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第29話

その地は、白かった。 白い石でできた、円形の場所。それが王統審判の場だった。四精霊と呼ばれるフェンリルが四方を囲み、リュートとレオニールはその中央に立たされる。 レオニールは、すっかり縮み上がり、がたがた震えていた。それがあまりにも滑稽で、リュートの緊張は多少和らいだ。 だがそんなことよりティルだ。あの傷は大丈夫なのか。水の領主の治療は効いているのか。というかレオニールは敵では?もう審判も待たずに殺してやろうか。いや、駄目だ。王統に背くものは審判にて裁かれる。それが契約。違えることは許されない。 『ようこそ、我らが国の王統よ』 『我ら四精霊、其方らの是非を問う』 『審判を前に、偽りすらも暴かれる』 『心して臨めよ、我らの瞳は全てを見る』 口々に言うフェンリルに、リュートは姿勢を正す……が、レオニールは四つん這いで叫び出した。 「おい!我らがヴァイスベルクの偉業は!城の図書館に保存されている!それを持ってきたい!」 突然何を言いだしたのだこいつは。自分たちの血統が書いた自分たちの偉業って、それは最早「俺の考えた最強のヴァイスベルク」でしかない。読む価値もない。なおリュートも一回も読んだことはない。 フェンリルは呆れるでもなく、馬鹿にするでもなく、淡々と応じた。 『我らの審判は大地の記録にのみ基づく』 『人の記す文字に価値はない』 『等しく人の所業を裁く』 『故に不要』 「なっ……!あれが!俺たちの正当性を示す文書なのに!」 レオニールが項垂れる。だから、自分の正当性を示す文書を自分で書いていれば……なんとでも書ける。故に不要。まさしくそのとおりだ。 リュートの横で、レオニールの周囲が白く光り、がしゃん!と光の檻が現れる。あたふたと慌てふためき、檻の柵を引っ掴んでがたがた揺らすレオニール。 「おい!出せ!」 『いざ始めん、王統審判』 『ヴァイスベルクよ。跪け』 『我らの前に、全ての王統は等しく裁かれる』 『ヴァイスベルクよ、跪け』 二度の警告に、しぶしぶ、といった様子でレオニールが膝を付く。 『現れよ、大地の記録』 『我らにこの地の全てを顕せ』 『索引:ヴァイスベルク』 『彼の王統の全てを見せよ』 ずずず、と空に巨大な本が現れる。鈍重な動きでページが捲られ、フェンリルたちがそれを見る。レオニールは顔面蒼白で、今にも失神しそうだ。 しばしの沈黙。その後。 『審判の時は来た』 フェンリルの声が揃う。かっ、とレオニールの下の地面が輝く。複雑な魔法陣。リュートはそれを一見して解読する。あれは―― 『ヴァイスベルクよ』 「ひいっ」 『其方らは我ら四精霊を禁呪にて縛った』 「それはっ!」 『そして度重なる民への暴虐』 「ちがっ……」 『これは建国王と主神の契約に反するものである』 「待て、待ってくれ!」 『故に』 「俺の話を聞いてくれ!悪いのはアルトフェルトなんだ!」 フェンリルの声が止まる。リュートは呆れ果てて何も言えない。その一方で、何が何でも生に縋りつこうとするこいつの生き汚さのようなものは感じて、うんざりする。よりによってアルトフェルトの名を出すとは。 フェンリルの沈黙に機を得たと判断したのか、跪いたままレオニールが声を荒げた。 「俺たちはアルトフェルトに迫害されいる!行動は監視され、魔術で脅され!それから逃れるためには、民の苦しみこそ胸が痛むが、徴税をし、いつか城を脱出するときのための備蓄に――」 『そなたの弁明は、大地の記録にない』 無情な一言だった。 「いや!書き漏れることだって!」 『ない。大地の記録はこの国のみならず、宇宙をも包括した全世界の記録。例え小さき虫の動きですら、記録から逃れることはない』 「でも!でも!」 『故に判決を言い渡す』 「待ってくれ!俺は消えたくない!まだ……伝えられていない!」 『ヴァイスベルクの王統は、非とされた。故に、この場で大地の記録から全てを抹消する』 「待ってくれ!俺はフェティルに何もっ――!」 はっとリュートはレオニールを見る。だがそのときには既に、彼の姿は消えていた。光の檻は消え、跡形もなく。そこに最初からいなかったように。 息を呑んだ。消えた。文字通り。大地の記録――アカシックレコードからも消えたということは、二度と、発生することはない。もう一度ヴァイスベルクを顕すには、因果律を再構築しなければならない。それは最早神の所業。つまり、もう、ヴァイスベルクは。 (俺も……) 審判次第ではそうなる。大地の記録からアルトフェルトが消えたとき、ティルはどうするのだろうか。いや、彼だって生死の境にいる。本当は今すぐ助けに行きたいが、だめだ。俺だけ審判を逃れるわけにはいかない。これは王統審判。俺だって裁かれる。 『いざ始めん、王統審判』 『アルトフェルトよ。跪け』 『我らの前に、全ての王統は等しく裁かれる』 『アルトフェルトよ、跪け』 リュートは大人しくその場に膝を付く。まるで神殿で祈りを捧げる聖職者のように、両手を組んで。 (どうか――) 『待ちなさい』 荘厳な声が、その場に響く。顔を上げると、リュートの前に、白いそいつが降臨した。この方は。 『……主神、何をしに来た』 四体のフェンリルが同時に声を発する。白いそいつ――この国の統一神、主神が、この場を睥睨した。 『リュート・アルトフェルト。まるで建国王の生き写しですね』 「……はあ」 何の話が始まったのかわからなくて、リュートは曖昧に返事をする。 『建国王、リューク・アルトフェルト。彼は偉大なる王でした。魔術に優れ、人を愛し――私すらも、愛した』 ちょっと待て。建国王の恋人が神!?そんなことどこにも書いてなかった……いや、書けないか。リュートは内心で叫ぶ。 『建国王の最期に、私たちは契約を交わしました。互いの愛ゆえに、私は人を愛し続け、アルトフェルトは国を愛し続けると』 その文言は知っている、建国王の手記と言われる本に書いてあった。アルトフェルトは実際に国を愛してきたし、守ってきた。ヴァイスベルクに日陰に追いやられようとも。 『待て、主神。何をするつもりだ』 四体のフェンリルの問いかけに、主神は穏やかに微笑んだ。 『リュート・アルトフェルト。其方に審判は不要です。大地の記録を見ずとも、其方たち一族が懸けてきた命を、私は知っています』 「え、でも」 主神はすっとしゃがみ込み、リュートの前に座る。石膏のような白いその神は、きらきらと輝く夜空のような瞳をしていた。 『約束、したのですよ』 「約束ですか?」 『はい――リュークがこの世を去る時、人を愛する神ならば、我が一族を守って欲しいと』 「……」 あんまり守られていた気はしない。ヴァイスベルクにはしてやられているし、一族の歴史は正に臥薪嘗胆。一体いつ守っていたのだろうか。 『其方たちが滅びなかったことは、その証明になりませんか?』 「あ……」 そうだ。確かにいつ滅ぼされてもおかしくなかった。適当に反逆者の汚名を着せて追いやることもできたはずなのに、アルトフェルトは王城に出入りし、場合によっては重臣の一角を為した。もちろん、ヴァイスベルクによるアルトフェルトの侮辱行為でもあっただろうが、一族は滅びずにここまできた。 それが、主神の守護によるものだとは。 リュートが目の前の神に手を組み、祈った。ありがとうございます、と。 すると四柱のフェンリルが主神の背後に立つ。主神が立ちあがって、フェンリルたちを見返した。 『待て、王統審判だぞ』 そうだ。俺は王統審判にかけられる…… 『どうせアルトフェルトは是でしょう』 『いや、そうなんだが……確かに論じるまでもないというか……』 「ええ……」 自分が死ぬかもしれないと真剣に考えてここに来たのに、建国の神々が揃ってアルトフェルトの王統を認めているこの状況に、リュートは正直に脱力した。 (早く帰ってティルに愚痴りたい……) そのために彼の治療も早くしたい。戻っていいかと尋ねたいが、さすがに不敬すぎてできない。もどかしい。 すたすたと主神が近寄ってくる。白い、超常の美しさ。長い睫毛が瞬きで揺れる。そして彼の神はかがんで、リュートの頬にそっと口付けた。 『本当にリュークに生き写しで……懐かしくも、切なくもありました。其方の生きようが、あまりにも――』 「主神様」 『どうか、リュークの国を、よろしくお願いします。アルトフェルト』 「はい」 神が消え、残されたフェンリルとリュートの間に何となく気まずい空気が漂う。 「あの……なんかすみません。まさか神との約束でうやむやに……」 『いや……我らもまさかここで主神が恋人との約束を持ち出すと思っていなくてな……』 しゅん、と頭を下げるフェンリル。しょんぼりした大型犬のようで可愛いなと思ってしまう。 「これから……どうしましょう」 『審判の結果は是だ。胸を張って地上に下りよ』 『アルトフェルト、これからも末永く国を頼む』 『二度と簒奪されぬように』 『心して玉座に望め』 う。とリュートは言葉に詰まる。二度と簒奪されぬように。本当にそのとおりだ。それがなければこんな騒ぎにもなっていない。 もう遥か昔に、アルトフェルトの重臣だったヴァイスベルクが反乱を起こし、玉座を奪った。その日から狂い始めたこの国の歴史。これは罰せられるアルトフェルトの罪だったのかもしれないが。 「四地方に戻るのですか?」 リュートが尋ねると、それぞれのフェンリルたちが頷いた。 『これからは顕現し、領内を見回り、我らの力が滞りなく王城まで循環するか、見守らねばならない』 四地方だけでなく、精霊の力はこの国全体を循環する。ヴァイスベルクの呪術でそれが循環しないばかりか、精霊の直轄領地ではない王城周辺が真っ先に荒廃した。 それを、精霊たちは元に戻るかどうか、顕現しつつ確認するらしい。 「きっと人気者になりますよ。子供にせがまれたら、背中に乗せてあげて下さいね」 『……考えておこう』 四精霊同時に言われる。 「戻ります」 『わかった』 リュートの足元が光る。戻り先は玉座遺跡だろうか。深々と一礼して、リュートは審判の間から去った。

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