5 / 8
第5話
「ごめんね、白水くん、本当ごめんね。嫌だっていうのはわかってる。とてもよーくわかってる。だけどね、本当に誰もいないんだよ……」
きっかけは店長の5歳の長男だった。
幼稚園に通うその子がインフルエンザにかかったことを皮切りに3歳の長女、さらには妻と立て続けに発症してしまったのだ。
看病をしなければいけない店長は片っ端からバイトに電話をかけたが誰も掴まらず、藁にも縋る想いで滝に電話をしてきたのだという。
今日は滝の休みの日で、これから洗濯をしようと洗濯物を洗濯槽に入れたばかりの時だった。
男と会って数日が経った。
あの日、選択を滝に委ねた男は「いいか、くれぐれも夜は出歩くな」と滝に言い含めて姿を消した。
もちろん答えを出す前に危険な目に遭いたくない滝は、毎日15時にはきっちりと仕事を上がり脇目も振らず帰宅するようになった。
最近では日が暮れるのも早いので、いつも寄る駅前のスーパーでの買い物も休憩時間に済ませている。
休憩時間が短い時はコンビニ内で食品を買うこともあり割高にはなってしまうが、命には代えられない。
そうして涙ぐましい努力をしていたにもかかわらず、泣きそうな(いや実際少し泣いている)店長の声に滝は頭を抱えたくなった。
嫌だと。
ものすごく嫌だと言いたい。
だが、自分がわがままを言ってシフトをずらしたせいで、店長が夜のシフトに積極的に入ってくれていることも知っている。
毎日人員が足りなく一日一日やっとの思いで店を回しているのも知っている。
あの大学生バイトがいるじゃないかと言ってはみたが、今日は腹と頭と喉が痛く動けないという。
面倒くさいから断っただけだろう、あの野郎。
心の中で口汚く罵って滝はため息を吐いた。
「……今日だけですよ、本当に今日だけです。明日はぜったい無理ですから」
出費はかなり痛いがコンビニ前からタクシーに乗ろう。
滝の働くコンビニの前は幸いにもタクシーはよく通る。
今日は月曜日でそんなに需要もないと思うのですぐ捕まるだろう。
ぱぁぁぁぁと店長の声が一気に明るくなった。
「ありがとう!本当にありがとう!やっぱり頼りになるのは白水くんしかいないよ!…やっぱりさ、白水くん夜バイトに戻……」
「無理です。駄目です。今日だけです」
「……白水くぅん!?」
言い切ってそのまま電話を切断する。
休みだと思っていたが、忙しくなりそうだ。
早く洗濯を済ませて、ご飯を食べて準備をしなければ。
大丈夫、つけ入る隙を与えなければ大丈夫だ。
よぎる不安を首を振って打ち消して滝は洗濯の続きを始めた。
夜のシフトが無事終わった後、滝は店の外に出てタクシーを待っていた。
月曜日深夜とあって街は静かで、滝の他に人通りはない。
ポケットからスマートフォンを取り出す。
午前1時半を過ぎた頃。
11月の深夜となればだいぶ寒くなってきている。
しんとした空気の中、コンビニや電子看板の人工的な灯りだけがやけに滲んでいる。
白い息を吐きながらしばらく通りを眺めていると、空車ランプのついたタクシーが目に入った。
さほど待たずに済んでよかった。
ほっとして手を上げると、タクシーが滑り込みドアが開く。
ふと、その奥から少女が歩いてくるのが見えた。
――あの子だ。
例の、女子高生。
あの朝コンビニで会って以来、しばらく見ていなかった。
あの時と比べてだいぶ痩せたように見える。
その目は虚ろで、口元は何かをぶつぶつと呟いていた。
こんな時間に何をしている?
「ちょっと、乗らないの?」
滝は少し苛立ったような声に慌ててタクシーの運転手を見た。
「え、あ……」
乗るべきだ。
関わるべきではない。
だって、滝には何もできない。
少しの迷いの間に女子高生は滝の前を通り過ぎて行く。
その先には例の神社があった。
そう、女がいる神社だ。
関わってはいけない。
さっき思ったじゃないか。
滝には何もできないと。
だけど――。
「すみません!やっぱりいいです!ごめんなさい」
やっぱり放っておけない。
一礼してタクシーに背を向け、滝は慌ててその少女の後を追いかけた。
ともだちにシェアしよう!

