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第3話

「え、夜のシフト入りたくないって白水くん、冗談やめてよー。ただでさえ人少ないのに。 学生バイトは頼りになんないしさ。白水くんいないとほんと困るんだって、だからね、ね?」 「嫌です。ダメならよそ行きます」 40代後半の店長の薄い頭頂部に視線を落としながら滝はきっぱりと言い切った。 普段はそうそう喋らない185センチの大男の、いつになく強硬な態度に店長は目に見えて狼狽しだした。 「え〜お願いだよ〜白水くーん」 「嫌です」 「えー……えーっと、じゃあ、週3回とかはどお?」 「嫌です」 「えええええ……ええっと、じゃあ週2回は?」 「嫌です。無理なら辞めます」 「ええええええ……」 今まで滝がここまできっぱりと自分の感情を口にしたことがあっただろうか。 はっきり言おう。 ない。 頭を抱え込む店長には申し訳ないが譲る気はない。 夜が明けた後、滝が出した決断は逃げることだった。 そもそもあの男が言った事が本当の事とは限らない。 そうは思っても怖いという気持ちを拭いきれない滝は、あの男とも女とも会いそうにない時間に働くことを決めた。 多分なんとなくあの二人は日中活動しない気がする。 そもそもあの男、太陽の下は似合いそうにないし。 幸いコンビニはどこにでもある。 なんなら本当は嫌だが、電車に乗って違う駅のコンビニで働いてもいい。 引っ越す金はないけど仕事場なら変えることが出来る。 「んんん………」 「………」 「んんんん〜……」 「………」 「んんんんんん〜〜やっぱり白水くんさぁ、か」 「考え直しません。駄目ならやめます」 「んんんんんっ〜〜〜‼︎」 店長は絶対に折れない滝にたっぷり30秒は唸った。 薄い頭頂部は滝の方へもう垂直に垂れている。 困らせている自覚はある。 だがこれだけは譲れないのだ。 そして重い沈黙のあと、店長は覚悟を決めたように顔を上げた。 「わかった。白水くんにやめられたら困るし。 うん、早番にシフト調整する。時間はえーっと、6時から15時でどう?」 「はい!ありがとうございます!」 安堵でほっと息をついた滝に店長は困ったような(いや、実際困ってると思う)顔で微笑んだ。 「きっと朝の通勤時とお昼時はちょっと忙しくなると思うけど、白水くんなら大丈夫だと思うから頑張ってね。それともし夜シフト入りたいと思ったら言ってね、 ね?」 「はあ………」 若干青ざめた店長の顔を見下ろしながら滝は心の中で呟いた。 多分そんな日は来ないと思う。永遠に。 滝の早朝6時からのバイトはこうして始まった。 主にシフトでかち合うのは、主婦が2人と滝と同じフリーターの同年代の女性が1人。 全員女性のため滝は重いドリンクの補充や品出しを率先して行った。 黙々と働く滝は早速「不気味くん」と名付けられ遠巻きにされたがいつものことだ、気にしない。 半額の弁当が手に入れられないのが地味に痛いが、その代わり米を炊き毎回おにぎりを持つようになった。 ホットスナックをあと一つ追加で買えば立派な昼飯になる。 これはこれで節約になっていいかもしれない。 もう少し金が入れば引っ越そうか。 そんなことをぼんやり考えながら品出しをする。 売り場には滝1人だ。 一緒に働くフリーターの女は店舗奥にいた。 きっとまた陰でスマホを見ているのだろう。 この女はよく店の奥に引っ込む。 思うことはあるが学生バイトで慣れているので気にしない。 人間関係はいつものこととして、朝のバイトは思ったより快適だった。 今の時期ちょうど滝の出勤時間と日の出が同じくらいの時間だ。 日が昇り始める中、朝の澄んだ空気を吸いながら出勤するのは気持ちいい。 滝の住むアパートの最寄り駅「練馬大槻駅」は都内に出勤する人々が多い。 いわゆるベッドタウンだ。 朝は主に通勤通学前に軽食や飲み物を買う客が多い。 夜とは違いそれなりにレジに並ぶこともあるが、滝一人で捌けないほどではない。 あの女、混んでても絶対レジに出てこないからな。 脳裏にスマホをいじる金髪の女を思い浮かべていると、ドアが開く音と共に若干冷たくなった風が吹き込んでくる。 「いらっしゃいませー」 滝はボソボソと声を出した。 これは習慣だ。 入社当日に店長に言われた「声かけはちゃんと客を見てるっていう防犯の意味もあるんだよ。だからちゃんと声出してね」という言葉を滝は忠実に守っている。 視線を小さく向けるとどこか見覚えのある女子高生が入ってきた。 しばし考えて思い至る。 ああ、そうだあの「困った時の神頼みっていうし?」と話していたセミロングの少女だ。 だがあの時のような楽しそうな様子は一切ない。 彼女の目はどこか虚ろに見えた。 足元はどこかおぼつかなく、口元で何かを呟きながら生活雑貨コーナーに向かう。 そしておもむろにジッパー付きのポリ袋を持って「ふふっ」と笑った。 明らかに普通じゃない少女の様子から滝は目を離せなかった。 この子明らかにおかしい。 普段より速く脈打つ心臓の音を聞きながら目を見張る滝に、少女は 「ねえ、これ」 とレジの前でポリ袋を振った。 「…あ、すみません」 慌ててレジに向かい会計をする間も少女はぶつぶつ呟いている。 「あと……日…も…少し……ふふ」 おかしい、この子、絶対におかしい。 汗ばむ手で会計をなんとか終え彼女が去っていくと、滝は大きく息を吐き出した。 心臓の音がやたら大きい。 なんだ、あれ。 なんだあれ。 やばいだろ、絶対やばい。 しかも買うのが密閉袋って。 何に使うんだよ、あれ。 今日の少女は明らかにおかしかった。 前回見た彼女と全く違う。 滝が知る、穏やかでのんびりとした口調の彼女と先ほどの彼女とは、まるで別人のようだった。 彼女に何があったのか。 前回最後に会った彼女は―。 彼女は、 「神社……」 そう、神社に行くと言っていたのだ。 あの、赤い女と会った神社に。 「っ……!」 気づいた滝は叫び出しそうな口元を震える手で覆う。 『逃げても無駄だ。お前は「見つかって」しまった』 脳裏に浮かんだ美しく冷たい声は、その日滝の脳裏を離れることはなかった。

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