18 / 20

第18話 祭りの後先

祭りの夜の明るさに、少年宦官は目を見開いた。 色取り取りの灯篭に光を灯し、人々がそれを持ち川へ流すために歩いている。 京は光で溢れていた。 屋台の明かり、酒桜の提灯、そこここから漏れ出す音楽。 人々も晴れ着で歩いていた。 帝が買ってやった、鳥の形の灯篭を、竿にぶら下げて持ち、もう片手に山査子飴の串を持つ。 少年宦官の目がこんなにも大きく輝いていたのは初めてで、青年貴族に扮した帝は柔らかに笑っていた。 歳の離れた許嫁を連れてあるく、下級貴族の若君と令嬢、らしくはあった。 ただ、あまりにも不穏な程に令嬢は美しすぎたし、若君には凄みがありすぎた。 むしろ、裏の稼業の頭と囲われ者の美女の方が違和感はなかったかもしれない。 でも、今、連れている令嬢に柔らかく笑う青年は、確かにただの恋人同士には見えた。 「飴は甘いか?」 優しく聞いた。 「甘いです。とっても」 少年宦官はいつもの遠慮がちな姿をどこかに置き忘れていた。 夢見るような瞳が、都の通りを見回し、建物の間に貼り渡された灯篭が淡い光を放つのをみている。 1つ1つは仄かな暖かな灯篭の光が沢山になって、都の闇をどこかへやってしまっていた。 ふふふっ 少年宦官は声を出して笑った。 嬉しすぎて礼儀を忘れたのだ。 飴を齧り、手にした灯篭を見つめ、通りの光と人を眺める。 そして帝に自分から話しかけた。 聞かれたから答えるのではなく。 「素敵ですねぇ、素敵ですねぇ、なんて綺麗なんでしょう」 その夢見るような声に、帝は思わず胸を押さえていた。 「可愛い・・・」 この瞬間のためなら、何を捨てても良いと、全てを手にしている身でありながら思った。 欲しくても手に入らないものがあるのは知っていた。 絵姿でしか知らない母親である姫君。 自分を守り死んだ、育ての母である乳母。 奪われるくらいなら、と奪う側になったが、それでも手に入らないものはある、と今痛感し、それでも良いとも思ってた。 「楽しいか」 帝は聞く。 帝には都を覆うこの灯篭の灯りも無意味だ。 隠したところで湧き出る闇の方がよく見える。 でも今。 小さな足さばきで、嬉しすぎて小さく踊る少年宦官がそこにいて。 宝物みたいに灯篭を抱きしめ、飴を持ってクルクル回る。 行儀作法が完全に抜け落ちるほどに、喜んでいる少年宦官。 どこかの家の望まれぬ子供として生まれたことは少年宦官になっている時点で分かっている。 奴婢以下の性的愛玩具の身分に堕とされ、仕込まれ、夜伽の寝所と休む部屋ための部屋しか知らない、このまだ17歳の少年には。 この祭りのこの光、色、音、全てがその人生で忘れ難いほど幸せなのだろう。 「ありがとうございます。ありがとうごます。ずっと忘れません!!」 少年宦官が笑った。 弾ける笑顔。 何もかもを忘れないでいようと、大きな目をして、全てを見回す。 何度も何度も思い出すのだろう。 自分の中に綺麗なモノとして。 そうやって生きてきたのだろう。 母上に貰った飴と灯篭のように 帝に貰った飴灯篭。 それを記憶して死ぬまで生きていくのだろう。 精一杯生きている。 どんな身分に堕とされようと。 胸が痛む。 飴と灯篭しか与えられないことに。 でも、他は望まないのもわかってた。 帝相手に望むのはこの哀れな少年宦官には毒にしかならないことも、帝もわかってた。 どんなに寵愛されようと、今は愛玩宦官だから誰にも気に止められない。 寵妃のようにした途端、少年宦官は死ぬだろう。 帝を苦しめるだけの理由でも死ぬには十分すぎる。 帝は殺しすぎたから。 だから。 今日だけだ。 「川にそれを流すのだろ?行くぞ」 帝は飴を食べ終えた少年宦官の手から串を奪い、投げ捨てた。 串を持ってたら手を繋げないからだ。 そして少年宦官の手をとった。 その白い指の爪は淡く染められていた。 都の流行りだ。 細い指を握りしめる。 その手は暖かった。 自分の血塗られた手でも、それはわかる。 「はい」 また少年宦官の目がキラキラひかる。 もうすぐ、川流しの時刻だ。 光が川になるのだと、少年宦官はその光景を語っていた。 どこまでもどこまでも、川が光っていくのだと。 儚い少女の姿の少年宦官の手を引き、青年貴族の姿で人の流れにのって、帝は歩き出す。 川に灯篭を流すために。 少年宦官が浮かれて、ずっと笑ってる。 もしも。 少年宦官が本当に令嬢で。 自分が下級貴族の若君だったなら。 この光景は本当だっただろうか。 一時の幻ではなく。 光があまりにそこここにあるから、帝は幻惑された。 でも、すぐにそれを否定した。 こんなことは。 有り得ない。 幻なのだ。 自分にも。 この少年にも。 でもその幻を自分も死ぬまで自分の中にしまいこむだろう。 少年宦官の指をもう少しだけ強く握った。 この手が離れたとしても忘れないように。

ともだちにシェアしよう!