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第2話 似合ってる。可愛い
「黒崎さん、三階の搬入、十分遅れます!」
「先に二階を終わらせろ。空いた二人を三階へ回す。業者には俺から話す」
「了解!」
俺、黒崎剛が声を張ると、止まりかけていた現場がまた動き始める。
建設会社の現場責任者。
職人からも部下からも、頼られるのは嫌いじゃない。
体格が良くて、声が低くて、決断が早い。
昔から「男らしい」「頼りになる」と言われてきた。
それも俺だ。
ただ、それだけだと思われると少し息苦しい。
「黒崎さん」
後ろから呼ばれて振り向くと、桐谷蓮がヘルメットを抱えて立っていた。
五つ年下の部下で、家では恋人。
Domでもある。
「今日、何時に帰れます?」
「終わったら」
「また最後まで残る気でしょう」
「責任者だからな」
「家で話します」
「何だよ、怖ぇな」
蓮はそれ以上言わず、仕事の顔に戻った。
****
帰宅したのは十時過ぎだった。
シャワーを浴びてリビングへ行くと、テーブルの上に見覚えのある黒い箱が置かれていた。
心臓が止まりそうになった。
「……お前、それ」
「鞄から落ちました」
「返せ」
蓮の手には、細いシルバーのアンクレット。
小さな飾りが一つだけついている。
俺が買った。
店では買えなくて、ネットで注文した。
「剛さん、これ好きなんですね」
「悪いかよ」
「全然」
即答だった。
だから余計に困る。
「つけたいですか?」
「知らねぇ」
「自分で買ったのに?」
「うるせぇ」
蓮が俺の前にしゃがむ。
「Sit」
身体が先に反応した。
俺はソファへ腰を下ろしてから、蓮を睨んだ。
「そこでCommand使うなよ」
「逃げそうだったから」
「逃げねぇよ」
「じゃあ足、出して」
文句を言いながら差し出す。
蓮が俺の足首へアンクレットを巻く。
冷たい金属が肌に触れ、留め具が小さく鳴った。
「Look」
俺は足元を見た。
現場で履く安全靴とは似ても似つかない。
細く光る鎖が、自分の足首にある。
「似合ってます」
胸が跳ねた。
「……そうかよ」
「可愛い」
もっと跳ねた。
「それ言うな」
「なんで」
「俺に使う言葉じゃねぇだろ」
蓮は少し黙ってから、俺の足首を撫でた。
「俺は、剛さんに言いたいです」
煽っている声じゃなかった。
本気だ。
それが一番恥ずかしい。
「……もういいだろ」
立とうとした瞬間。
「Stay」
身体が止まる。
蓮が立ち上がり、後ろから俺を抱いた。
「逃げなくていいですよ。俺、本当に可愛いと思ってるから」
「……そういうの真顔で言うな」
「Good」
弱いReward。
それだけなのに、少しだけ肩の力が抜けた。
****
蓮に見つかったのは、アンクレットだけではなかった。
クローゼットの奥から、柔らかな色のルームウェアと、レースを使った服まで出てきた。
死にたくなった。
「それは見るな」
「もう見ました」
「忘れろ」
「着てみません?」
「は?」
蓮が一枚持ち上げる。
俺が一人で何度か着て、鏡を見て、似合わないと思ってすぐ脱いだ服。
「剛さん」
Domの声になる。
「Put it on」
胸が大きく鳴った。
俺は蓮を睨みながら服を受け取った。
「……似合わなくても笑うなよ」
「笑いません」
着替えて戻る。
蓮が何も言わない。
「何だよ」
「……マジで可愛い」
「黙れ」
「いや、ちょっと待って。本当に可愛いです」
「語彙死んでんのか」
「剛さんのせいです」
顔が熱い。
俺は反射的に背中を向けた。
「Turn around」
「品評会かよ」
「見たいんです」
仕方なくゆっくり一周する。
蓮は笑わない。
むしろ、見れば見るほど顔が真剣になっていく。
それが恥ずかしい。
「Look」
「何」
「鏡」
鏡の中。
柔らかな服を着た俺と、後ろから腰を抱いている蓮。
逃げたくなる。
でも蓮の腕が温かい。
「似合ってますよ」
「……ほんとか」
「ほんと」
「変じゃない?」
「全然」
蓮が俺の頬へキスをする。
「可愛い」
胸の奥が、じわっと甘くなる。
「……Goodとか言わねぇの」
思わず口にしてから、しまったと思った。
蓮の目が笑う。
「欲しいんですか?」
「今の忘れろ」
「Good」
「……っ」
身体の奥が小さく震えた。
「ちゃんと着られて偉い」
「子供扱いすんな」
「でも嬉しいでしょう」
否定できない。
俺は鏡の中の自分を見た。
さっきより。
少しだけ。
悪くないと思えた。
****
キスをしたのは、そのまま鏡の前だった。
最初は蓮から。
俺が応えると、腰を抱く腕が強くなった。
柔らかな服を着たまま、恋人に抱かれる。
それだけで普段と違う。
「剛さん」
「何」
「ほんとに可愛い」
「またそれかよ」
「だって」
蓮が俺の首筋へ唇を寄せる。
「こんな剛さん、俺しか知らない」
胸が熱くなる。
そこから性愛は普通に深まっていった。
キス。
抱擁。
密着。
互いの熱が重なり、結合してからも、俺はまだ恥ずかしくて蓮の肩へ顔を伏せていた。
「……こんな俺として、嫌じゃねぇの」
蓮の動きが一瞬止まる。
「嫌どころか、さっきからヤバいです」
「何が」
「剛さんが可愛すぎる」
「また……」
擦りが深くなる。
「あっ♡」
予想外に声が漏れた。
蓮の呼吸まで乱れる。
「Good」
「っ……今、重ねんな♡」
「だって可愛い」
「うるせぇ」
「Look」
「無理」
「剛さん」
低い声。
俺は顔を上げる。
真っ赤になっている自分を、蓮が本当に嬉しそうに見ている。
そのままキスされた。
擦られるたび、息が甘くなる。
「……見るなって♡」
「無理です」
「何がそんなにいいんだよ」
「この格好で、俺に抱かれて、こんな顔してる剛さん」
また深く擦られた。
「あっ♡」
「Good」
「バカ♡ それ、効くから……」
「知ってます」
「分かってて言うな」
「可愛い」
「っ♡」
恥ずかしい。
でも、もう嫌じゃない。
むしろ。
もっと言われたい。
****
蓮もだんだん余裕をなくした。
最初は俺の反応を楽しんでいたのに、いつの間にか呼吸が荒くなり、抱く力も強くなっている。
「……お前、さっきから可愛いしか言ってねぇぞ」
「しょうがないでしょう」
「何が」
「本当に可愛いんだから」
「語彙死んでる」
「剛さんのせいです」
少し激しくなる。
俺は蓮の肩を掴んだ。
「そんな激しくすんな……っ♡」
「嫌?」
「嫌じゃ……っ、そこ♡」
蓮が笑う。
「どっちですか」
「うるさい、バカ♡」
また深く来る。
「あっ♡」
「Good」
「だから、Goodも重ねんなって……♡」
「じゃあ可愛いだけにします?」
「それも効くんだよ♡」
「じゃあ両方」
「最悪……♡」
口では文句を言っているのに。
身体は完全に蓮を求めている。
その矛盾を見抜かれるほど、羞恥と快感が混ざっていった。
「剛さん」
「ん……」
「いきそう?」
「……やばい」
「まだ」
「は?」
擦りが少し緩む。
俺は反射的に追いかけようとした。
「Stay」
身体が止まる。
「無理♡ 止まれねぇって」
「じゃあ俺が止めます」
「意地悪……♡」
「もう少し崩れてください」
「何それ……」
「もっと可愛い剛さん見たい」
胸の奥が一気に熱くなる。
****
そこから。
頭がふわふわしてきた。
恥ずかしい。
でも。
その恥ずかしさすら気持ちいい。
蓮に可愛いと言われるたび、身体の奥から甘いものが広がる。
自分がどう見えているかより。
もっと言ってほしい。
その気持ちの方が強くなった。
「剛さん」
「ん♡」
「可愛い」
今度は。
逃げなかった。
「……もっと」
蓮が止まる。
「何を?」
もう考えない。
「もっと可愛いって言って♡」
蓮の目が見開かれる。
「剛さん、それ自分から言うんですか」
「言った♡ だから早く」
「無理。可愛すぎる」
「なら、もっと可愛がって♡」
その言葉で、蓮の顔から完全に余裕が消えた。
「……ほんと反則」
「蓮♡」
「はい」
「可愛いって言って♡」
蓮が俺の首元へ手を伸ばす。
細いCollar。
自分で買って、いつか渡そうと思っていたもの。
蓮が触れる。
「これ、つけていい?」
俺は頷いた。
「つけて♡」
留め具が閉じる。
首元に触れた感覚だけで、胸がいっぱいになる。
蓮が耳元で囁く。
「可愛い、俺のSub」
「あっ♡」
「俺の可愛い剛さん」
「もっと♡」
「自分でも、ちょっと可愛いって思ってるでしょう」
恥ずかしい。
でも。
もう嘘をつけない。
「……うん♡」
言った瞬間。
蓮が息を呑んだ。
「やばい。俺、今すげぇ嬉しい」
「なら、もっと言って♡」
「可愛い」
「あっ♡」
「大好きです」
胸が跳ねる。
「もっと♡ もっと可愛がって♡」
「もちろん」
蓮の声まで崩れている。
「俺のSub、ほんと可愛い」
「うん♡」
「そのまま」
もう限界だった。
「蓮、いく……♡」
「うん」
「可愛いって言って♡」
「可愛い」
「もっと♡」
「可愛い。俺のSub」
「あっ、いく♡ いっちゃうよ♡」
蓮の腕が強くなる。
「可愛いまま、いって」
その言葉で、全部が弾けた。
****
余韻の中。
蓮はずっと俺の頭を撫でていた。
俺はまだ少しぼんやりしたまま、胸に頬を乗せている。
「俺のSub、めちゃくちゃ可愛い」
「……ほんと?」
「ほんと。俺、今かなり幸せです」
胸がまた温かくなる。
「……なら、もっと言って」
蓮が笑った。
「まずはご褒美。Good」
「あっ♡ ダメだって、まだ効く」
「まだ効くんですね」
「お前が言うからだろ……もう♡」
「だって可愛いから」
「そればっか」
「一生言えます」
「重い」
「嫌?」
少しだけ顔を上げる。
蓮を見る。
「……嫌じゃない」
「Good boy」
「っ♡ バカ」
蓮が笑い、俺も笑った。
そのままキスする。
首元のCollarに触れられる。
今度は恥ずかしくなかった。
むしろ。
自分から少しだけ、蓮へ近づいた。
「蓮」
「はい」
「次も」
「うん」
「……もっと可愛くしろ」
蓮の目が嬉しそうに細くなる。
「任せてください」
その返事に。
俺も笑った。
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