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第5話

私は自分が思っている以上に水瀬に頼りきりだった事を痛感する。こいつがいないとスケジュール一つ分からない。首にしてしまえば関係は終わる。だが本当にそれで後悔しないのか? そう考えると後悔しかない。ならどうする? 「直ぐに答えを出して欲しいわけじゃない。でも俺は後悔してませんよ今日の事」  水瀬は何処か悲しげな表情を帯びている。私ははっきりしない意識の中で胸がチクりと痛むのが分かった。 「こうでもしないと俺の事見向きもしないでしょ貴方は」 「……」 「少なくとも今日の事で貴方は俺を意識する。だから後悔はありません」  強い口調。いつも温和な水瀬とは思えない。眼鏡のない彼は美しくも見えた。 「首にするならして下さい。でも俺は諦めませんから」  揺るがない意志。それに比べて私はどうだ。真っすぐに水瀬を見れる人生を歩んで来たろうか。好きな時に好きな相手を抱く。仕事以外これと言って真面目に生きてこなかった俺は本気で誰かを愛していたのだろうか。いや……そんな相手は一人もいない。もし私が気持ちに応えられないと言ったら水瀬はどんな顔をするのだろう……。思わず頭を過った泣き顔は見るに堪えない。 「隼人さん……呆れて言葉も出ませんか」  違うそうじゃない。違うのに言葉が出ない。目の前の顔は今にも泣きそうだ。そう思うと胸が締め付けられる。なんだこの痛みは。さっきから水瀬の悲しむ姿に心が痛い。そう言えば笑った顔以外、どれだけの顔を知っているだろうか? そう考えるとキリがない。仕事での付き合い。見られる顔は限られている。飲みに連れて行った事さえなかったと今気づいた。 「……身体は綺麗にしたので安心してください」  さっきまでの強い口調は何処へやら。俯いたまま眼鏡を着用すると水瀬はその場を立ち上がる。 「身体休んだら今日は帰って下さい。俺もこれで失礼します」  このまま行かせていいのか? 俺はどうなんだ!はっきりしろ。 「……水瀬」  水瀬は振り向きもせずただ足を止めた。私は迷って言葉にする。 「私は……お前を首にするつもりはない……、お前がいないと私は困るからだ」  それだけか? 頭で必死に考える。だがそれより早く動いたのは言葉だった。 「私が好きなのは女性じゃない……あれは建前だ、私が好きなのは男性で」  何を言っている。 「知ってましたよ、だから悔しかった。だからこんな方法でも貴方を手に入れたかった」  振り向いた水瀬の顔は悲しみに帯びていた。私の胸はチクリと痛む。 「今はなんて応えれば正しいのか分からない。ただ今言える事は、お前の悲しい顔は見たくない」  私の言葉に水瀬は涙を零した。私の胸は張り裂けそうだった。朝まで意識していなかった存在にこんなに気持ちが動くのか。もしかしたら何処かで割り切っていたのかもしれない。近すぎて気づかぬ振りをしてきたのかもしれない。 「水瀬……」  私はふらつく身体で起き上がると彼の身体を抱き留めた。薬の所為にしてしまえばそうなのかもしれない。けれど触れられて嫌だったかと問われると嫌ではなかった。もし相手が違うのならばきっと二度とお目にかかりたくはない羞恥な姿。それでも引き止めたい何かが私の中である。ならばそれに正直に生きてみよう。 「私の側にいて欲しい……」  嘘のない言葉だった。今はその答えしかない。 「隼人さん……」  水瀬はぐちゃぐちゃになりながら私の腕の中で泣いた。そして最後にこう言った。 「愛してます」  私は今愛していると返せない。でも愛おしいとは思えた。私は小さく頷くと水瀬は私にキスをした。振り解くと言う選択は私にはない。深まるキスを私は全身で受け止める。今はそれが答えだ。    それから一週間ほど前と変わらずの関係には戻ったが、私の中の水瀬はどんどん大きくなっていった。建前も止め、男を抱く事も止めた。水瀬はそんな私を見て機嫌がいい。  

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