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2.高校生編②
「そこまで。後ろから回収してください」
英語教師の掛け声と同時に教室がざわつく。悲鳴や開放感のある溜め息など様々な声がある中、各列一番後ろの席の生徒が同じ列の生徒の単語小テストを回収していき、教壇にいる教師に提出しに行く。そうしているうちにチャイムが鳴り、二時間目の授業が終了。休憩時間となった。
「ヤバいよ、俺再テストかも」
依理が斜め後ろにいる光に向かって嘆くと、光は憎たらしくなるようなおどけた表情で返す。
「残念でしたー。俺はヤマ張り的中したからな」
「マジかよ。どうせテスト終わったら全部忘れるくせに納得いかねぇなぁ」
「俺のモットーは『補習回避のために頑張る』だから」
そう言って光は得意げに笑って見せる。それでいいのかとツッコミたくなるが、そこもまた光らしい。
文化祭も無事終わり、年間で行われる大きな校内イベントが一段落した今、期末試験に向けてどの科目も小テストや課題提出のオンパレードだ。近頃遊びに熱中し過ぎている依理は、成績のことで昨晩母親に小言を言われたばかりなので、たった今提出した小テストの手ごたえに焦っていた。このままでは小遣いを減らされてしまうし、二年の秋ともなればぼちぼち進路のことも考えなくてはならない。
「依理は勉強頑張らないとな。進学希望なんだし」
「おう。……光はどうするのか決めた?」
依理が聞くと、光は少し考えてからヘラっと笑った。
「まだわかんねーな。専門行きたいとか思ったりもするけど、就職が最有力候補なんじゃね? とりあえず受験勉強はしたくないかな」
「適当だな。ま、光ならその気になれば何でも出来るだろ」
依理たちが通う高校は学力的には平均レベルで、全校生徒数の多いマンモス校であった。なので大学進学を目指す人もいれば、入学面接のみで終わる専門学校を希望する人もいるし、ごく僅かに就職を選択する人もいるなど進路は様々だ。そろそろ希望によって、進路学習の内容が変わる時期にもなってくる。おそらく光とは別になるのだろうなと、依理は少し寂しくなった。
そう考えると、文化祭のステージ出演は本当にいい思い出作りだった。ギター演奏も心配していたよりは良い出来だったし、光が歌いながらアドリブで客席に振ったりしていたのでかなり盛り上がったのだ。三田さんだけじゃなく三年生の生徒会役員からも感謝され、最近は廊下ですれ違う別のクラスの生徒に「文化祭良かったよ」と声を掛けられる。
華やかな文化祭の思い出と、迫り来る試験・進路問題とのギャップに風邪をひいてしまいそうだ。
「あ、やべ。次移動じゃん。準備準備」
次の古典の授業が視聴覚室だったことを思い出し、依理は教室後方にある個人ロッカーを漁る。古典の教科書と資料集を取り出して施錠したその時。背後から声を掛けられた。
「大木君、今話していいかな?」
振り向くと三田さんが立っていた。文化祭が終わってからは初めての会話だ。
「おー、大丈夫だけど?」
普通に返事をする依理に対し、三田さんは迷いや戸惑いのある表情を見せる。
「あの……この前のお礼がしたいから、昼休み二号館の中庭に来てくれる?」
「ああわかった。えっと、光も連れて行ったほうがいい?」
「大木君だけで、来て欲しい」
「え? あー、うん」
三田さんは伝えるだけ伝えてすぐに去ってしまった。文化祭出演のお礼という話だったが、何故光と二人にではなく、自分だけにということなのか。不可解に思っていると、光が古典資料集で肩を叩いてきた。
「おい、あと二分しかねーぞ。行こ」
「マジか! 急がねぇと」
一旦考えるのをやめ、依理は光と足早に視聴覚室へ向かった。
昼休み。三田さんの指定通り、依理は二号館の中庭へ向かっていた。各学年の教室がある一号館に対し、二号館は音楽室、視聴覚室、多目的ルームなど主に実技教科や部活で使われる教室が固まっているため、放課後以外は人が少ない。中庭は一号館と二号館を繋ぐ通路の途中にある。到着すると、読書に没頭している大人しそうな生徒が一人と、ベンチで昼寝をしている生徒が一人いるだけだった。すると、奥の二号館校舎の陰から三田さんが顔を出し、依理に向かって小さく手招きをしているのが見える。依理はそろそろと、そちらへ向かう。
「ごめんね、呼び出して。渡部君に何か言われたりした?」
「いや特に。つーかあいつ『今日は学食行くから』って四時間目終わったらダッシュでいなくなったんだよな」
「そっか。良かった……」
三田さんはホッと安堵の溜め息をつく。だがすぐに緊張した顔つきになり、後ろで隠していた小さな紙袋を依理に手渡した。
「これ、大木君に渡したくて」
「おう、ありがと。何だろ……」
依理はポップなデザインの小さな紙袋を開け、中身を取り出す。それはフェルト生地の外側に綿を詰めた、ギターの形をしたマスコット人形だった。
「すげぇ! これ三田さんが作ったの?」
「うん……私こういうの結構得意で」
「嬉しいー。光に自慢しよっと」
「あのね、大木君!」
三田さんは思った以上に声を大きく出してしまったと、一度口をつぐむ。それから声を抑え、ゆっくりと話し始めた。
「私、本当に大木君たちに感謝してるんだ。準備でバタバタしてたし、こっちの都合勝手に押し付けるみたいな頼み方になってなかったかなって思ったりもして。でも短い時間で演目準備してくれて、本番も盛り上がって、本当に良かった」
「ああ、いや俺一人の力じゃないし……」
「本番、舞台袖からしか見れなかったけど……ギター弾く大木君、すごくカッコよくて。私……大木君のこと好きになっちゃった」
「ああ……ええっ!?」
想像もしていなかった展開に、依理は驚き声を上げる。読書をしている生徒がチラッとこちらを見たような気がして慌てて声を抑えた。
「三田さん、俺なんかを?」
「大木君、結構女子から人気あるんだよ。気付いてないのかもしれないけど」
確かに女子から声を掛けられることもあったが、それは騒がしくしているキャラだから気軽に話しかけてくるのだと依理は思っていた。そんなことを言われると今後変に意識してしまいそうだ。
三田さんは覚悟を決めたように、依理の顔をまっすぐ見つめている。
「大木君が良ければ……私と付き合ってくれないかな?」
突然の告白に依理は顔を真っ赤にし、戸惑った。正直なところ、三田さんに特別な感情を持ったことはない。だが目の前の真剣な表情を見ていると、勇気を出して告白してくれているのだと考えると、断るなんて出来ない。
「……わかった。付き合うよ」
「本当に……?」
「うん。でも俺、三田さんのことまだよく知らないところもあるから、これから好きになっていければと思う」
その後、一緒に教室に戻るのは怪しまれるだろうという話になり、先に依理が教室に向かうことにした。改めて辺りを見回すと、先程から変わらず読書中の生徒と昼寝中の生徒しかこの場にはいない。何となくそう思うだけで勘でしかないが、例え今の話を聞かれていたとしても、どちらも言いふらすタイプには見えない。ならば急激に周りに広まるということはないだろう。普段のキャラがキャラなだけに、告白されて付き合うことになったと知られると冷やかされるような気がするのだ。それだけは勘弁して欲しい。光にも落ち着いてから報告しようと、教室に戻りながら依理はそう思った。
昼休みが始まってすぐ三田さんの元へ向かったため、依理はまだ昼食を取っていない。購買でサッと食べられるパンを一つだけ購入し、教室に戻った。
教室には学食から戻ってきていた光が、他の男子生徒と談笑している。一瞬だけ、光と目が合った。
「よう、お帰り。今から昼食うの?」
依理は大口でパンを頬張り、光の質問に答える。
「まぁな。光は学食で何食った?」
「カレー」
光は依理との会話をそこで打ち切り、元々話していた男子生徒との談笑に戻ってしまった。すぐ一人で学食に行ってしまったこともそうだが、何となく避けられているような気がする。依理からまた話し掛けようか考えているうちに、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴った。
「以上、号令」
「起立、気をつけ、礼」
最後のホームルームも終了し、放課後となった。いつもならすぐ光から「行くぞ」と声が掛かるのに、今日は何も言ってこない。帰り支度を整え、席からそのまま離れようとしたので、依理は咄嗟に声を掛けた。
「光!」
「ん、何?」
いつも通りの明るい雰囲気を装っているが、何処か元気がないようにも感じる。
「今日、バイトない日だよな?」
「ないよ」
一言返すだけでその後が続かない。普段の光なら、バイトがない日はこれからどう過ごすかマシンガンの如く喋りまくるのに。昼休み以降、やっぱり様子がおかしい。
「……よし、んじゃカラオケ行くぞ」
「カラオケ?」
「おう。俺、母さんから次の期末悪かったら小遣い減らすって言われてんの。だから最後の豪遊」
「減らされる前提じゃん」
「ちげーよ。テスト勉強前にパーっと遊んで、頭切り替えて頑張るって話。行かない?」
今の光の雰囲気なら、もしかしたら断られるかもしれない。そんな心づもりもあったが、光はいつものような茶目っ気のある笑顔で依理の誘いに答える。
「いいよ。行こ」
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