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第34話
「騎士団長を、処刑すべきです。民への見せしめに」
そう言ったのは、新政権の重臣の一人だった。彼はアルトフェルトという王統に仕え、別にリュート個人を大事に思っているわけではない。ただ、王統と王朝を最優先に考える。
そんな人物を閣僚に含むべきじゃないと四領主からは進言されたが、そういった視点の人物も大事だから、とリュートが最終的に政権に入れた。
「……は?」
リュートの声に怒りが滲む。ばちっとリュートの周囲で火花が散る。魔力が荒れ狂う。どうやら政権入りの判断は、間違っていたらしい。
「お怒りになりますか、王よ」
「怒っても仕方がないことを言っているよね?」
「それは私情ですか。王であるのに」
「っ!」
リュートはそこで言葉を失う。そうだ、自分は王だ。それが正当性のある発言ならば、考慮し、決断しなければならない。
「……なら、何故そう言いだしたの」
リュートが静かに問い直すと、その重臣はリュートの横に立つティルに憎悪の視線を向けた。
「その男は毒夫だ。歴代の王の関心を買い、取り入り、寝所で篭絡する」
酷い言いがかりだ。そもそもレオニールとティルは何の関係も……
『待ってくれ!俺はフェティルに何もっ――!』
「……」
レオニールと、何かあったのだろうか。寝所に招かれるのではないかという噂自体は覚えている。知っている。だがティルからは、その件について何も聞いたことはない。言いたくなかった?
「……」
ティルを振り返って尋ねたい気もするが、こんな場である。前を向いているしかない。
「そしてこいつは、失業し、山賊に身をやつすしかなかった民を、治安維持目的と称して斬殺している」
「……」
それも知っている。ティルが直接手を下したわけではないが、騎士団長である以上、知らないでは済まされない。民を斬ったという事実は消えない。
「しかも忠誠の先をころころと変えている。信用ならん」
ティルがリュートに忠誠を誓うまでどれだけ悩んだかを、知っている。だが、それは誰もが知ることではなく、二人の間で起こったこと。客観性はない。
「近衛騎士団との衝突の際に合同軍が騎士団を受け入れたというのも問題だ。騎士団は本来国に忠誠を誓うもの。騎士団長の離反があったとはいえ、本来全員縛り上げて放置すべきだった」
「我らもよく協議しての受け入れだったのだが」
地の領主が言う。彼も冷静に対応しているように見えるが、口の端が引き攣っている。言いがかりをつけられて苛立っているのだ。
彼らはティルが身体を張って戦場を駆けまわり、死者が出ないようにしたのを知っている。その末に自分だけが重症を負い、死の淵を彷徨ったことも。
四領主は心情的にリュート寄りだ。だからこそこの場では強く出られない。公人である以上、私情が見えるようでは戦えないのだ。
「故に、ヴァイスベルクの最後の残党として、こいつを処刑すべきだと。城下町の広場に括りつけ、火炙りにし、石を投げられながら死んでいくのが似合いです」
「……」
取り敢えず、今日の閣議でこいつの顔を見るのは最後だな、とリュートは思った。
ティルの処遇を曖昧にできないというのは理解できる。だが、そこで出てくる発想があまりにも残酷過ぎる。大体ティルは既に投石を食らっている。
「切り分けましょう」
リュートは言った。
「騎士団長の処遇について考えるということと、その結果どの様な処置を採るかは別の話です」
「ですが王よ」
「間違ったことを言っているつもりはありませんが」
「……」
しかしどうしたものか。ティルの功績を並べた所で、ヴァイスベルクの犬だったころにしたことは消えない。その過去そのものを嫌悪するこの重臣のような者は納得できないだろう。
溜息を我慢する。
私情だけなら、ティルのしてきたことは何の問題もないと言いたい。確かに山賊の件は……リュートも愚かな騎士団長と思っていたが。
「あの……」
重苦しい空気の中、そっと手を挙げたのは風の領主だった。
「その山賊の件、俺からいいでしょうか」
「はい」
リュートが促すと、風の領主は言った。
「彼らは風の領地に繋がる山地で活動していました。俺も何度か目撃したことがあります」
「そうだったのですか」
リュートが言うと、風の領主が一つ頷く。
「村内に入って来られても困ると思い、鳶を使って調査をしました」
鳶は風の領主がもつ隠密のことだ。幼いながらも色々考えているらしい。
「結果、彼らは鉱山夫ではありませんでした」
「な!?」
重臣が椅子を蹴って立ち上がる。
「鉱山夫の名簿に名前だけ乗せ、実態は略奪を繰り返す。そして隠れるときは鉱山夫に成りすます……そのような連中だったようです」
何故そのようなことをしたのか。あまりそれは難しくない。
王都の鉱山夫は、給与が定額だ。収量に関わらず一定の給金が与えられる。それはその職業の専門性を評価した結果だ。
実態は山賊。だが鉱山夫の名簿に名前を載せておけば給金が貰える。そのようなならず者は少なくない……この件について、影を動かせばよかったと、今更後悔する。
「騎士団長が斬ったのは、民ではなく賊です」
風の領主がそう言って、姿勢を正す。重臣はぷるぷると小さく震え、だが!と叫んだ。
「こいつが歴代王族を誑かす毒夫であることには違いはあるまい!現に我らが王も!」
それを言われると辛い。身も心も確かにティルに捧げているから。だがそれを誑かされたからと言われるのは不服だ。リュート自身が選んだことなのに。
ぐっと机の下で拳を握る。ここでリュートが彼を庇う発言をすればまた議論は毒夫だという話に戻る。かと言って庇わなければやはり火炙りと言われる。
(……これはまずい)
ティルを死なせるなんて絶対にできない。ティルは死の淵から戻ってきたばかりなのに。
「あのー、いいっすか」
ティルが手を挙げて、言った。いつもの軽い調子で。
「何だその態度は!」
「すみませんね、育ちが一般人なもんで」
「礼儀も弁えぬものが王の側にっ!」
「つーかあんたさっきからさ、俺が気に入らないならそう言えばよくね?」
しん、と部屋が静かになった。思わずティルを見上げる。そうだ、ティルは折れてない。何を言われても。
図星を突かれたことに顔を真っ赤にそめて、口を魚のようにはくはくさせる重臣。
「どの王に仕えるかは、俺が決めたことだ。外からみりゃ浮草みたいに見えるかもしれねーけど」
「そうだ、お前はそうやって!」
「だが俺はリュートにこの身、命、全て捧げた。それを嘘呼ばわりするなら」
ティルは手袋を投げる。まさか。
「いいぜ、俺はいくらでも受けて立つ。どうすんだ?貴族の矜持で受けるか?」
地の領主はにこにこと笑っていた。この中でティルに勝てるのがリュートだけだと知っているから。水の領主は持っていた扇子で顔半分を隠している。あれはさぞ大笑いしているのだろう。火の領主はぐっと拳を握って、今にもやっちまえ!と叫びそうだし、風の領主はどこか、ほっとした表情だ。
閣議の場も、心情的にはティル側らしい。冷めた目で重臣を見ている。それは彼らがリュートに心酔しているからではなく、潮目を読んだから。もうこの流れは、ティルの方に傾いている。
重臣は投げられた手袋を暫く眺めて、どこか悔しそうに席を立ち、去って行った。もう会うことはないだろう。
「来て」
リュートが言うと、すっとリュートの横に黒い影。彼にリュートは小さく囁いた。
「暫く動向を追って。何かあったら知らせて」
すっと影が消える。リュートはふと、横に立つティルを見上げた。視線に気付いたのか、ティルが見返して、にっと笑った。もう大丈夫だ。
「次の議題に移ります」
会議はしめやかに、進行する。
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