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第4話

「わ、あ……! 風が気持ちいいよ」 「気持ちいいな。しかし危ないからあまり乗り出すなよ」 ヴァルドさんに腰を押さえられる。ぼくは今、馬車に乗っている。ヴァルドさんと二人だけだ。窓から見える景色がとても綺麗。森の中の木々の匂い。遠くに動物たちが見えた。 「楽しみ。えっと、しょうぎょう……」 「商業都市メルセバだ。一日楽しもう」 少しずれてしまったネクタイを直される。今日は全部新品の服で、まるでぼくじゃないみたいな格好だ。ヴァルドさんはいつもの制服ではないけど、真っ黒いかっこいいシャツを着て、腰に剣を下げている。 「付き添ってくれるんだろう?」 「うん……!」 馬車で街にお出かけなんて初めてだ。商業都市メルセバ。どんなところなんだろう。健康診断の時にルシアン先生に少しだけ教えてもらったんだ。 「数値もほぼ問題なし。ご飯も今まで通り少しずつ食べれば、何を食べても大丈夫だよ」 「ありがとうございます。ルシアン先生」 「先生……」 ルシアン先生、なんだかすっごく嬉しそう。 「ところで明日、商業都市メルセバに行くんだって?ここらで一番栄えてる街だからね。楽しんでおいで」 「はい」 「しかし君よりヴァルドくんの方が楽しみなんじゃないか?」 「え?」 「誰が楽しみにしてるって?」 医務室にヴァルドさんが入ってくる。先に健康診断していてくれって言われてたんだ。 「ヴァルドさん」 「用事があるんだ。アシェに着いてきてもらいたい。明日はいつもより早起きできるか?」 「出来る!」 「元気がいいな」 頭をぽんと撫でられる。ヴァルドさんの大きい手のひら、好きなんだ。 「今日のうちに馬車を手配しておいた。念の為朝、揺れにくくなるように魔法をかけよう。馬車に酔うかもしれないからな」 そんなこともできるんだ。魔法ってすごい。診察椅子から降りると、ヴァルドさんに手を引かれる。 「アシェくんには言ったけど健診の結果は特に問題ないよ」 「分かった。助かる」 「明日早いなら僕は見送り出来そうにないな。いってらっしゃい」 ルシアン先生はひらひらと雑に手を振った。ぼくはちょっとだけ思い出した。お義母さんとレオン義兄さんにいってきますなんて一度も言えなかったこと。 帰ってこなくていいと言われたこと。でもここにぼくは、帰ってきてもいい。ぼくを待っていてくれる人がいる。一緒にお出かけしてくれる人がいる。一緒に帰ってくれる人がいる。 「い、いってきます!」 ぼくはなんだか嬉しくて、いつもより大きな声が出てしまったんだ。 「アシェくん」 ヴァルドさんの部屋に戻ろうとしたら、ノーマン館長に声を掛けられた。エレナさんも一緒だ。ちょいちょいと手で呼ばれる。ヴァルドさんに背中を軽く押されたので、ノーマン館長の方へ駆け寄る。 「明日、お出かけするんじゃろ?」 「はい」 ヴァルドさんとお出かけ。楽しみだ。なんでみんな知っているんだろう。顔に出ちゃってたのかな。 「少し早いが、これを……」 「え?」 袋を渡される。両手で受け取ると、少し重い。なんだろう。袋を開けると、小さな銅色のコイン――セリカが何枚も入っていた。 「図書館の仕事、頑張ったからのう。正当な報酬じゃよ。楽しんでいってくるのじゃよ」 「あとこれも。良かったら道中、一緒に食べてね。明日気を付けて、いってらっしゃい」 エレナさんからクッキーの入った袋を渡される。エレナさんの手作りクッキー。すごく美味しいんだ。 「ありがとう。ありがとう、ございます……」 「あわわ。泣かないでアシェくん!」 今までぼくが使っていいお金なんてなかった。いつか、お義母さんに家事を認められたら、魔法が使えたら、貰えるのかなって思ってた。でも、今は―― 「アシェはいつもよく頑張ってるからな」 ヴァルドさんに涙を拭かれる。すぐぼくは泣いてしまう。でもヴァルドさんは泣いてるぼくを、一度も怒らないんだ。 「良い子は寝る時間じゃぞ。ほら行きなさい」 ノーマン館長がヴァルドさんにウインクをすると、ヴァルドさんが苦笑いをした。 「行くか」 「うん。……行ってきます!」 元気良く言いたかったけど、涙はやっぱりまだ、止まらなかったんだ。 それからヴァルドさんの部屋に入って明日の準備をしようとしたら、ドアの前に人が立っているのに気が付いた。 「ザナック? どうした?」 「ヴァルドさん! すみません。夜分遅くに。黙って置いてこうかと思ったんですが。アシェくんにこれを」 木で作られた、小さい家の形をしている。置物かな? 「余った木材で作ったんです。俺のとこ置いておいてもしょうがないし、アシェくんにと思って」 「ありがとう……!」 木で出来てるけどツルツルしてる。ぼくの部屋に、飾りたいな。 「貯金箱か? 精巧な作りだな」 「貯金箱! その案がありました! 穴開けて作り直してきます!」 「おい」 ヴァルドさんの制止を待たずに、ザナックさんはどこかに行ってしまった。 「貯金箱だと思い込んでしまった。悪いことをしたな。しかしザナックのことだ。すぐに戻ってくるだろう」 「う、うん」 部屋に入ってソファーに座っていると、本当にすぐにザナックさんは戻ってきた。 「貯金箱はいいアイデアです! 素材を余らせないのが俺の主義なんで、もらってやってください!」 木でできた家の形の――貯金箱を手渡される。 「ありがとう……」 「良かったな。ザナックが作った物だ、そう簡単には壊れない」 「褒めても何も出ませんよ! あと裏にコインを出し入れできる蓋もついてますよ」 「あの一瞬でそこまで作ったのか……」 裏側を見てみると、小さな蓋とロックできるように回すところがついている。 「それでは夜分遅くにすみませんでした! 明日お気を付けて!」 ザナックさんは敬礼すると、そのまま部屋を出て行ってしまった。 「もう行っちゃった」 「本当に渡すためだけに来たんだろうな。にしても、アシェは人気者だな」 二人掛けソファーに一緒に腰を下ろすと、ヴァルドさんがぎゅっとしてくれる。ここに座るとヴァルドさんがたくさん抱きしめてくれるから、なんだか嬉しいんだ。ヴァルドさんの手をぎゅっと握る。 「明日の準備もあるし風呂に入るか」 「うん……!」 ヴァルドさんの部屋の大きいお風呂に入ってぽかぽかだ。パジャマに着替えると、ヴァルドさんがタオルで頭を拭いてくれる。 「自分で、やるよ?」 「風邪をひいたら困るからな」 頭を拭かれながら、髪に暖かい風が当たる。ヴァルドさんの魔法だ。ヴァルドさんは色んな魔法が使える。たくさん使えるのに、そうでもない。といつも言っている。ヴァルドさんの魔法について今度聞いてみたいな。 「綺麗に乾いたな」 ヴァルドさんが今度は自分の髪をガシガシと拭いている。ヴァルドさんはパジャマも真っ黒だ。ぼくのパジャマはヴァルドさんがくれたもの。サイズがぴったり。ポケットがネコの形をしていて、なんでだかしっぽもついているんだ。ネコの形のフードは眠る時にちょっとだけ暖かいんだ。 「準備って何をすればいい?」 「そうだな。アシェは先日購入した服を着て、共に来てくれればいいが……」 シャツとズボンとネクタイと。ドキドキする格好だ。こくりと頷く。そうだ。お金。ぼくも何か買っていいのかな。 「セリカ。持っていってもいい……?」 ノーマン館長にもらった、報酬。使ってもいいかな。 「そうだな。持っていくのは三枚くらいでいいだろう。あとは貯金箱に入れておけ。また次回、使う機会もあるだろうからな」 「はあい」 また、次もあるんだ。それがなんだか嬉しかった。ザナックさんにもらった貯金箱にセリカを入れる。少し振るとジャラリと音がしていた。 「この家の中にたくさん貯めていこう。これはアシェのお金だ」 「うん!」 貯金箱はまだ軽いけど、いっぱいになる日がとても楽しみなんだ。 日が登り始め、いつもより少し早いが身支度を整える。そろそろアシェを起こしておくか。アシェはまだ眠そうだったが、ふと覚醒したように起き上がり、お出掛け楽しみ! と元気良く着替えていた。ここ騎士団庁舎から商業都市メルセバまで徒歩だとかなり時間が掛かる。子供の足ではキツイだろう。アシェの様子を見てみると、既に嬉しそうに頬を染めていた。アシェには銅貨――セリカを持たせたが、昨晩のノーマン館長の目配せ。アシェにもお金を使わせてあげなさい。と言うことだろう。色々とお見通しのようだ。 「馬車もう来てるかなあ」 「まだ時間ではないな。しかしすぐ来るだろう」 今日は騎士団庁舎の寮の入り口から外へ向かう。ここに馬車が来る手筈になっている。 「あれ?」 「ヴァルドさん! アシェくん!」 門の前に立っていたのは、リオットだ。手を振っている。なんとなく会うような気はしていたが。 「リオットさんだ」 「へへ。せっかくの二人のお出掛けっすからお見送りっす」 「あ、ありがとう……!」 そろそろ馬車が来る時間だ。見ると遠くから走ってくる馬車が視界に入った。 「馬車が来たな」 「わあ! 大きい。カッコいい!」 「上等な馬車っすね~!」 オレ達の目の前に綺麗に止まり、扉が開けられる。 「い、椅子がふかふか。クッションも……!」 「本当だな。では行ってくる。留守は任せたぞ」 「お任せ下さいっす! お気を付けて!」 リオットは敬礼して返す。 「い、いってきます!」 アシェは馬車の中から大きな声で、伝えていた。 「いってらっしゃい。お土産話楽しみにしてるっす」 リオットは再び手を振る。馬車はゆっくりと走り始めて、騎士団庁舎を後にした。 窓の外の景色を堪能したのか、アシェは外から馬車の中に目を向けた。 「エレナさんにもらったクッキー、食べてもいいかな」 「あぁ。アシェは人気者だな」 すると馬車の外から声が聞こえた。 「少し長旅になると思い用意しました。そちらも良ければどうぞ」 御者は手綱を取りながら、通る声でこちらにそう告げた。馬車の小さなテーブルには果実水と焼き菓子が準備されていた。 「あ、ありがとうございます」 「ありがとう。頂くか」 「うん」 アシェは安心そうに、さくりとクッキーを頬張っている。 「美味しい! エレナさんのクッキー! ヴァルドさんも」 アシェにクッキーを差し出され、そのままアシェの手から口元へ運ぶ。程よい甘さだ。 「お行儀が、悪いよ?」 「そうか?」 「うう」 アシェは少し目を逸らしながら、クッキーをもぐもぐと食べている。頬にはクッキーの粉が付いていた。手で軽く払い落とす。 「あ、りがとう。こんなに食べても、大丈夫かな?」 「食べていい。街の中はすこし歩くからな」 「はい」 アシェは幸せそうにクッキーを味わっている。もう少しで街が見えてくるだろうか。アシェが食べる姿を眺めながら、果実水をそっと口にした。 「商業都市メルセバです。お気を付けて行ってらっしゃいませ!」 「ありがとう」 ヴァルドさんに抱っこされて、馬車から降ろされる。見回すと、そこには―― 「わぁっ」 思わず声がこぼれた。目の前に広がっていたのは、石畳の通りにずらりと並ぶ、たくさんのオシャレなお店。カラフルな看板に、可愛い飾りつけ。なんだかいい匂いもする。店先には焼きたての菓子パンや、光るようなガラス細工。洋服、絵本、ぬいぐるみ――なんでもある。 遠くで音楽が鳴っていた。通りを歩く人々は、みんな笑っていて、楽しそうで、知らない街なのに、不思議と怖くなかった。 「ここが、メルセバ……? すごい……!」 「そうだ。ここが商業都市メルセバだ。いつも賑わっているな」 「ぼくが来ても、良かったの?」 セリカの入った袋をぎゅっと握る。これだけで何か買えるのかな。貯金箱にある分を持ってきても、足りないかもしれないけど。 「アシェのためにここに来たんだ。行くぞ」 「え?」 「人が多い。はぐれないようにな」 「う、うん」 ヴァルドさんに手を握られる。子供じゃないのに。もう十歳なのに、手を繋ぐなんて、ちょっぴり恥ずかしい。でも全然、嫌じゃないんだ。 「まずここだ」 「えと。鞄のお店……?」 ヴァルドさんに手を引かれて入ったお店。中には色とりどりの鞄が並べられている。他にもお客さんが楽しそうに見ていて、奥にお店の人が座っていた。 ヴァルドさんの鞄を買うのかな。ヴァルドさんは腰に小さなかっこいいポーチを付けている。どれを買うんだろう。 「鞄をお探しですか?」 お店の人が、ヴァルドさんに気が付いて手を上げて近づいて来る。 「あぁ。彼に合うサイズのものを」 「でしたら、この辺りはいかがでしょうか?」 「えっ?」 お店の人が案内してくれたのは小さなポシェットが置いてある場所。どれもぼくが以前使っていた鞄よりも、頑丈で綺麗に見える。 「アシェ。どれがいい? 騎士団庁舎に来ていた仕立て屋が持って来ていた鞄では、アシェには大きかったからな。ここならアシェが使いやすい物があるだろう」 「ぼ、ぼくの?」 「あぁ。これからたくさん出掛けるなら鞄があった方がいいだろう。セリカを無くさないためにもな」 セリカの入った袋をぎゅっと握りしめる。ぼくが使っていい鞄……? 「この辺りはオススメですよ。軽くて頑丈。なのにたくさん入ります!」 「いいな。これはどうだ?」 「えっと。えっと……」 ぼくが物を選んでいいなんてこと、なかったから分からない。だって今までレオン義兄さんがいらなくなった鞄を使っていたんだ。破れても穴が空いてても針と糸で縫えば使えるから。 「わっ」 ヴァルドさんがポシェットを一つ、ぼくに掛けてくれる。 「サイズもちょうどいいな。どうだ?」 「あ、えと」 「アシェ?」 「わ、分からない。ぼく、鞄、あるよ? レオン義兄さんがくれた……」 ヴァルドさんがしゃがんで、ぼくと目線を合わせてくれる。 「義兄がくれた物がまだ、使いたいのか? こっちを使って欲しいんだが。オレのよりあの義兄の物がいいのか?」 首を振る。ヴァルドさんの方が好きだ。ずっと優しくて、一緒に居てくれる。 「こ、これがいい。ヴァルドさんが、選んでくれた物……」 「良かった」 いずれアシェの意見も聞かせてくれ。と言ってそのポシェットを持って、店員さんのところに行ってしまった。店員さんはにこにこ笑顔でヴァルドさんと話して、別のお店を指差していた。 「ありがとうございます。またどうぞ」 店員さんはぺこりと挨拶していた。ヴァルドさんはぼくにポシェットを掛けてくれる。 「あ……」 「やはり似合うな。アシェはどう思う?」 そのポシェットは軽くてオシャレ。窓ガラスに映った自分がカッコよく見えた気がした。 「か、カッコいい。ぼ、ぼくじゃないみたい」 「アシェはアシェだろう。大事に使ってくれると嬉しい」 「うん! ずっと大事にする」 ポシェットの紐をぎゅっと握る。セリカの袋を大事にポシェットに入れた。ずっとずっと大事にするんだ。 「破れても、直して使う!」 「気持ちは嬉しいが、そう簡単に破けないだろう」 ヴァルドさんは少し笑うとまた手を繋いでくれた。ポシェットはちょっとだけ重たくなった。これからいっぱい大切な物を入れたいな。 「ここにも行きたかったんだが、いいか?」 「うん」 ヴァルドさんに手を引かれて入ったお店。さっき鞄屋さんの店員さんが指をさしていたお店だ。 「いらっしゃいませ。何をお探しですか?」 「財布が欲しい」 「こちらです」 店員さんに案内される。このお店ならぼくでも何か買えるだろうか。ぼくだって、セリカを持っているんだ。 並んでいるお財布に値段が付いているので覗いてみる。見てみるとぼくの持っているセリカでは、全く足りない値段だった。ノーマン館長に教えてもらったけど、もっと上の単位の銀貨や金貨が必要みたいだ。セリカがもっともっと、もーっと、必要だった。肩を落とす。 「この辺りなら使いやすそうだ。アシェ。どうだ?」 「わ?」 思わず変な声を出してしまう。ヴァルドさんの大きな手の中には小さなお財布があった。落ち着いた茶色に、金の飾りがついていて、よく見ると小さな星の模様が浮かんでいる。 「か、カッコいい!」 「そうか。これにしよう」 ヴァルドさんが店員さんにそのお財布を渡す。 「あの、もしかして、それもぼくの……?」 「そうだが」 「お金。ぼくにたくさん使わなくて、大丈夫だよ?」 お金は大事な物。お義母さんに何回も言われた言葉だ。〝役立たずのアシェなんかに、使う金はない〟って。 「気にするな。オレが渡したいんだ。それに――」 ヴァルドさんはじっと遠くを見つめていた。 「もうアシェを、手放せなくなったからな」 「え?」 ヴァルドさんは店員さんから小さな紙袋を受け取り、ぼくに渡してくれる。 「ここまで来て、要らないと言うのか?」 ヴァルドさんは悲しげな表情だ。なんだか、そんな表情をさせてしまったことを後悔した。ぼくは首を振る。 「……ありがとう。ヴァルドさん。ずっと大切にするね」 「良かった。……少し休憩したい。甘い物でも食べよう」 「え、と……? わ、あ!」 お店を出るとまた突然抱っこされる。ヴァルドさんは抱っこが好きだ。重くないのかな。ヴァルドさんのシャツをぎゅっと掴む。ヴァルドさんに悲しい表情をして欲しくない。大事に使うことでヴァルドさんが喜んでくれるなら。そうしたいなって思ったんだ。 「わ、ああ……!」 「お待たせしました。プリンアラモードとコーヒーでございます」 ぼくの目の前にプリンアラモードが置かれる。真っ黒いコーヒーはヴァルドさんの前に置かれた。ヴァルドさんに連れられて入ったお店は高級そうな喫茶店だった。みんな静かにコーヒーを飲んだりケーキを食べたりしている。椅子もふかふかで、かっこいい絵が飾られていて、なんだかドキドキしてしまう。ぼくがここにいてもいいのかなって。でも今はヴァルドさんが着せてくれた服に、ポシェットも持っているんだ。だから、変じゃないと思う。 真ん中にぷるぷるのプリンにフルーツがたくさんとクリームが乗っている。以前ヴァルドさんと食べた、パフェと少し似ている。あの時食べたパフェと同じくらい、なんだかキラキラと輝いて見えた。 「ぼく、食べて良いの?」 「あぁ。アシェは騎士団の中で良く頑張っているからな。ご褒美だ」 「ご褒美……」 ヴァルドさんにそう言ってもらえるなんて嬉しい。でもぼくはお義母さんのところにいた時よりも全然出来てない。早起きしてご飯を作ろうにも、食堂の人たちがぼくよりも美味しいご飯をたくさん作ってくれる。今まではぼく一人でやっていたお掃除や洗濯も当番のみんなでやるからすぐ終わる。なのに美味しいご飯は毎日食べられるし、勉強も教えてもらえる。色んな本が読めて、温かいお風呂に毎日入れる。ふかふかのベッドだってある。ヴァルドさんが毎日ぼくに声を掛けてくれる。こんなに幸せで良いのかなって思うんだ。 「食べないのか?」 ヴァルドさんに見つめられて、目の前に置かれた、美味しそうなプリンアラモードに目を向ける。ぼく、食べていいんだ。 「た、食べる! いただきます」 「ゆっくり食えよ」 プリンをすくい上げて、口の中に入れる。プリンは口の中で甘く、とろけて消えていった。 「プリン……甘くて、美味しい!」 「そうか」 ヴァルドさんはなんでだか少し、笑っていた。 「ヴァルドさん。はい」 「オレは別に……」 プリンを一口すくってヴァルドさんに差し出す。要らない、かなあ。手を戻そうとしたら、ヴァルドさんに手首を優しく掴まれて、そのままプリンがヴァルドさんの口の中に入っていく。 「ありがとう。美味いな」 「一緒に食べるの、美味しい」 「良かった。まだもっと美味しい物がたくさんある。ここはケーキも美味しいんだが……また食べに来よう。今は一気にたくさん食べさせない様、ルシアンに言われてるからな」 「ルシアン先生に怒られちゃうもんね」 ヴァルドさんとの約束。また今度って言ってくれることは、ぼくにとってすごく嬉しいことなんだ。 空を見上げると、先ほどまで天気が良かったが暗雲が立ち込めていた。一雨降るのだろうか。妙な感じだ―― 「五年後のぼくが見えるの?」 「はい……。こちらの鏡に顔を写すと五年後のあなたの姿が映し出されます……。今なら五十セリカなところを、あなただけ特別にお安くして十セリカで……」 「アシェ……行くぞ」 「わ、ああ」 アシェの手を引き、怪しげな魔導グッズを販売している露店を後にした。食事を終えて、少し歩くと通りでは小さな露店がひしめき合っていた。珍しいガラス細工や不思議な香水など楽しそうに見ていたが、アシェが興味を示したのは――胡散臭い魔導グッズだった。 「五年後かあ。ちょっとだけ気になるけど、セリカが足りないや」 「残念だがあの露店の魔導グッズは全て偽物だ。渡されるのは普通の鏡だろう」 「そ、そうなの?」 「魔力を感じなかったからな」 子供相手なら売れると思ったのだろうな。魔力の少ない人間なら騙される者もいるだろう。あの露店の魔導グッズには一切魔力が込められていなかった。値段も安すぎる。いきなり偽物を掴まされそうになるとは。アシェをきちんと見てないといけないな。 「そっかあ。あ、あれなんだろう」 ぱたぱたとまた違う露店に目移りするアシェ。色々見られて楽しいのだろう。アシェの義兄レオンの部屋には様々な魔導グッズやおもちゃが散らばっていた。アシェの部屋には一切なかった物だった。あまり干渉するのも野暮だろうか。アシェの好きな様に見てもらうか。 露店の前に長いものがぷらーんと揺れている。あれはなんだろう。 「おやかわいい坊や! この巨大蛇のぬけがらに興味があるのかい?」 「ぬけがら?」 「討伐中に見つけたものらしくてね。このぬけがらは武器や防具の素材に使えるけど、坊やには難しいんじゃないかい?」 ザナックさんなら使えるのかな。値段を見てみるけど――セリカ三枚では到底足りない値段だった。 「坊やにはこんなのもあるよ?」 「ぬいぐるみがいっぱいだ……!」 籠の中にはうさぎやくまのぬいぐるみが入っていた。うさぎはふわふわで耳がとても長くて、目がくりくりしてる。くまは小さい耳に茶色い毛皮だ。どっちもカッコいいな。 「あとこれも売れてるよ。魔除けのお守り袋。一つ一つに魔石が封入されているんだ」 店主さんはお守り袋がたくさん入った箱をぼくに差し出した。色とりどりのお守り袋に長い紐がついていた。店主さんは一つお守り袋を開けるとぼくに魔石を見せてくれる。 「魔石?」 「悪いことから身を守ることができる石だよ。魔力はまだ入ってないから、自分の魔力を入れると効果を発揮するよ」 「そうなんだ……」 魔力のないぼくには使えないものだ。でもヴァルドさんは騎士として魔物とたくさん戦っている。もしかしたら、ヴァルドさんのことを護ってくれるお守りになるかもしれない。 お守り袋を手に取ろうとしたら、ぬいぐるみと目が合う。レオン義兄さんが買ってもらっていたな。あんなに高い物だったんだ。うさぎのぬいぐるみの手をちょっとだけ握ってみる。ふわふわでとっても柔らかい。ぬいぐるみはぼくの持っているセリカでは足りないや。 貯金箱の分を併せてもきっと足りない。それに、レオン義兄さんも言っていた。『〝魔力のない役立たず〟が俺と同じおもちゃ欲しがるとか、図々しいぞ』って。〝役立たずのアシェ〟じゃなくなるまで、ぼくは我慢をする。しないといけないんだ。 「――このぬいぐるみをひとつ、もらえるか?」 「毎度! そのカッコいい兄ちゃんは坊やの連れかい?」 「あ」 肩に手を置かれたと思い、振り返ると後ろにヴァルドさんがいた。 「ヴァルドさん」 ヴァルドさんはうさぎのぬいぐるみを受け取ると、そのままぼくに手渡した。 「アシェに持っていて欲しい」 「え! ……ぼく?」 「アシェが持っていた方が、このうさぎも喜ぶ。……要らないか?」 うさぎのぬいぐるみをじっと見つめる。ぼくのぬいぐるみなんて、一つもなかった。欲しがっちゃいけないものだった。レオン義兄さんがぬいぐるみで遊んでるのをぼくが見ると、叩いてくるから見ないようにしていたんだ。 でも今これは、ぼくが持っていていい物。――本当はぼくも、ぬいぐるみが欲しかったんだ。そう思った。 「いる。……ありがとう。ヴァルドさん」 ぼくは両手でうさぎのぬいぐるみをしっかりと抱きしめた。子供みたいって笑われちゃうかな。涙が出そうになるのをこっそり隠した。 「その魔除けのお守り袋ももらえるか?」 「もちろん!」 店主さんは再び箱を差し出す。ヴァルドさんに先を越されちゃった。好きなのを選んでいいと言われて、ぼくはヴァルドさんの眼の色と同じ、金色の紐がついたお守りを選んだ。 ヴァルドさんは店主さんからお守りを受け取り、ぬいぐるみの首元にお守りをくくりつけてくれた。初めてもらったぬいぐるみにぼくは、なんだか胸がいっぱいになってしまった。 なんだか嫌な気配が脳を掠める。振り向くが、周りで特に変わった様子はない。街は結界で囲まれている。気のせいだろうか。そんな中、アシェは再び露店で何かをじっと見ている。なんでも買ってやりたいと思うのは、あまり教育に良くないだろうか。ノーマン館長に、アシェ自身にもお金の使い方を教えてあげるよう頼まれていたことを思い出す。様子を見てみるか。 アシェは何やら指で数を数えた後、露店の店主に告げる。 「こ、これ……下さい」 自身のポシェットからセリカを取り出して、支払いをすませる。 「毎度! 気を付けて持つんだよ」 「ありがとうございます」 アシェは両手で品物が入った紙袋を受け取る。 「買えたのか?」 「ヴァルドさん! うん」 「何を買ったんだ?」 「あ、あのね。これ――」 アシェががさごそと紙袋を開けて見せようとした時だった。突然大勢の住人が血相を変えて露店の中を走り出していた。人混みで転びそうになるアシェの手を引き、胸元に引き寄せる。 「わあ」 「なんだ?」 走り出す住人を見回す。嫌な気配。まさか―― 「ま、魔物だ!」 「逃げろ! 教会に行くんだ!」 どうやら魔物が出現したようだ。本来、街には魔石による結界が張り巡らされている。侵入できるはずがないのだが……。 「ま、まもの……?」 「魔物は皆、共通して黒い体毛と赤い瞳を持っている。中には、毒を持つものや、相手の魔力を吸い尽くし、そのまま魂まで奪うものもいる。アシェの魔力がないとはいえ、不用意に近付くなよ」 「わ、わかった」 アシェは震えながらも、こくりと頷いた。この街にもこのような事態に備えて、別の騎士団が常時見回りをしているはずだ。騒ぎに気付いてすぐに来るはずだが……。 「向こうも、魔物に囲まれているぞ!」 教会の方に向かっていた住人達が、突然声を上げて、露店の方へ戻ってきていた。 「うわああ! こっちにも魔物が!」 「露店から出られない!」 「騎士団の奴らは何してるんだ!?」 逃げ惑う群衆の前に現れたのは、黒い体毛に赤い眼を光らせた、禍々しい魔物だ。小型だが数が多く、ジリジリと遠くから様子を窺っている。露店に魔物が入り込んで来るのも、時間の問題だ。アシェは顔を青ざめながらも、オレの手を握り返す。せっかくのアシェとの楽しい時間が、魔物のせいでこんなことになるなんて。 「ぬいぐるみの坊やにカッコいい兄ちゃん! だ、大丈夫か?」 ぬいぐるみやお守りを販売していた店主だ。魔物に囲まれて、同じく露店から出られないらしい。 「第二騎士団がきっと護ってくれる。それか教会まで行ければいいんだが……。ここからは少し距離がある。どうしたら……」 店主は震えた声を出す。逃げるにも魔物が四方を囲み、逃げられない状況だ。 「ここは第二の管轄か……」 腰の剣に手を添える。他の騎士団とあまり関わるべきではないが、そうも言ってられない。アシェの手をそっと離し、目線を合わせる。 「……アシェ。少しここで、待っていてくれ」 「ヴァルド、さん?」 露店全体に結界を張り巡らせる。アシェを魔物のいる外に共に連れて行くより、この結界の中に居てもらった方が安全だ。 「魔力による結界を張った。見えるか? この範囲からは出るな。強力なものだが、その代わり一度出たら入れない」 「……わ、分かった。ぼく、ここで待ってる」 「いいこだ」 震えるアシェの頭を撫でる。自分がどうすべきなのか、すぐに分かったのだろうな。――辺りの魔物を討伐したら、すぐに戻る。 「結界が一瞬で! カッコいい兄ちゃん。アンタ何者だ!?」 「店主。屋根を借りるぞ」 「構わないが何を……」 「アシェ、終わったら買い物の続きだ」 ぬいぐるみに括り付けられていたお守りをそっと握る。 「お守り。大事に持っていろよ」 「……ヴァルドさん!」 アシェの声を聞き、露店の屋根の上に飛び乗り、結界の外に飛び出す。ちょうど露店の周囲を魔物が囲っているようだ。教会の元へ逃げる人々が、遠くに窺える。魔物による被害は今はまだ少なそうだ。地面に降り立ち、魔物と対峙する。いくつもの赤い眼光がこちらを睨みつけている。 「せっかくのアシェとの買い物の時間――邪魔をするな」 剣を構えると、魔物の眼がわずかに怯んだ。襲ってくる魔物に、刃を振り抜く。 魔物の身体は真っ二つに切り裂かれて、そのまま音もなく消滅した。オレには魔物を討伐しなければならない、――責任がある。 「カッコいい兄ちゃん屋根から飛んでいっちまったな! 何者だ!?ともかく結界の中には魔物は入ってこれない。ここで大人しくしてよう」 「……はい」 ぬいぐるみをぎゅっと握りしめる。ヴァルドさんは今まで、前線で魔物をたくさん討伐してきたって聞いた。危険で強い魔物相手でも、無事任務をこなしてきたって。ヴァルドさんが無事でありますように。ぬいぐるみを抱きしめながら、心の中でそう願った。 「騎士団員が一人で倒してくれてるみたいよ!」 「結界も有難いわ」 遠くで赤い眼が光る魔物がいたけれど、露店全体を包む結界の中なら安全だ。街の人々も結界の内側にいて、少しずつ落ち着きを取り戻しつつある。 「早く第二騎士団が来てくれるといいけれどな……。あのカッコいい兄ちゃん一人じゃ、流石に大変だろう」 店主さんがぼくに声をかけてくれていた。こくりと頷く。 「大丈夫か? 一人で不安だろう。俺は魔物と何度か遭遇したことあるけど、第二騎士団の人らに何度も助けてもらった。だからきっと、大丈夫だよ」 「はい」 店主さんはぼくの肩を優しく叩き、笑いかけてくれた。ちょっとだけ不安が軽くなった気がした。 「坊やとカッコいい兄ちゃんどういう関係なんだ? 兄弟じゃないよな。眼の色全然違うし」 店主さんはぼくにたくさん話しかけてくれる。そのおかげで、あんまり怖くなくなっていく。 「違うよ。ヴァルドさんはぼくの、憧れの人」 「もしかして、第三騎士団のヴァルド・ノイシュタット騎士団長か!? なるほど」 ヴァルドさん。ここでも有名な人なんだ。 「こんな大きい強力な結界も張っていくなんて、さすが騎士団長だな!」 ヴァルドさんが褒められて、ぼくのことじゃないのに嬉しくて、にこりと笑った。 「そういえばいつまでもぬいぐるみの坊やじゃあれだな。なんて名前なんだい?」 「あ、アシェです。アシェ・エクリュ」 「アシェか。いい名前だな。俺はグラッツだ。こんなところでなんだが、よろしくな」 「うん」 グラッツさんは今度はにかっと笑った。 「第二騎士団が助けに来てくれたわ!」 街の人が指をさす方向には青い隊服を着た、第二騎士団の人達が急いで駆けつけてきてくれた。周りから安堵の声が聞こえる。第三騎士団は黒い隊服だから、全然違う印象だ。第二騎士団の眼鏡をかけた人は、住人を見回し大きな声で告げていた。 「皆さん。お怪我はありませんか? 第三騎士団に協力いただき、この辺りの魔物は全て討伐されております! 今のうちに数名ずつ教会へ移動しましょう。私が先導します。この魔石の範囲に入って下さい」 第二騎士団の人たちが魔石を手に持っている。魔石に魔力を込めると、その量によって数メートルの範囲を結界で身を守れる。しかし魔力がなくなると効果が消えるので、定期的に補給が必要だって以前、ノーマン館長に教えてもらった。 第二騎士団の人達に誘導されて、何組かに分かれて、住人達が教会へと向かい始める。 「アシェくん! 教会で会おう!」 グラッツさんが、順番に教会へ向かうぼくに手を振ってくれた。こくりと頷く。 「こ、この魔石の範囲に入れば、安全です。じ、住人の皆様を優先で、い、行きましょう! ついてきてください」 第二騎士団の人はなんだか緊張しているようだ。でも魔石をしっかりと握っている。第二騎士団の人に誘導されて、ぼくたちは教会へと向かうことになった。教会まではまだ距離がある。けれど、魔石の光に守られながら歩けばきっと大丈夫。 ――そう思いながら、ぼくも列の後ろについて行った。 第二騎士団の人を先頭に、住人達の後ろをぼくはついていく。辺りは静かだ。みんな、避難したのかな。 「こ、この辺りは、避難区域になっていて、皆教会へと避難しています。い、急ぎましょう」 第二騎士団の人の緊張がこっちにも伝わってくる。よく見たら新米バッジがついている。騎士団の人でも魔物が怖いに決まってる。 ヴァルドさんに結界の中で待っててと言われていたけど、ここで待ちますって、声を出すことができなかった。教会について、魔物がいなくなったらヴァルドさんを探そう。一人でも、きっと大丈夫。ぼくはぬいぐるみをぎゅっと握った。 「ぼ、僕はユージンといいます。って僕の名前はどうだっていいですよね。ともかく、安全に教会まで送り届けますので――」 「あれ、魔物じゃないか!?」 「ひいっ」 一緒に移動する住人の一人が指をさす。騎士団のユージンさんは、びくりと驚いていた。遠くに赤い眼をした魔物が佇んでいるのが見えた。でもこちらには気付いていない。 「ど、どうしよう。どうしよう。住人の安全第一、避難優先――こ、こちらの魔石を持っていき、先に逃げて下さい」 ユージンさんは魔物を指さした男の人に魔石を渡す。男の人は困惑している。 「ま、魔物を討伐して来ますので、住人の皆様は教会に先に避難していて下さい」 「お、おい!」 男の人が止める間もなく、ユージンさんは魔石を託して、そのまま遠くにいる魔物の方へ走って行ってしまった。 「ええ……。行ってしまった。と、ともかく教会へ向かおう! 魔石の魔力量も限られているからな」 みんな困惑しながらも、進むしかないと考え、住人達だけで教会へ向かうことになった。駆け足で教会へ向かう住人の後ろを、ぼくは置いていかれないように、急いでついていく。その時、遠くで子どもの声が聞こえた気がした。 「え? わ、っ!」 その声に気を取られて、足がもつれて、転んでしまう。ぬいぐるみを持った手を打ちつけ、少し擦りむいてしまった。顔を上げると、魔石を持った住人達は、すでに遠くの方へと行ってしまっていた。ぼくは一番後ろを走ってたんだ。気付いてもらえるはずもない。 「あ、待って……」 今走れば、追いつける。でも――ヴァルドさんならきっと、声の主を放っておかない。ぼくに何ができるかわからない。でもぼくは立ち上がって、声のする方へと走っていた。 「まさか魔物が入り込むなんて。アシェくん、無事に教会に辿り着いたかな……」 小さくため息をつき、誰にともなく独り言を発する。俺の名前はグラッツ・ミリアン。この商業都市メルセバでちょっと変わったものを売っている、しがない露店の店主だ。残る住人は僅かだが、魔石が足りない。なので第二騎士団が来てくれるのを待っている状態だ。 「あ、あれは……」 すると遠くからいくつもの人影が見えた。先程とは別の第二騎士団数名と、大きな結界を張り、うちの露店の屋根の上を颯爽と飛んでいったカッコいい兄ちゃんだ。 「アシェ! 待たせた……」 「カッコいい兄ちゃ――ヴァルドさん! アシェくんはさきほど第二騎士団の方と、教会に向かいましたよ!」 心配そうな顔でアシェくんを探すヴァルドさんに、身を乗り出して声を掛ける。 「教会に向かったのか」 「ええ。ここにいる住人たちは順番に向かっているところです」 先頭に立っていた第二騎士団の男は緊張した様子だったが、きっと教会まで無事送り届けてくれたはずだろう。 「……」 「さすが第三の騎士団長ヴァルド・ノイシュタット。結界の質も申し分ないですね」 第二騎士団の男がヴァルドさんへと声をかける。 「……そんなことより、さっさと残りの住人を誘導してくれ」 ヴァルドさんはアシェくんの姿が見えないのが、気にかかるようだ。 「魔石の範囲に入ってください。移動します!」 第二騎士団に誘導されて、俺たちも移動することになった。何組かに分かれて移動し、俺たちが最後の組のようだ。ヴァルドさんの結界が解かれる。この大きな結界を維持しながら、魔物討伐。負担は大きいだろう。 「あとは頼む」 「はい。ご協力頂き感謝します!」 第二騎士団の一人が敬礼すると、ヴァルド騎士団長は飛ぶように走り去ってしまった。 「行きましょう。私について来て下さい!」 ヴァルド騎士団長の背中を見届けながら、俺はアシェくんの無事を祈った。 「わ、ああ! 来るなあ!」 ぼくは声のする方に恐る恐る向かうと、そこには、ぼくと同じくらいの男の子が、魔物に襲われそうになっていた。 「くそ、なんで魔物が……! こんなとこ、来るんじゃなかった……」 男の子はもう魔力が切れてしまったようで、木の棒で必死に抵抗しようとしている。やっぱり魔物に襲われていたんだ。辺りを見回す。どうしたら……。 「えいっ」 地面に落ちていた手のひらくらいの石を見つけた。持ってきて、魔物に投げつける。ノーマン館長が言っていた。『重いものを投げつければ、怯ませるくらいはできるぞ』って。 ガツン。魔物の背中に当たった。魔物はびっくりして、動けなくなってる。 「こ、こっち!」 「!?」 男の子の手を引き、路地裏に駆け出す。追いかけてきませんように。そう願ったけど、魔物はぼくたちを見つけて後ろから追いかけてきていた。 「な、お前、誰、道、わかるのか!?」 「わ、わからないよ! でも逃げないと! ……わっ!」 急いで道を曲がると大きなゴミ箱にぶつかりそうになった。蓋を開けてみる。中身はあんまり入ってないし二人で隠れられそう。 「ここに、隠れよう」 「これゴミ箱だぞ!? 嫌だよ!」 「大丈夫。ちょっとしかゴミ入ってないよ」 「い、嫌だ……わあ!」 大きいゴミをポイっとだして、ゴミ箱の中に入る。そのまま男の子の手を無理矢理引っぱり、二人でぎゅうぎゅうになって入り込んでから、蓋を閉める。 「お前……俺をゴミ箱に入れたって言いつけてやるからな……」 「そしたら、そのおかげで助かった。もだよ?」 ゴミ箱の中は思ったよりも臭くなく、少し湿った紙くずが足にくっつく。足がガクガクしてきた。両腕は擦りむけてジンジン痛むけど、ぬいぐるみを抱きしめる手は絶対に離さなかった。じっと息を潜めていると、外から魔物の足音が遠ざかっていくのが聞こえて、ほっと胸をなで下ろした。 「よ、良かったあ」 ぷはっとゴミ箱の蓋を開けて顔を出す。ぼくが最初に出て、男の子の手を引っ張る。 「うう。臭い。最悪だ」 「臭くないよ? でも、大丈夫?」 「大丈夫なもんか。こんなに汚くなって……」 ゴミはそんなに入ってなかったけどな。金髪の男の子はぼくの両腕を驚いたように見つめる。 「お前、怪我してるじゃないか」 「転んじゃって……」 まだ少し痛むけど、大丈夫。足は怪我していない。まだまだ走れる。 「……ふうん。というかなんで街に魔物が入り込んでるんだよ。おかしいだろ!結界で囲われてるはずだろ」 「ぼくにも分からないよ」 首を振る。ヴァルドさんも不思議そうにしていたもの。 「君は教会の場所、分かる? そこなら結界が張られてるから、魔物が来ないんだって」 「分かるわけないだろ。俺ここにあんまり来ないんだ。なのにこんな目に……」 「そっか。じゃああの十字架を目印に一緒に行こう?」 空に見える十字架を指差す。さっき走って逃げたから少し遠くなってしまった。 「……しょうがないな。お前、名前は?」 「アシェ。アシェ・エクリュ」 「ふうん」 「なんてお名前?」 「……シリルだ。シリル・アルベール。この紋章を見ればわかるだろ!」 シリルは腰に手を当てて、上着に刺繍されたかっこいい模様を見せてくれる。 「……? わかんないや」 「な、な……!」 「早く行こ? シリル」 シリルは驚きながらも渋々ついて来てくれる。良かった。無事で。ほっと息を吐く。ぼくはしっかりとぬいぐるみを抱きしめて、十字架を目標に教会へと足を進めた。 「もう、疲れた。お腹空いた。喉が渇いた」 「もうちょっと、頑張ろ?」 ぐいぐいと手を引っ張るのは、ぬいぐるみを持った子供っぽい少年、アシェ。俺と同じ十歳らしい。 「ちょっと休憩」 「す、座るの?」 日陰に腰を下ろす。魔物に出会うのも怖い。でもたくさん走って疲れたんだ。アシェはキョロキョロと周りを見ながらも、俺の隣に腰を下ろした。アシェは背が小さいと言われる俺よりも小柄だ。男なのに髪は結構長いし、よく見たらまつ毛も長い。女みたいにうさぎのぬいぐるみなんか持ってるし。変なの。 はあ。と小さくため息をつく。こんなことなら街に来なきゃ良かった。俺の名前はシリル・アルベール。アルベール財閥の跡取り息子だ。この上着の紋章を見ればわかると思ったのに、俺のことを知らないなんて世間知らずな奴だ。 今日の勉強が面倒で、嫌になって街に逃げ出した。執事のやつ、今頃血眼になって探しているかもしれないな。度々逃げてるから、もうどこにいるのかは大体分かっているだろうけど。でもこんなことになるなんて、思わなかった。魔物に襲われそうになるなんて。 「お腹空いた……」 こんなにひもじい思いをすることなんて、初めてだ。いつだって、執事やメイドが俺の世話をしてくれるんだ。お腹が空いたと言えば、お菓子やデザートをたくさん持ってきてくれる。好みの物がなければ、新しい物を探して持って来てくれる。隣に座っていたアシェはポシェットをガサゴソと探っている。紙袋を取り出して、その中には透明な小さな瓶が入っていた。 「……本当はね。ヴァルドさん達に渡したかったんだけど、はい。一つあげる」 透明な瓶から飴玉を一つ取り出して、俺に渡した。 「飴なんて……」 飴玉なんて、腹の足しにもならない。もっとお腹いっぱい食べたい。ステーキとか、ケーキとか。でも誰も俺を、助けてくれなかった。助けてくれた奴は、この頼りない、俺と同じ歳の子供、アシェだけだ。 「キラキラで綺麗だったから、初めてぼくのお金で買ったんだ」 「初めてって……俺と同じ歳なのに、お小遣いもらってなかったのか?」 「うん。初めて。頑張って働いたからって言って、渡してくれたんだ」 「……ふうん」 お小遣いなんて、毎月何もしなくても貰えるけどな。お菓子もおもちゃもなんでも買える。足りなくなっても、言えばみんな買ってくれる。こんな飴玉くらい百個くらい手に入れられる。でもなんとなく、そう言うのはやめておいた。 「ありがと」 「ううん」 アシェはにこりと笑った。飴玉を食べようと思ったけど、アシェのことが少し気になり、ポケットにしまった。 「ヴァルドって?」 「ぼくの、憧れの人」 話を良く聞くと、アシェはあの騎士団長ヴァルド・ノイシュタットと一緒に住んでいるらしい。兄弟でも家族でもない。まあ養子というのはよくあることだ。それに近いのかも知れない。アシェはヴァルドに引き取られる前の家のことは、言葉を濁していた。泣きそうな顔をしていたから、深く聞くのはやめておいた。こんなところで、泣かれても困るからな。でも何か、俺には想像つかないような、酷いことがあったのかもしれないな、と思った。 「シリルのことは、教えてくれないの?」 「そのうちな」 「そっか。もう歩ける?」 「馬鹿にすんな」 立ち上がる。飴玉はポケットに大事にしまったままだ。お腹は空いたけど、食べるのがなぜだか勿体無いと思った。アシェと目が合い、その瞳を見つめる。 「アシェお前の魔力……俺と同じで使い切ったのか?」 「え? あ……」 俺は魔物から逃げる時に、魔力を使い切ってしまった。でも魔力は基本的には食事によって回復する。しかし、アシェも魔力を使い切っていたのに、俺を助けるなんて。アシェは俯き、なぜだか少し悩んでから小さく、うんと頷いた。 「行くぞ。魔力空っぽ同士、頑張るか」 手を差し出して、アシェも一緒に立ち上がらせる。 「うん。……ごめんね」 アシェはなぜか小さく謝っていた。同じ空っぽ同士なんだから、気にすることないのに。もう一度教会に向かって、俺たちは二人で歩き出した。道は長いけど、少しだけ心が軽くなった気がした。 教会の十字架を目指して二人で歩いていく。魔石がなくてちょっと怖いけど、二人なら頑張れる。そんな気がした。ふと視界の隅で何かが動く。魔物かと思って、身を構える。けどよく見たらぼくらと同じ人間だった。ほっと息を吐く。男の人三人。笑いながら、倉庫の中を指さして入って行った。ここは避難区域って言ってたのに、どうして逃げないで倉庫の中に?それに、なんだか嬉しそうに。 「シリル。あの……」 シリルに三人の男の人が避難せずに、倉庫に入って行ったことを説明した。 「……怪しいな」 「え?」 「怪しいだろ。こんな状態で避難もせず。魔物が怖くないんだろう。きっと今回の件に何か関わっている!」 シリルが走り出して、男の人たちが入って行った倉庫に向かっていた。でも―― 「ま、待って!」 もし本当に怪しい人だったら、怖い目に遭うかもしれない。シリルの腕を掴んで止める。シリルは今魔力が回復してない。ぼくなんか――魔力なし。何もできない。 「危ないから、教会に行って、第二騎士団の人に伝えた方が……」 「でもそんなの待ってたら、逃げられる!」 ぼくたちが言い争っている時だった。ばたばたと慌ただしくこちらに向かって走ってくる音。びっくりしてそちらに眼を向ける。 「えっ。き、君は避難したんじゃなかったんですか!? どうしよう。それに知らない子供も増えてる……! 僕が魔物討伐している間に、住人が避難出来ていなかったなんて……どうしたら……!」 頭を抱えるのは、あの時、魔石を渡して勇敢に魔物討伐をしに行った、ユージンさんだった。 「ユージンさん! さっき、あの倉庫の中に、避難出来てない人が、三人いました!」 「ええっ!」 あの時頑張って魔物討伐してくれた、ユージンさんの判断なら、頼りになるかもしれない。あの三人が怪しい人なのかはわからない。魔物が来たことを知らない人だったら、教えてあげないと。ぼくたちはユージンさんの手を引っ張り、倉庫の方へと向かった。 「な、なるほど。魔物が来てることを知らない可能性がありますね。ま、任せてください。さ、先ほど予備の魔石を他の第二騎士団の方から受け取りました。何で持ってないんだと叱られましたが……。ともかく、一緒に避難してもらいましょう」 倉庫の近くでこっそり三人で話し合い。ユージンさんはポケットから魔石を取り出す。 「き、君たちも結界の範囲にいて下さいね。ぼ、僕に任せて下さい」 「はい」 「なんだか頼りねえなあ」 急いでシリルの口を塞ぐ。でも、大丈夫かな。ちょっとだけ心配だ。 「し、失礼ですね。先ほどの魔物だって、剣だけではなく、この魔道具を使いこなして、討伐しました。き、君たちにも僕の魔道具、見せてあげましょう」 ユージンさんが魔道具を見せてくれる。カッコいいな。本に載っていて、読んだ時から、ぼくも使ってみたいと思っていた。これは魔道具自体に魔力が入っているから、ぼくでも使えるのだ。 「かっこいい……」 「俺の家にもあったかも」 ユージンさんは自慢げに使い方を教えてくれた。ぼくもセリカを貯めて、買ってみたいなって思ったんだ。 ぼくたち二人は結界の範囲に入り、ユージンさんの後ろに並ぶ。 「後ろにいて下さいね」 「はい」 シリルもこくりと頷く。ユージンさんは倉庫の扉を丁寧にノックしてから、ドアを開けた。 「失礼します。こ、こちら避難区域に指定されています。魔石がありますので、安心してついて来て下さ……ええっ!?」 ユージンさんの叫び声に、ぼくたちは扉の隙間から様子を見てみる。無理やりこじ開けられた木箱が、床にいくつも転がっている。その前で、男たちはしゃがみ込み、宝石をひとつひとつ袋へと詰め込んでいる最中だった。赤や青に光る石がランプの灯りに反射して、きらきらと妖しく輝く。 「あ、あなたたち、今、指名手配中の窃盗団――」 「動くな」 低い声が背後から聞こえて、身体が硬直する。ぼくは肩を掴まれ、頭にコツンと何か当てられている。 「あ、アシェ……」 シリルが顔を真っ青にしてこちらを見ている。今当てられているものって、もしかして―― 「念の為見張っておいて正解だったな。魔物騒動を引き起こして、もぬけの殻になったところに忍び込めばバレねえと思ってたけど、まさか見られるとはなあ」 ぼくの背後にいる男の人は、魔法銃を突きつけていた。

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