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第3話 自慢したい
俺、桜井透は、人から見られることに慣れている。
会社では広報を担当している。
記者会見の席順、取材で使う写真、役員が口にする言葉。どう見えるかを考え、どう見せるかを整えるのが仕事だ。
だから、自分がどう見られているかにも敏感だった。
「また作ってる」
隣を歩く水瀬が言った。
「何を」
「その顔」
「どの顔だよ」
「何でもありません、って顔」
俺は横目で睨む。
水瀬とは七年の付き合いになる。
同僚で、恋人で、Dom。
俺の癖を知りすぎている男だ。
「帰るなら今だぞ」
水瀬が目の前の扉を顎で示した。
会員制のDom/Subサロン。
俺が行きたいと言った。
ずっと気になっていた。
だから来た。
なのに扉の向こうから人の気配を感じただけで、喉が少し乾く。
「帰らない」
「Good」
軽いRewardなのに胸が跳ねた。
「まだ何もしてねぇだろ」
「逃げなかった」
水瀬が笑い、扉を開ける。
****
照明を落としたフロアには、いくつかのソファとPlay用のスペースがあった。
俺は長いコートを着たまま、水瀬の隣に立つ。
何人かがこちらを見た。
それだけで背筋が熱くなる。
水瀬は俺の反応を見ていた。
「一枚ずつ脱いでみろ」
低い声。
俺は水瀬を見る。
「いきなり?」
「できるだろ」
コートの前を開く。
一枚。
また一枚。
布が減るたび、周囲から向けられる視線がはっきりする。
「Good」
水瀬が静かに褒める。
それだけで次へ進めた。
「やっぱり好きなんだな」
「何が」
「人に見られるの」
「違う」
「本当か?」
「……」
「じゃあ褒めるのやめる」
「汚ぇぞ」
「どうする?」
「……ちょっと好き」
「Good」
胸の奥が甘くなる。
水瀬は満足そうに笑ったものの、すぐに眉をわずかに寄せた。
「でも、それだけじゃないな」
「何が」
「お前、さっきから周りより俺ばっか見てる」
心臓が跳ねる。
反射的に視線を逸らした。
「Stay」
身体が止まる。
「Look」
仕方なく水瀬を見る。
近い。
いつもの顔。
なのに、ここで見つめられると逃げ場がなくなる。
「俺に何してほしい?」
「別に」
「透」
声が低くなる。
「俺見て、もう一回」
言えなくなった。
水瀬は急かさない。
ただ俺を見ている。
その方が困る。
「……お前に」
ようやく声が出た。
「うん」
「お前に大事にされてるところを……見られたい」
水瀬の目がわずかに見開かれる。
「誰に?」
「……ここにいる奴らに」
「何で」
そこまで聞かれて、観念した。
「幸せだって、自慢したい」
言った瞬間、顔が燃えるように熱くなった。
「お前に抱かれて、大事にされて……俺、こんなに幸せなんだって。見せたい」
水瀬がしばらく黙る。
恥ずかしさに耐えられなくなりそうになったところで、口元がゆっくり上がった。
「ああ。そういうことか」
「……引いた?」
「逆」
水瀬が俺の腰を抱き寄せる。
「俺も自慢したくなった」
「は?」
「俺の男、こんなに可愛いって」
胸の奥が熱くなる。
「叶えてやるよ」
Domの顔だった。
「お前が自慢したくなるくらい、幸せにしてやる」
****
最初のキスは、ひどく普通だった。
唇が触れて、離れる。
俺から追えば、もう一度重なる。
周囲に人がいる。
見られている。
それを意識するほど身体が熱くなるのに、水瀬の腕の中にいると妙に落ち着いた。
「透」
「何」
「みんな見てるぞ」
「言うなよ」
「自慢したかったんだろ」
「分かってるけど……」
水瀬が頬へ触れ、もう一度キスをする。
身体を重ね、抱き締められる。
熱が深まるにつれて息が乱れた。
「っ……♡」
思わず声が漏れた。
水瀬が笑う。
「Good」
「今、言うな……♡」
「今だから言う」
俺は水瀬の肩へ顔を伏せた。
「隠すな」
「恥ずかしいんだよ」
「Look」
顔を上げる。
水瀬が真正面から俺を見る。
その向こうに、人の視線がある。
「その顔も見せろ」
「お前、楽しんでるだろ」
「めちゃくちゃ」
またキスされる。
抱かれている。
見られている。
その二つが重なるたび、胸の奥から甘いものが増えていく。
それなのに。
まだどこかで引っかかっていた。
水瀬が気づく。
「透」
「……何」
「まだ何かある」
「ない」
「じゃあGoodはここまで」
思わず水瀬を見る。
「ずるい」
「言えば戻す」
「……」
「何が怖い?」
胸の奥を直接掴まれた気がした。
しばらく黙ってから、俺は小さく言った。
「嫌われたくない」
水瀬の顔から笑みが消える。
「何で」
「こんなの好きな俺、気持ち悪いって思われたら」
言い切る前に、水瀬が俺を強く抱いた。
「俺を見くびるなよ」
低い声だった。
「水瀬」
「七年お前見てきて、今さらそれくらいで嫌いになると思ってたのか」
「だって」
「だったら分からせる」
抱く腕が強くなる。
キスもさっきより深い。
俺の呼吸が一気に乱れた。
「これでも俺がお前を嫌ってるように見える?」
「っ……見え、ない♡」
「Good」
胸の奥が弾けた。
****
そこから、水瀬の余裕も少しずつなくなった。
俺が声を漏らすたび、嬉しそうに笑う。
「もっと見せろよ」
「無理……♡」
「さっき自慢したいって言っただろ」
「言ったけど……っ♡」
「Good」
「それ、ずるい♡」
もう会話が長く続かない。
水瀬に抱かれている。
みんなに見られている。
なのに怖さより、嬉しさの方が大きくなっていく。
「水瀬……♡」
「ん?」
「みんな、見てる」
「知ってる」
「恥ずかしい……♡」
「でも嬉しい?」
返事ができない。
水瀬が少し笑った。
「Look」
目を開ける。
水瀬を見る。
「俺に愛されてるところ、見せたかったんだろ」
胸が詰まる。
「……うん♡」
「Good」
また身体が震える。
「ちゃんと見られてるぞ」
「っ♡」
「お前、今すげぇ幸せそう」
その言葉が一番効いた。
****
頭の中が、ふわふわしてきた。
周囲の音が遠い。
水瀬の声だけが近い。
恥ずかしいはずなのに、もう隠したくない。
もっと。
もっと見せたい。
「透」
「ん……♡」
「本音、言え」
もう考えない。
「もっと幸せにして♡」
水瀬の目が変わる。
「……透」
「もっと♡」
「それ、自分で言うんだな」
「言う♡ だから、もっと」
水瀬が息を呑む。
俺は止まれなかった。
「みんなに自慢したい♡」
「うん」
「水瀬にこんなに大事にされてるって、もっと見せたい♡」
「Good」
「あっ♡」
「よく言えた」
水瀬の声まで掠れている。
それが嬉しい。
「任せろ」
耳元で囁かれる。
「俺がお前を、自慢したくなるくらい幸せにしてやる」
「もっと♡」
「Good boy」
「ぁ♡」
もう恥ずかしいことを言っている自覚すら薄い。
「俺、幸せ♡」
「うん」
「すごい幸せ♡」
「ちゃんと見せろ」
「Stay」
一度、そこで止められる。
焦れた俺は水瀬へ縋った。
「やだ♡ もっと」
「何が欲しい?」
「幸せにして♡」
水瀬が笑った。
「Good」
また解放される。
胸の奥まで甘くなる。
「水瀬♡」
「自慢できてるか?」
答えは迷わなかった。
「うん♡」
その一言で、水瀬まで完全に崩れた。
「……無理。可愛すぎる」
「もっと♡」
「俺も、お前を自慢したい」
「して♡」
「俺のSub、こんなに幸せそうだって」
「うん♡」
俺は笑った。
幸せで。
恥ずかしくて。
気持ちよくて。
全部混ざっていた。
****
最後は、もうほとんど会話にならなかった。
「水瀬……♡」
「うん」
「もっと幸せにして♡」
「任せろ」
「いく……♡」
水瀬も息を乱している。
「俺も無理」
「一緒に♡」
俺を抱き締める腕が強くなる。
「Good boy」
その声に追い打ちされて、身体から一気に力が抜けた。
水瀬も俺を抱いたまま崩れる。
しばらく。
何も考えられなかった。
ただ。
幸せだった。
****
少ししてから、俺は水瀬の胸に寄りかかった。
髪を撫でられる。
「透」
「ん」
「幸せ?」
「……幸せ♡」
まだ声に甘さが残っていた。
水瀬が笑う。
「自慢できたな」
「うん♡」
「かなり派手に」
「……それは言うな」
「可愛かった」
「それは言って」
水瀬が吹き出す。
俺も笑った。
少し理性が戻ってきている。
それでも、水瀬から離れたくなかった。
「なあ」
「何」
「もう少し、このままがいい」
「うん」
「……まだ、見せてたい」
水瀬の目が細くなる。
「いいおねだり」
嫌な予感がした。
「Good boy」
「っ♡ ダメ、それまた欲しくなる」
「欲しくなれば?」
「……俺より変態♡」
「こら。お仕置きするぞ」
「やだ♡」
笑いながら、水瀬が俺を抱き寄せる。
見つめ合う。
今度はCommandもRewardも挟まず、そのままキスをした。
そのキスまで。
俺は誰かに自慢したくなるくらい、幸せだった。
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