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第32話

散々四領主から揶揄われながら解散し、足早に騎士団の詰所へ。以前来たときは忘れ物の剣を持って、嫌々会いに来て、襲われたっけな、と思い出しながら、ノックをする。 「はい」 扉を開けたのは、以前と同じ団員だった。リュートはにっこりと笑って、 「身体は大丈夫?酷い怪我だったと聞いたし、俺も見たけど」 「はっ、陛下!」 「え?何で俺が王になるのを承諾したの知ってるの?」 「いえ!団長がリュート様のことは陛下と呼べと!ご命令が!」 「ティル……」 四地方の領主と打ち合わせがあることは、ティルに話してあった。その時点で国王への就任の話だろうと踏んだティルが、団員に手を回したと。困った人だ。 団員の身体をちらっと見る。あの戦いのあと、怪我人を一部屋に纏めて、一息に回復の術を使ったので、彼も怪我は残っていないだろう。しかし疲労は別だ。それだけが心配で。 「本当に大丈夫なの?疲労は残ってない?」 「はっ、陛下にご心配頂き、恐悦至極!」 「返事になってないよ……」 わかったような、わかってないような。リュートは苦笑いしながら、詰所に入る。瞬間。 「敬礼!」 ざっと騎士団員が一斉に敬礼する。もう何の冗談なのだろうか。仕組んだのは当然。 「……エリオット」 恨めしく言えば、彼は素知らぬ顔で、言った。 「我らが新王にご挨拶したまでです」 「もう……」 だがこういうのが、これから先の日常になるのだろうか。そう考えたら、慣れなければいけないいのはリュートの方だ。心持ち胸を張って、薄く微笑んで、手を振ってみせる。 「ありがとう」 ……どうしてだろう。どうして団員が小さく震えているんだろう。口元もふるふるしているし。怪訝に思いながら仮眠室の方へ向かう途中、「萌えぇぇぇぇぇ!」という叫び声が、聞こえたような、聞こえないような。 仮眠室の扉をノックする。入れーと間延びした声がして、すっかり気を抜いてるな、と思う。扉を開けて中に入ると、だらっと部屋着で寝そべっているティルがいた。 「おう、リュート」 「もう……すっかり腑抜けちゃって」 言いながらベッドの縁に腰かける。ティルの枕元には、何やら本やら、食べさしのお菓子やら、何やら転がっている。 「何食べてるの?騎士団長なのに……太るよ」 「違うって。タンパク質が摂れる補助食品だよ」 そうだったのか、と思う。だがそれにしたって食べ散らかしているのはどうなんだろうか。そう思っていると、ティルがおずおずと言った。 「……あんま、腹に入らなくてな」 「……」 ティルの腹の傷は内臓まで届いていたという。水の領主の適切な初期対応があったとはいえ、失血や内臓損傷への衝撃で脳にまで影響があったのだ。リュートが魔術で全快させたとは言え、傷の記憶は残る。それが今もティルの中にあって、なんとなく食欲が潰れている……のかもしれない。全部推測だ。ただティルが食べられないのは事実なので、リュートは空間を開いた。 「どうした?」 「俺、ティルが食べるかなと思って。南瓜のポタージュ作ってきたんだ」 「え?マジで?」 「あまりお腹に入らないって言うなら、丁度良かったよ」 空間からよっこらせと鍋を取り出す。宙に鍋を浮かせて、手の平に灯らせた炎で鍋を温める。丁度いい所で止めて、手近な椅子に鍋を乗せて、空間から取り出したマグカップにポタージュを注ぐ。 「はい。食べられる所まででいいよ」 「助かる」 ずずっと温かいそれを飲みながら、ティルが、ふー、と息を吐く。少しずつ、少しずつ飲み進める姿はリスのようだった。図体は熊なのだけど。 「お前、大変だな」 「え?」 「いや、色々やることが多いらしいってのは、団員たちから聞いてんだ。何も手伝えなくて悪い」 「いいよ、全然。ティルには、この後も騎士団を率いて欲しいって思ってるから、そっちは任せるよ」 リュートがそう言うと、ティルは驚いたようだった。 「いいのか?」 「いいよ」 「……ありがとう。ここは、俺の居場所なんだ」 「……うん」 君の居場所、俺も入ってないのかな、と聞きたいような、聞きたくないような。もじもじしていると、ティルが苦笑いしていた。 「一番は、お前の側だけどな」 「……何で?何でみんな俺の考えてることわかるの?」 「わかりやすいんだよ、お前」 むう、と唇を尖らすと、ティルが尋ねてくる。 「で、結局王になるのは引き受けたのか?」 「……うん、一応」 「一応なんか」 「あんまり自信ないから。弟に譲位する準備だけはしておこうとは思ってる」 「おいおい……俺の忠誠はお前のものだって言ってんだろうが」 ベッド脇に置いてある剣。刀身はぼろぼろだ。あの戦いの最中、近衛騎士団の鎧を砕き、突破口を作った剣。そんな使い方をすれば刀身なんてぼろぼろになるに決まっている。寧ろ砕く勢いで打ち付けてよく折れなかったなと思う。 それもこれも、リュートがなるべく人に傷付いて欲しくないと思っていることを、ティルが最大限尊重したから。ありがたいやら、何なのやら。あんなに大事にしていた剣なのに。 「リュート。俺は、お前が王になるのは必然だと思ってる」 「ティル」 「旅の間のお前の振舞いを見ていれば、そうなって当たり前だと誰だって思う。そんなお前だから、俺は剣を捧げた。自信ないなんて言うな。胸張ってろ……王冠が重たいなら、俺が背中支えるから」 「……俺、もうティルがいないと生きていけない。そんなこと言われたら」 手を伸ばして、ティルの指と絡める。ぎゅっとティルがそれを握り返した。 「俺もお前がいない世界でなんて生きていけないよ」 顔を見合わせて、笑う。そんなことが本当に幸せで。ふとリュートはポケットからそれを取り出す。 「これ、返すよ」 それは、ティルの剣の柄についていた宝石。玉座遺跡に出発する前に、お守りにしろとティルから渡されていた。中に入っていた肖像画は空間に保管されている。 「お守り、ありがとう。綺麗なアイオライトだね」 リュートがそう言うと、ティルが首を傾げた。 「は?ラピスラズリじゃねぇの?」 「いや……どう見てもアイオライトだよ……」 ティルは酷く驚いた顔をした。何か勘違いしてたんだろうな、とリュートは思う。 「青い石はみんなラピスラズリだと」 「サファイアだってトルマリンだってあるし、そんなわけないでしょ……」 呆れたようにリュートが言うと、ティルは、だってなぁ、と言う。 「お前の瞳の色だと思って選んでるし、名前なんて気にしてなかったわ」 「え」 唐突に放り込まれる過去のティルの激重感情。一体どういうこと? 「剣を下賜されたときにな。柄に嵌める石を選べって先王様に言われてな。叙任式でのお前が忘れられなくて、迷わずこの石に……ってリュート、どうした。何でうずくまってんだ」 「……この人たらし」 「ええ?何の話だよ」 頬が熱い。この人は、人のことを顔で選んだとか堂々と言ってたくせに、こういう所でその想いの一端を覗かせる。ずるい。俺ももっと早くティルを見つけていれば……! 「……とにかく」 気を取り直して、リュートは言った。 「アイオライトは返すから。肖像画も戻すなら声かけてね」 だがティルは表情を曇らせる。それからぼろぼろの剣を見た。 「……買い替えかな」 「……」 激戦の跡。確かに普通なら買い直しだ。柄の宝石がもったいないなら外して持っておけばいい。だが、この剣に詰まった思い出までは、取り戻せない。 「……俺なら、直せるよ。ティルが望むなら、いくらでも直す」 「お前を守るのが俺の役目だったんだ。だからこの剣は――役目に殉じたんだ。いいよ、直さなくて」 「……そっか」 そしてふと思いついて、リュートはティルに言った。 「火の領主の所に良い鍛冶屋がいるから、その剣の金属と、別の金属混ぜてもらって、新しく剣作るとか……駄目かな」 今回の合同軍の武器の類は火の領地の鍛冶屋が制作している。また、王家の装飾付きの剣や盾なんかも、火の領地で作られる。ティルの剣の金属を溶かして、別の金属と混ぜて、より頑強な剣を作るのは、難しくないはずだ。だが、ティルがそれを望めば、の話である。 「そうだなぁ。考えておくよ。実は俺もあんまり整理できてねーんだ」 「……ん」 だから枕元に剣を置いている。きっと夜な夜な剣に触れながら、物思いに耽っているのだろう。ティルの向き合う時間は、邪魔できない。 「あとさ」 「ん?」 「子どもとか……欲しくない?」 「は?」 あまりに唐突だったのか、ティルが素っ頓狂な声を出した。それから眉を寄せて、心底、大丈夫か?とでも言いだしそうな顔で、言った。 「俺ら男だぞ……あ、養子ってことか?でもお前国王になるのに別の血統混ぜるわけにいかねーだろ」 至極真っ当なティルの発言。そう、普通ならそうなる。一般家庭であればティルとリュートの間に養子というのもあっただろうが、リュートは国王だ。アルトフェルト王朝を継続する必要がある。だからこそ。 「俺が産むんだ」 「……」 ティルが一回固まって、 「はああああああああああ!?」 絶叫した。まあ、そうなる。 「いや……何言ってんだ?俺は今非常に混乱している」 「急に変なこといってごめん」 リュートがしゅん、と謝ると、違う、と言いながらティルがリュートの頭をわしゃわしゃと撫でた。 「違うんだ、ちょっと……どういう意味か計りかねてな。どうしてそんな話になったんだ?」 ティルが穏やかに尋ねてくれて、リュートは自分の考えを告げる。 「魔術で女性器を持とうかなって」 「そういうことか……」 端的なリュートの言葉に、ティルは額に手をやる。 「詳しい魔術構築はこれから考えるけど、俺が体内に子宮を持てば卵子が生成される。ちゃんとティルとの子供になるかなって」 「そこまでするか?副作用とかねーの?別に俺はお前と二人でも何でも気にしないが」 ティルの懸念はもっともだし、リュートも魔術構築に当たって一番心配しているところではある。この術で一時的に性器を女性型にしたとして、男性型に戻れるのだろうかとか。ティルに扱かれて抜くの気持ちいから、やめたくないんだよな。と邪なことを考えつつ。 そして、そもそも子供がいるのかいらないのかと言う問題。 確かにリュートも、ティルがいれば何でもいい。寂しければ猫を迎えるくらいかな、と思っていた。 だがリュートは国王だ。血統を残す義務がある。建国王の血はとうに薄れているが、アルトフェルトの名を継ぎ、その血に一滴でもアルトフェルトが混ざらなければいけない。 だから弟に玉座をと言ったのに、四領主が譲らないから。だからこうして魔術による妊娠を真剣に検討しているのだ。 これまでの一連をティルに話すと、彼は大きく頷いた。 「なるほどなぁ。子供のいる弟に玉座渡そうと思ってたのに、あいつらの熱狂的な支持はお前にしか向かっていなかったと」 「そういうこと……ありがたいんだけど、国王として世継ぎをどうするのかと言われるとね」 この問題を放置すれば、遅かれ早かれ、リュートに正妃を付けろという話になる。まだリュート統治の元政権は発足していないが、重臣たちにも娘がいるから、入内合戦が始まる。 だがそんなものどうでもいい。リュートにはティルがいる。 だが男では?と言われる。絶対言われる。子を成すなら女がいると。 だから自分で産む。言われる前にどういう理屈かを説明し、論破してみせる。 「お前の思い切りの良さは好きだが、今回はぶっ飛んでんな」 ティルが笑う。リュートの考えを聞いて、ならそうなるわな、と。 「俺、別に子供とか考えたことないけど……お前との間にそんな奇跡が起こるなら、起こしてみたいかもな」 「ティル……!」 「どっちに似るんだろうな。俺としてはお前の完コピ顔で生まれて欲しい」 「うわ……」 「あー。でも剣は教えたいな。別に危ないことはして欲しくないけどよ」 「女の子だったらどうするの?」 「それはそれで可愛いだろうな。絶対嫁に出したくない」 「お父さんがめんどくさい」 「しかし、だ」 ティルが首を傾げる。リュートも一緒に首を傾げると、彼は言った。 「世継ぎって言うなら男の子産むまでその魔術使い続けるのか?」 「そうなるね……まあ遺伝子操作で性別操作すれば確定させたまま産めるけど」 そうリュートが言うと、暫くティルは沈黙。それから、 「それはちょっと夢がないな。ま、そんなもん神様が決めるか」 「そうだね」 ティルの了承も得た。後は自分がその魔術を構築し、実現できるようにするだけ。果たしてどうなるかは……まあ、これからの研究次第。

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