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第31話
この国は、始まる。
戦闘の後、全員で城に入った。どこにもこの人数を収容できる場所がなく、リュートが城を開放すると言ったから。ティルは慎重に運ばれ、騎士団詰所の仮眠室でゆっくり休養することになった。
さて、ここからが大変だった。
四地方の領主と手分けして行ったのが、城の貴族、重臣、城勤めの職員、全員の中からヴァイスベルク派の人間を探すこと。全員の履歴書やこれまでの勤怠、行動実績評価を照らし合わせて、チェックシートで機械的に判定していく。情を挟むと判断できなくなるので、ここは容赦なく行った。
結果、かなりの人数がヴァイスベルク派とわかった。リュートはそれらの人間全員と面談を実施し、手の施しようのない者については王都から追放することとした。今後はリュートに忠誠を誓うと言った者については、完全な信用は難しくとも、行動に制限を付けて当面監視という扱いになった。すぐにその人のことを信じられないのは、リュートにとっても心苦しかった。
やらなければいけないことは山積みだ。
徴税の仕組を変えること、城下町の再建、周辺の村や町への支援、王都周辺が自立していくための新たな産業を興すこと、城の人事異動――本当に、どうしようもなくやることが多い。
これを取りまとめ、裁可し、国を動かす中心人物、すなわち国王が必要だ。
「リュート様しかおらんでしょう」
城の会議室。四領主とリュートの揃ったその部屋の議題は、正にそれだった。
地の領主が当然だと言わんばかりの顔で言う。水火風の領主もうんうんと頷いている。
頷けないのはリュートだ。
「俺には無理ですって」
その一点張り。
一応、理由はある。確かに審判の間で主神からも国を統べるのはアルトフェルトとお墨付きは貰っているから、自分の一族が国を治めるのは問題ない。だが、自分には弟もいるし、王位継承権を持つ者は自分以外にもいる、というのがリュートの考えだ。
双方比べる間もなくリュートしかいない、みたいなのは、本当に大丈夫なのかと疑っている。
「一度俺の弟にも会って――」
「弟君のことはよく存じています。既に所帯をお持ちでしたね?お子さんもいらっしゃる……男の子の」
地の領主の言葉に含みが出る。
弟には妻となる人がいて、子供もいる。これは即ち、王と王妃となるべき人が揃い、なおかつ男児――王位継承権を持つ子がいるということ。王となるには魅力的な条件が整っているというのは、地の領主も認めていることだろう。
リュートは一つ頷いて、言った。
「俺はそういった話もありませんし、何より愛する人は同性です。直系の子も誕生しません」
「魔術で何とかならねーのか?」
火の領主が問いかける。彼女はリュートの魔術で村ひとつ復元した所を見ているから、魔術の奇跡を信じたいのだろう。
魔術か、とリュートは少し考える。
人間の発生の仕組は理解している。リュートの精子を組み替えて卵子にして、ティルの遺伝子を混ぜ合わせることでティルとの子を発生させることは不可能ではないだろうが、結局その卵子を育てる母体までは魔術でどうにもできない。
(身体の情報を一時的に書き換えて俺が子宮を宿す……?いや、できるかな。その場合どこから産むんだ?考えるべきことが多過ぎる……いったん棚上げだな)
自分が王となるかどうかはさておいて、ティルとの間に子供がいたら、それはそれで幸せだろうなと思う。どちらもお父さんと呼ばせることになるのだろうか?それとも魔術的に子を成したのがリュートなら、母になるのか?そんなことを真剣に考えてしまって、小さく苦笑いした。
今の問題はそこではないのだから。
「何故リュート様は王になるのを避けておられる?」
水の領主に問われ、リュートはうっすらと笑った。
「俺はもう、ゆっくりしたくて」
「ですが国の人事には手を入れておられますよね?」
「ヴァイスベルク派の炙り出しと処分はアルトフェルトが後始末すべきことだと判断して、させて頂きましたが……これから先、新しい国で王となるには、俺では辛気臭いでしょう」
「そんなこと!」
四領主が一斉に違う、それはない、と否定する。この人たちは本当に俺のこと慕ってくれているんだなと、ありがたく思う。
「しかしリュート様が王となられないのであれば、我らの忠誠もここまでですな」
「え?」
地の領主がいけしゃあしゃあと言う。いや、忠誠がここまでとは?どういうこと?リュートが首を傾げると、いやなに、と地の領主が言った。
「我らが王と仰いだのはリュート様ですから。弟君ではない。リュート様に忠義を捧げられないのであれば、我ら四地方とアルトフェルト様との縁もこれまでですな」
「そんな!」
遂に脅しに来たか。
リュートは困ったように眉尻を下げて、言った。
「俺に免じて、弟の治世を支えることはできませんか?」
「無理ですな。弟君が駄目なのではなく、我らが惚れこんだのがリュート様だということです」
「……」
「そうです。我らの忠義はリュート様のもの。でなければ大平原に集結などいたしませんわ」
「おうよ!リュート様を信じてっからな!村丸ごと一つ救うなんて奇跡と温情、リュート様だからこそよ!」
「俺も、リュート様だからこそ、大平原に出ました。若い身空でと止める意見もありましたが……振り切って剣を取りました。全て、リュート様のため」
「……でも、俺は」
ヴァイスベルクを排除するために王統審判を選択し、四地方を巻き込んでこんな大騒ぎにしてしまった。国のためと思いつつも、やはりどこかにヴァイスベルクへの強い憎悪があって。そんな私的な理由も含んだ計画だったのに、巻き込んでしまった。リュートは、そう思っている。
それを彼らに告げると、全員が首を横に振った。
「例えそうだとしても、それでも民を救うために立ち上がったリュート様だから、我らはここにいるのです」
「ええ、そうですよ。弟君にはできないことだったでしょう?」
「自信持てよ!」
「はい。リュート様だから、です」
視線を伏せる。自分に、できるのだろうか。王だなんて、そんなこと。ねえ、できるのかな、ティル。声が聞きたい。
――我が剣は、生涯我が王の為に。
耳元で蘇る声。彼はずっと、リュートを王と呼んでいた。それは、リュートがそうなると確信していたから。ティルにとって生涯の主となると、信じていたから。
王。
それは、非常に難しい職業だ。公私を分け、平等に与え、決して私利私欲を持たずに、象徴として生きる。だが、それに、俺がなろうというのか。
「……俺は、きっと未熟です」
リュートがそう言うと、四地方の領主はじっとリュートを見つめ返す。
「ですが、皆さんがいれば、きっと道を違えることはない」
ぐっと机の下で手を握る。
「俺が、この国を統べます。より良い方に導けるよう――見守って下さい」
力強く頷く四地方の領主たち。そして地の領主はどこか悪戯っぽく笑った。
「我らの言葉より、騎士団長の言葉の方が届くようで」
「っ!」
聞こえていたのか?そんなまさか。驚いていると、ふふふ、と水の領主が笑った。
「リュート様は表情豊かでいらっしゃるから。先程まで表情一つ動かさなかった方が、突然頬を赤らめて口元を緩めれば……ねえ?」
「いやっ、それは……!」
「さっさと解散しようぜ!決めることも決まったし、我らが王は恋人の元に心が飛んでるみたいだしな!」
「……!」
もう何も言えない。真っ赤になって俯いて、リュートの王としての人生は、ここから始まる。
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