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第6話

追いかけた女子高生が向かった先はやはり神社だった。  夜と同化した大木の間に浮き立つ鳥居を潜り、隠れてそっと窺っていると、彼女はおもむろにカバンの中から二つの袋を取り出した。  滝はちょうど彼女の斜め後ろに位置しており、何を取り出したのかがよく見えた。  ジップ付きのポリ袋。  あの朝、コンビニで買ったものと似たような袋だ。  凝視した滝は息を呑んだ。  二つの袋には人形がそれぞれ一体ずつ入っていた。  なんの装飾もない、ただ人型を模した人形。  そしてそこには恐ろしいものが生えていた。  一体は長く、一体は短い。  あれは、おそらく髪の毛だ。  ぞっとして身じろいだ滝の足音が静かな境内に響く。 「誰」  女子高生が振り向いた。  頬はこけ、目は赤く血走っている。  慌てたがもう遅い。  呆然と立ちすくむ滝に、女子高生は足早に詰め寄り至近距離から睨み上げた。  握りしめた二つの袋からは無数の髪の毛が生えた人形がのぞく。 「あんた見たねあんた見たねあんた見たね」  口早に捲し立てて彼女は髪を掻きむしった。 「ああああああ!!!!!!もう少しもう少しもう少しもう少しもう少しだったのにぃぃぃぃ!!!」  何本か抜けたのか髪の毛が指にまとわりつく。  そして再び滝を睨み 「おまえのせいだおまえのせいだおまえのせいだおまえのせいだ!殺してやる殺してやる殺してや」  ふと言葉の途中で女子高生の体が倒れ込んできた。  とっさに抱き止めると、 「あーもうざんねーん。あともう少しで3つの体が手に入ると思ったのにな」  目を見開く滝の前で女が艶やかに笑った。 「こんばんは」 「お前……」 「あなたったら全く来てくれないんだもの。『また来てね』って言ったのに。  でもね代わりに面白いことがあったの」  女は思い出すように唇に手を当てくすくすと笑った。 「その子、本気で好きな男がいたみたい。  でもね、笑っちゃうことにその男が好きだったのはその子の大親友だったのよ!  ね、おかしいでしょ?  この子が初めて親友と神社に来た時笑っちゃった。  もうね頭の中がずっとぐるぐるしてるの。  男が好きだけど親友も好き。  どうしたらいいかわからないって。  でもねぇ、そう思いながら親友を疑ってるのよ、自分に『彼との恋を応援する』って言いながら彼を好きなんじゃないか、って。  でね、そのあともう一度来て言うわけよ。 『親友が何を願ったのか知りたい』って。  あは、そんなの知ってどうなるっていうのかしらね。  だから私、聞いてあげたの。 『本当のあなたの望みはなぁに?』って!  そしたら『彼を親友から奪い取る』って言うから、だから私、親切に教えてあげたのよ。御百度参りっていうものがあるって。  さらに髪の毛集めて人形作ればあなたの願いは全て叶うかもってね。  あははは、そんなわけないのにねぇ?」 「…騙したのかよ…」  唸る滝に、女は一瞬表情が抜け落ちた顔で 「は?」  と短く言った。  一瞬の後大笑いする。 「騙す?  騙すって!私は嘘は何一つ教えてないわ。  アドバイスしただけよ。 『御百度参りっていうものがある』って! 『人形作ったら全て願いは叶うかも』って!  何一つ嘘は言ってないわ。  ぜーんぶ本当のことだもの。  信じたのはその女。  都合よく現実から逃げて、他者に救いを求め縋ろうとしたその馬鹿な女!  あーでもおっかしかったー。  私ね『髪の毛集めて人形作れば』って確かに言ったけど、その子集めた髪をさらに針に通して一本一本人形に刺してるのよ!  一本刺すごとに呪いを込めて!  それじゃあ『髪の毛で作った人形』じゃなくて『髪の毛を生やした人形』よね!?  笑っちゃうわー。  ああ、でもその代わり呪いが完成する日は思ったより早まったけど。  あともう少しでその女と呪いをかけられた2人の人間、3人分の体が手に入ったのに。  あーあ、あなたに見つかって台無しよ、『首輪なし』さん」  女の視線がひたと滝を捉える。  滝は動けずにただ女を見返すことしかできなかった。 「でもいいわ。  あなたが来てくれたんだもの、『首輪なし』さん。  ああああああああ!  あなたは一体どんな思いを抱えて生きてきたの?  さぞかし寂しかったでしょう?  惨めだったでしょう?  消えてしまいたいと、早く終わりたいと思ったでしょう?  それともこんな世界なくなってしまえと呪ったのかしら。  ああ!想像するだけでゾクゾクしちゃう。  ねぇぇぇぇ聞かせてぇあなたの人生!あなたの思いを!ねぇ!『首輪なし』さぁん!!」  爛々と目を輝かせる女に滝は後退る。  駄目だ、この女話が通じない。  この女の前では女子高生の必死の願いも、滝のこれまでの人生もただの面白い娯楽だ。  滝は女子高生を抱え踵を返し駆け出した。  早く、逃げなければ。  これ以上ここにいてはいけない。 「あらぁ?どこ行くのぉ!?」 「え」  なのに走る滝の間近で声が聞こえ、滝は足を止め、ぎこちなく首を動かした。  滝の目の前に微笑んだ顔があった。  女の体はそのままに、異様に伸びた首と共に。  女から目を逸らせないまま滝は吐き気を堪えた。  気持ち悪い。  純粋に気持ち悪い。  爛々と輝く目も、  異様に伸びた軟体動物のようにゆらゆら揺れる首も。  そして何よりも人の感情を娯楽として扱う女が、心底気持ち悪かった。  あの男に感じた恐怖とはまるで違う。  あの男の張り詰めた、眼差しだけで射殺せそうな殺気とは。 「ねぇ、聞かせてよぉ、『首輪なし』さぁん。  私ねぇ、実は人間の体にはあんまり興味ないの。  私が好きなのは人間が壊れた時の感情!  その点『首輪なし』は身の内に飼ってるものが大きそうでいいわよね。  初めてあなたを見た時から『いいな』って思ってたのよ。  だって首輪なしなんて最悪な呪い持ってる人、私初めて見たんだもの。  よく生きてこれたわねぇ。私だったら首輪なしに生まれたら、人生に絶望してとっくに死んじゃってたわぁ。  なんで生きてるの?ねぇ、ねぇ!  あら……?でもそっか、まだ生きてるってことは絶望してないってことよね……。  あなたどうやったら絶望するのかしら。  何をしたら心が折れる?  あ、そうだ!  あなたに関係ある人みんな殺しちゃう?  確かコンビニで働いてたのよね。  そこにいる奴らみーんな殺しちゃうってのはどう?  あ…どうせその女の体半分魂抜けてるし、今なら簡単に入り込めそう!  こいつに殺させましょう!  そうだ、そうしたらいいんだわ。  そして犯人はその女。  あなたがぁ、大事に抱えてるその女!  ああ、素敵!  みんなあなたのせいで死んじゃうの!  ねぇ、そうしたらもう死にたいって思ってくれる?  生まれてこなければよかったと絶望してくれる?  その時のあなたは…ああどんな味なのかしら!」  滝は拳を握りこむ。 「……生きてちゃ、いけないのかよ」  気がついたら言葉が出ていた。  死にたいなんていつも思っていた。  生まれてこなければよかったと、いつも思っていた。  こんな世界滅んでしまえと何度も思った。  この女のいう絶望が、折れるという事が滝はよくわからない。  死にたいと思っても、明日がこなければいいと思っても、それでもやっぱり朝が来ていつもの1日が始まる。  諦めの中で迎える朝が、どうして絶望でないと言えるのだろう。  そして望んでいた死すら、何もこの惨めな人生の繰り返しを変える事ができないと知り、こうして生きることしかできない滝が、どうして絶望していないと言えるのだろう。  滝の心の中を覗こうともせずに、一方的に自分の感情を押し付けるこの女がどうして決めつけることができるのだ。 「…おまえごときに語られるほど、安い人生送ってねぇんだよ」 「は?あなた私に反論してる?」  女の揺れていた首の動きがぴたりと止まる。 「あなた、もしかして絶望してるって言いたいの?  それでも絶望してるの?  だったらもっとわかりやすく!  もっとはっきりと!  もっと私にわかるように絶望してよ!  わかんないのよ!  つまんないのよ!  もっとちゃんと壊れなさいよ!」 「なんでおまえを楽しませなくちゃいけないんだよ!俺の感情を、おまえが決めつけるな!」  こんなに誰かに対して怒ったのは初めてだった。  この女は最初から滝の感情なんてどうでもいいのだ。  女が気に入る形でなければ、滝の絶望を受け入れられないのだ。  女は目を赤く光らせ叫んだ。 「そんなの知らないわよ!  あんたがちゃんとわかりやすく壊れないからでしょ!  ああああああああああ…あ?  あ、やっぱりその女使って人殺したら今度こそ、ちゃんとわかりやすく、壊れるかも。  そうだ!そうしよう!その女ちょうだい?」  最悪だ。  いつの間にか首と同じ場所まで来ていた女の体から、伸びた腕がまっすぐ少女にむけられ滝は後ずさりする。  この女は滝と関係があるというだけの人間を、この少女を使って殺そうとしている。  ただ、「滝を自分の気にいる形で絶望させたい」という、それだけの理由で。  滝は今確かに絶望していた。  滝と関わるだけで人が死ぬのなら、なんのためにここまで命を繋いできたのか。  死にたいと思いながら、半額の弁当を食べて。  コンビニでバイトして。  図々しい店長に振り回されて。  大学生バイトや度を越えたクレーマーに心で毒づきながら生きてきた滝の「これまで」は一体なんだったんだ。  つまらない生活だ。  ちっぽけな生活だ。  それでもこんなに「失いたくない」と思う。  誰とも関わって生きてこなかった滝ですら、こんなにも大事に思うものがある。  滝ですらそうなのだ、人とちゃんと繋がりを結べたら――鎖を結べたら、ああ、世界はどう変わっていくのだろう。 「生きたい…俺は、人と繋がりたい。……人と繋がってちゃんと鎖を結びたい!」  願いは思ったよりも簡単に口をついて出た。  口に出して初めて気づく。  ずっと滝は人の中で、人と交わりながら生きてみたかった。  仕方ないなんて、諦めたくなかった。  それがもし、叶うのなら。 「それがおまえの答えだな」  背後から涼やかな声が響く。  振り向かなくともわかる。  そこには、月光に照らされた夜を切り取ったような黒い影があるに違いない。  ゆっくりと振り向く。  やはり男は美しかった。  男を前に女が目に見えて震え出した。 「嘘…なんで、こんな、だって…」  それは今まで苛立ちはあっても余裕の態度を崩さなかった女の、初めての怯えだった。  全身を震わせる女は、やがてふと気づいたようににやりと笑った。 「でも…そうよね、そうだわ…。  いかに偉大な存在であろうとあなたは人に関わることはできない。  だって、あなたは人でも人であった存在でもないもの!  人の理に触れられない。  こんなに近くにいてもあなたは私を滅することはおろかこの男を守ることすらできない!  怖がる必要がどこにあるのかしら。  こんな楽しい事も味わえず、いつも見ていることしかできない偉大で崇高なる支配者様!  崇敬なんてくそったれよ!  祈りはなんの役にも立たない!  誰も救いはしない!  私がいくら人間を壊しても、罰すら与える事もできない!  答えを返してくれることもない!  ……ああ、違うわね。  あなたは『できない』  なんて傲慢で不便な存在なの。  おかわいそうに。  御身、いたく同情致しますわ!」 「――よく動く口だな。誰に向かって口を聞いている。お前、少し黙れよ」 「ひっ……!」  睥睨だけで女を黙らせた男は滝を見据えた。 「白水滝。お前が選んだ選択は、この先お前を苦しめるものになるかもしれない。  あの時差し伸べられた手を、掴まなければよかったと思う日が来るかもしれない。  選んだ結末から逃げ出したいと、そう思う日が来るかもしれない。  それでもお前が変えたいと、今とは違う未来を生きてみたいと望むのなら」  白く細い指先が滝に伸ばされる。  この差し出された美しい手を、掴み取るのは、 「お前が選べ。お前の選択だ」 『取った行動の責任は本人に帰結すべきだ』  あの時男は滝にそう言った。  男の言動はずっと一貫していた。  選べない理由を考えるな。 「仕方ない」という言葉で誤魔化すな。  行動にはいつも結果が伴う。  それを引き受けられるのは自分しかいないのだと、男は滝に突きつける。  滝は考える。  この先、例えば男の手を取ったことを後悔する未来があったとして、もしこの場面、この瞬間に戻ることができたのなら、また男の手を掴むのだろうか?  ――やはり、滝はこの男の手を取るのだろう。  きっと、何度繰り返したとしてもこの白い手を掴み取る。  だって、滝はもう知ってしまったから。  生きていたいと、人と繋がりたいと思うこの気持ちを。  逃げることを許さずに選択を突きつけてくるこの、美しい男を 「お前と、鎖を結ぶ。  これが俺が決めた、俺の選択だ」 「選択はなされた。  ――覚えておけ。お前はこれからさまざまな選択をするだろう。  用意された答えじゃない、無数に分かれた道を、お前がお前の意思で選び取る。今日がその初めの、白水滝の選択の第一歩だ。  よく決断したな。――いい子だ」  男は笑った。  それは今まで見せたことのない笑顔だった。  美しい笑顔に、滝は見惚れた。  滝の手が男の指先に触れ、互いに強く握り合う。  その瞬間、男から伸びた白く輝く光が柔らかく滝の首に絡んだ。  踊るようにくるくる回り、それはやがて白く輝く硬質な首輪となる。  そしてそこから伸びた鎖は、同様の首輪をつけた男と確かに繋がっていた。  白く発光した首輪に触れれば、それはじんわりと温かな熱を持った。  これが、滝の首輪。 「……嘘…!だってあなたみたいな存在が!どうして、人間なんかと…なんで…どうやって!?」  男に怯えていた女が、声を大きく震わせる。  その女の黒い首輪には霞が棚引く様な細い鎖があった。  それは緩く波打ちながら気絶した少女の鉄色の首輪に伸びている。 「これ……」 「見えるか。この糸が完璧な鎖となりその女と繋がれば呪いは成就する」 「…どうすればいい!?」  それは以前男に尋ねた言葉と同じ言葉だった。  あの時の返事は「知らないな」だった。  だけど今は。 「お前はどうしたい、滝」 「……俺はやっぱり助けたい……この子は、間違ったことをしたかもしれない。  けど、だからといって、誰かに利用されて壊される、そんな存在じゃない!  あんた、言ったよな。『取った行動の責任は本人に帰結すべきだ』って。  呪いは成就してない!だったらこの子も、生きて、行動の結果に責任を負うべきだ!」 「だから?」  どこか面白そうに男は言った。 「だから……」  滝はつぶやいて唇を噛み締めた。  ずっと一人だった滝は、誰かに頼ることには慣れていない。  だけど今は。  滝は顔を上げてまっすぐに男を見た。  白く発光する鎖が揺れる。 「だからお前がもし…もし、どうにか…この現状を変えられるなら!お願いだ…この子を助けてほしい!」  男は微笑んだ。  瞳が月光を反射し白く輝く。 「いいぞ。お前の願い、叶えてやろう」  そして、今まで一顧だにしなかった女へと視線を投げる。 「簡単だ。その女を『消滅』させればいい」 「ひ…っ!」  短い女の悲鳴が上がる。  滝は目を見開いた。 「いや、ちょっと待ってくれ……。『消滅』って…あんたが前に言ってた『浄化』のことか?」  男は不思議そうに首を傾げる。 「『浄化』?違うぞ?『消滅』だ。この女は罪を犯しすぎた。もう輪廻の輪には戻れない。だから消すしかない」 「だったらもう…」 「ああ、二度とこの世に存在することはできない。文字通り魂の消滅だ」 「いやぁぁぁぁ!!!!嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌…!」 「うるさいな、お前。少し黙れよ」 「―――っ!」  男が小さく指を上げると女は口を押さえて呻いた。  喋れなくしたのか。 「だからって……!」 「じゃあ、お前にどうすることができる。  その御百度参りをやって髪の毛を生やした人形を作った女も可哀想。  その散々人間を壊しておもちゃにしてきた妖も可哀想。  それでお前はどうしたいんだ」 「だからって…!」 「どちらか選べ。そうでないなら代案を用意しろ。それもできないなら黙って見ていろ」 「だからって…!」 「――――!!」 「だからって…」  顔を歪ませ滝は女を見た。  女は目を異常なほどに見開き、動かせない唇を震わせた。  何度も首を振り滝を見返す。  滝は、女の顔を初めて見たような気がした。  女は「永遠に終わる」恐怖に怯える顔をしていた。  誰だって終わるのは怖い。  それはどんな存在であっても。  女の懇願とも呼べる眼差しに滝は再び力無く呟いた。 「だからって…」  その時、滝の脳裏に見たことのない風景が流れ込んできた。

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