体から溢れる光を四精霊の石が受け取って、また静かに光る。こうして、石に力を蓄積させていく。
『選ぶ者である精霊が訪れ、すべてを厳しく裁くとき、いかほどの恐怖が訪れることだろう』
怒号が響く。騎士団の壁が突破された。リーチのあるハルバードの方がやはり有利だからだろうか。既に鎧を割られ、負傷した騎士団の団員がいる。ティルが駆け寄って様子を見て、四領主に叫んだ。
「負傷者の世話は!?」
「我ら水の領地が行います!こちらへ!」
いつかは水の領主と反目し合っていたはずだが、手を取り合い、助け合っている。ここで揉められてもどうかと思うので、本当によかったとリュートは思う。
ふと見ると、負傷し運ばれているのは、剣を返しに行ったときに対応してくれたあの団員だった。リュートは胸が痛んだ。俺は回復の術が使えるのに。遠隔で術を飛ばす研究をしておけばよかった。いや、でも今は王統審判の途中。飛ばせたとしても、術を行使できない。リュートの口は一つしかないのだから。
『金管が音を鳴らす 審判の起こり、世界を巡る すべての者は精霊の前にただ並ぶ』
「やああああ!」
リュートの背後から迫る声。ティルがそれに気が付いて駆け寄ってくる。だが魔法陣から立ち上る光に阻まれて、その声は聞こえなくなった。
「レオニール!」
ティルの叫び声。どうやらレオニールが戦場を抜け出し、単騎でリュートを狙いに来たらしい。発想はいいかもしれないが、相変わらず知能が足りない。
「斬るぞ」
ティルが、レオニールに剣を突き付けているのか。振り返ることができなくてもどかしい。
「ひいっ!」
引き攣った悲鳴を上げて、レオニールが去って行く気配。ティルが、
「何もなかった。お前は気にせず続けろ!」
そう言って、戦場に走り去る。近衛騎士団にも負傷者が出ているようで、少しずつ、戦場に残る人数が減っていく。胸が痛い。民が傷付く。自分が王統審判に臨むなんて言ったせいで。
だが、言ったからにはやり遂げる。皆の想いを無駄にはしない。
『大地の記録が全てを語る、その全てで、王統は等しく裁かれる』
静かに光を放っていた石が、強く輝く。そして、四方に現れたのは、灰色の毛並みの狼――いや、フェンリル。彼らは座った姿勢で、リュートの呪文を待っている。彼らの身体には、まだ力が満ちていない。ここからリュートも力を送り続けなければならない。言葉に魔力を乗せ、言霊に変え、注ぐ。気持ちよさそうに目を閉じ、顔を上げるフェンリル。それに小さく微笑んで、リュートは続きを紡ぐ。
『審判の場に着いたとき、隠しおおせられるものはない、報いを免れぬものない』
遂に四領主の合同軍まで近衛騎士団のハルバードが迫る。弓矢を咄嗟に捨て、腰に佩いた剣を抜く合同軍。騎士団よりも統率の取れない動き。近衛騎士団の背後から騎士団が迫る。ティルも剣をふるい、その剛腕で近衛騎士団の鎧を砕く。そこを副団長のエリオットがすかさず斬りつける。連携が取れていて、見ていて気持ちがいい。騎士団は合同軍に立ち混じり、彼らを援護しながら戦う。合同軍も負けじと剣を構える。
「大体の鎧は割った!そこを突け!」
ティルの声。指示を貰った合同軍が言われた通りに近衛騎士団の割れた鎧に剣を突き入れる。深くはなかなか刺さらないのか、苦悶の声は上がるが死ぬほどではないようだった。
近衛騎士団は、レオニールの被害者でもある。リュートとしては、あまり殺すということをしてほしくないなと、思っていた。ティルはその辺りを汲んでいるのかもしれない。
『ああ、何を語ればよいだろうか』
フェンリルに言霊を注ぐ。するとフェンリルが立ち上がり、光の内側で遠吠えをした。すると天から、ごごごご、と低い音を立てて、何かが現れる。一瞬戦場も動きを止め、それを見る。
――審判の間。
フェンリルの呼び声で呼び出され、審判を受ける場所。リュートもあそこに行かなければならない。そう思うと、どこか薄ら寒いような気がした。
『正しき者ですら、安泰ではいられぬというのに』
あと一節。もうすぐ終わる。終わったら、即座に近衛騎士団を暴風の術で吹き飛ばそう。そうして、負傷者を一息で回復させて、それから――
そう、考えていたそのときだった。
ティルの身体が、僅かに揺れる。騎士団の悲鳴。合同軍の怒声。何があった、ティルに、一体何が。
彼が、たたらを踏んで、ぐらりと身体を揺らす。そして、倒れた。倒れた前には、レオニールが薄気味悪い笑みを浮かべていて、そして。
「お前の恋人は!俺が殺した!」
は?
「俺のいうことを聞かん奴は!死ねばいいんだ!」
すかさず騎士団がレオニールを拘束する。それを見ていた近衛騎士団が妨害しようとハルバードをふるう。騎士団がそれを止める。水の領主がティルに駆け寄って、鎧の隙間に刺さっていたナイフを引き抜き、布で失血を抑えていた。
ああ、そうか。死角から忍び寄って、刺したのか。
どこか冷静に考える。水の領主が焦ったように何事かを叫び、次々と水の領地の者がティルに駆け寄ってくる。慌てて騎士団が鎧を外し、そして、アンダーウェアに染み込んだ血を見て青ざめている。
がばっとアンダーウェアを持ち上げて、水の領主が何かの薬を塗りながら、包帯を巻く。その周囲を騎士団が円陣を組んで守り、近衛騎士団の猛攻を防ぐ。
あ、と声が漏れそうだった。呪文の最中に、呪文以外の言葉は厳禁だ。だが、叫びたかった。俺の愛する人を、何でこんなことをするんだ。俺なら、回復の術が使えるのに、どうして俺はそこに駆け付けることができない!
『審判を望む者よ』
フェンリルが語かけてくる。
『選ぶがいい』
『術の終わりか』
『お前の望みか』
うるさい、俺だってどうしていいかわからないんだ!
巡る魔力が散り始める。これ以上こうしていたら王統審判は終わる。皆が命を懸けてくれたものが無駄になる。でも、俺は、ティルを助けたい、助けたい、死なせたくない、嫌だ!
ふらふらと、ティルが起き上がるのが見えた。
「リュート!」
そんな、叫んだら腹の傷が。
「止まるな!行け!」
でも、君が。
「俺は……っ、大丈夫だ!気にすんな!」
そんなにびっしり脂汗張り付けて、何言ってんの。無理がある。いいから俺に治療させて。
「お前は!為すべきことを為せ!」
「っ!」
そうだ。そうだった。俺は――
『精霊よ、どうか祈る者を裁き、示せ』
かっとフェンリルたちの身体が輝く。
『力は満ちた』
『いざ始めん。王統審判』
『建国王との契約の下に』
『我らが是非を問おう』
そして、フェンリルが消え、騎士団が捕らえていたレオニールの身体の下に魔法陣が現れ、消え、またリュートの足元にも魔法陣が現れ、戦場が遠くなった。
ともだちにシェアしよう!

