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第5話

「おら! 大人しく倉庫に入りな。このガキの頭を吹き飛ばされたくなかったらな」 首に手を回されて、頭に魔法銃を突きつけられる。ぬいぐるみを持つ手が小さく震える。 「アシェ……」 「そ、その子は、関係ないので、離してあげて下さ……」 「早く入れ!」 男の人に怒鳴られて、ユージンさんとシリルは急いで倉庫に入る。中にいる男の人たちは、楽しそうにこちらを見ていた。 「人質の前では何もできないよなあ。滑稽だな。第二騎士団よ。さて、どうやって遊んでやろうかな。こんなぬいぐるみなんて持って。……ガキがよぉ!」 ぬいぐるみの頭を掴まれる。これは、ヴァルドさんがくれた物だ。 「や、やめて!」 ぬいぐるみを取られたくない。けどぬいぐるみを引きちぎられそうになって、思わず手を離してしまう。 「大人しく――っな!?」 ぬいぐるみの後ろに隠していた魔道具が見つかってしまった。 「アシェくん!」 ユージンさんの合図で作動させる。もし相手が悪い人だった場合、みんなに一つずつ魔道具を渡しておいて、使おうと相談していたのだ。 ぼくに渡されたこの魔道具は、対象者の視界を一定時間奪うものだ。スイッチを押す。 「えいっ」 「み、見えねえ!!」 宝石を袋に詰めていた男の人たちは、両手で顔を押さえている。 「シリルくん!」 ユージンさんの合図で、シリルは持っていた魔道具を発動させて、近くにいた宝石を詰めていた男の人たちの動きを止めた。 「く、クソ……っ!!」 魔法銃を突きつけていた男の人は、あまりの眩しさに目を覆った。手が緩んだので、急いで逃げ出す。しかし。何も視界が見えない中、男の人はぼくに向けて魔法銃を突きつけていた。 「や、やめろ!」 ユージンさんが剣を抜く。銃口が目の前に向けられて、怖くて動けない。う、撃たれ―― 「アシェ!!」 ザッと風を切る音がして、次の瞬間ぼくに向けられていた魔法銃が空高く飛ばされていた。男の人はそのまま蹴り飛ばされて、勢いよく倉庫の壁へとぶつかった。 そして、視線の先に立っていたのは――真っ黒い服に剣を携え、まるで本の中の英雄のような、ぼくの憧れの人。 ぼくはふわりと肩を抱かれて、そのまま胸元に身体を押し付けられる。無言でぎゅうっと抱かれて顔を上げる。陽だまりに似た、この安心する匂い―― 「ヴァルドさん……!」 「アシェ! 心配したぞ! なんでこんなところに……」 ヴァルドさんの腕に力強く抱きしめられる。温かさと安心感が一気に流れ込む。泣いちゃダメだ。ヴァルドさんを困らせてしまう。優しい人だから、きっと困ってしまう。ぼくなんか、心配、させちゃ―― 「ヴァルドさん。……ご、ごめんなさ……怖かっ……わ、あああん!!」 怖かった気持ちが一気に溢れてきて、ぼくは涙を抑えられずに、わあっと泣いてしまった。 胸元で泣きじゃくるアシェを強く抱きしめる。良かった。本当に。無事で良かった。何度も、アシェがここにいることを確認する。オレの方が、アシェが危険な目にあっていないか、不安で仕方がなかった。これほどまでにオレは、いつのまにかアシェのことを―― 「ヴァルドさんは、魔物倒して、怪我ない?」 「オレは平気だ。アシェは……」 涙をぼろぼろと流しているアシェの様子を確認する。しかしアシェの両腕は擦り傷と共に血が滲んでいた。 「? もう、痛くないよ」 「……治癒魔法をかけよう。一人にしてすまなかった」 「ううん。大丈夫だよ。ヴァルドさん、怪我なくて良かった!」 アシェはにこりと笑った。怖かっただろうに。それでも心配かけないよう健気に振る舞う姿は、なぜだか愛おしく思えた。しかし―― 「アシェ。教会に向かったはずのお前が、どうしてここにいるんだ?」 アシェは涙を拭き、辿々しく説明する。一緒に行動していた住人と離れたこと。子供の声が聞こえたので、そちらに一人で無謀に助けに行ったこと。怪しい三人組を見つけたこと。 「…………」 「ヴァルドさん?」 きょとんと首を傾げるアシェ。言いたいことは山ほどある。全員に。しかし何もわかっていないんだろうな。どれだけ危険を冒したのか。 「アシェは、オレとずっといたいんじゃなかったのか」 「ずっと一緒にいたい……」 俯きながら小さく答える。そう思っているなら尚のこと―― 「だったら、危険なことはしないでくれ! 心配したんだ」 「ご、ごめんなさい」 アシェはずっと抱きしめていたんだろう、くたびれたぬいぐるみを小さく抱きしめる。あの窃盗犯の男に引っ張られ、ぬいぐるみの首の部分が一部裂けて綿が飛び出ていた。 「ヴァルド・ノイシュタット! でもアシェは、俺のことを助けにきてくれたんだ。誰も気付いてくれなかったのに……」 初対面の子供にフルネームで呼ばれるとは。まあいい。倉庫内で座り込む少年に目を向ける。上等な服を着ているな。彼の上着に刺繍された紋章。あれは―― 「シリル。でも、一緒に行動してた住人の誰かに声をかければ良かった。ごめんなさい……」 助けを求める声を聞いて、放っておけなかったのだろう。今回は無事で良かったが、自身も大切にすべきだ。アシェは義母に大切にされていなかった。その影響か自身を大切に扱わない。あの日、義母達に言われた通りに行動し、オレに『殺して欲しい』と懇願した時のように。そんなことはもう、して欲しくはない。 「アシェは、オレにとって――第三騎士団にとっても、大切な存在なんだ。アシェに何かあったら、皆……悲しむ。それを、覚えておいてくれ」 「はい」 静かにこくりと頷くアシェ。反省しているようだ。 「ぼ、僕がちゃんと見ていなかったから、ご、ごめんなさい……!! 魔物を討伐しないと、って思ってしまい……」 突然謝罪し始めたのは、第二騎士団の男。ユージンといったか。目の前で土下座され、思わず眉をひそめる。 「全くだ。新米のようだが、焦りすぎだ! 第二騎士団にきちんと再教育してもらうんだな。……まあ全員、大きな怪我はないんだろ?」 アシェ、シリル、そしてユージンまでも頷く。 「じゃあいい。……オレだって、間違えることもある。今後気を付けろ。そして、二度と同じ間違いはするな。ともかく、まだここは危険だ。教会に移動するぞ」 「はい」 アシェの小さな手を握る。一人で不安の中、どうすればいいのか考え、行動したのだろうな。アシェの方をもう一度見る。ぬいぐるみをしっかり抱えて前を向く姿を見て、人目がなかったらもう一度、抱きしめてしまいそうだった。 第二騎士団のユージンは別の隊員を呼び、窃盗団は全員再度拘束され、連行された。アイツらが街に張り巡らされた魔石の一部を壊し、結界に穴を開けた。そして魔物を街に入れ、混乱に乗じて金品を盗もうと画策していたようだ。本来魔石は、そう簡単に壊れるものではない。 密売された特殊な器具で魔石を傷つけたようだ。その器具も今は没収され、密売ルートの出所を探ることになりそうだ。しかしあとは第二騎士団の管轄だ。窃盗団は、然るべき罰を受けるだろう。 「ユージンくん! あの指名手配中の窃盗団を、魔物騒動に惑わされずに捕まえるとは! 入隊したばかりにも関わらず、君の判断力、見事でしたよ」 「い、いや。ええと……」 ユージンは、第二騎士団のオスカー団長に称賛され、何故か助けを求めるような視線をこちらに送っていた。 「し、しかし、住人の方々を危険に晒してしまいましたし、評価して頂くなんて」 「何をいう。大手柄だ。それに魔物騒動も素早い判断のおかげで、街の被害はほとんどない。素晴らしい成果だよ」 「そ、それは、僕では……僕ではありません! 第三騎士団ヴァルド・ノイシュタット騎士団長です。彼が迅速な判断で、住人を危険から守って下さいました!」 オスカー団長がこちらを振り向く。本来、互いの管轄には踏み込むべきではない。 「……貴方のおかげで、被害は最小限に抑えられました。感謝します。本来なら、第二騎士団が迅速に対応すべきところでした。貴方の功績は称賛に値します。そして、第二騎士団の失態についても、責任をもって報告させていただきます」  オスカー団長に続き、ユージンまでもオレに頭を下げている。 「オレは今日、非番だった。第三騎士団かどうかは関係ない。護りたいものがあったから、剣を振るった。それだけだ」 オレの後ろにいるアシェの姿をちらりと見る。アシェも小さくお辞儀を返していた。 街にいた魔物は無事全て討伐され、安全が確認できたので、防御結界が再度展開されたようだ。一部破損箇所があるが、すぐにいつも通りに戻るだろう。教会にいた人々は徐々に街へと戻って行く。 「あ、アシェくん! ヴァルドさん! 無事で良かった!」 教会から出てきたのはアシェにぬいぐるみを売った店主だ。 「グラッツさん!」 アシェと話をしている。いつの間にか、仲良くなったようだ。アシェには人を引き寄せる何かがあるのかもしれないな。第三騎士団の希望の癒し担当だ。 「ヴァルドさん。そういえば、どうしてぼくの場所がわかったの?」 「あぁ」 アシェのぬいぐるみに括り付けてある、お守り袋をそっと手に取る。 「お守り袋にオレの魔力を入れておいたんだ。それの気配を追ったんだ」 「そうだったんだね」 アシェは嬉しそうにお守り袋を見ていた。また抱きしめそうになるが、ここには店主がいる。頭を撫でるに留めておく。 「良かったよ。アシェくんが無事で。魔除けのお守りのおかげだね。そうだ! このぬいぐるみが、あのヴァルド・ノイシュタット騎士団長の大切な子の命を救ったということにして、宣伝すれば大繁盛……」 「商売魂がたくましいのはいいが、過度な宣伝はやめておけ」 「わ、わかっていますよ」 困惑するグラッツを横目に、アシェは大事そうにぬいぐるみを抱きしめた。やはりうさぎが似合うな。 「あ、あのね。ヴァルドさん。……ほんとうはあの時、渡したかったんだけど」 アシェはポシェットの紙袋からお守り袋を取り出した。 「ヴァルドさんに魔除けのお守り。あの時、ぼくのセリカで、買ったんだ」 「……ありがとう。アシェ」 お守りを受け取る。アシェも購入してくれていたんだな。お守りには、金糸がきらりと光っていた。魔力など宿ってはいない。だがアシェの想いがこもっている――それだけで十分だった。 「シリル坊ちゃん! ご無事で何よりです!」 「ロ、ロバート……」 教会の方から出てきた、執事服を着たおじいさんに、シリルはぎゅっと抱きしめられていた。よく見ると同じ紋章が胸元に刺繍されている。 「シリル坊ちゃんにもしものことがあれば、私は、私は……!!」 「わ、悪かったよ」 「おや。珍しい……」 シリルはロバートさんからの抱擁から解放されて、ぼくの方にやってきた。 「アシェ。ありがとう。お前のおかげで助かった」 「ううん。ぼくも一人じゃなかったから頑張れたんだ」 思わずえへへ、と笑ってしまう。 「アシェ。俺、実は、アルベール財閥の跡取り息子なんだ!」 「そうなんだ」 アルベール財閥はよく分からないけど、きっと貴族様なんだと思う。シリルは髪や服がピシッとしていて、靴もピカピカだもの。 「アシェのこと、気に入った! 父さんに頼んで、うちの養子にしてやる!」 「え?」 「ヴァルド・ノイシュタットのとこじゃなくて、ウチに来い! 毎日美味しいご飯もおやつもある。毎日遊んで……勉強もちょっとする。なにより、アルベール財閥にいれば将来安泰だ!」 「坊ちゃん……そんな旦那様に聞かずに勝手に決めるなんて……」 ロバートさんがオロオロしている。逆にシリルは自信満々だ。 「ありがとうシリル。嬉しい。でもぼく――」 「すまないが、アシェは渡せない。彼はオレに――第三騎士団に必要な存在だ」 気付くとヴァルドさんがぼくの横に立っていた。ぼくはヴァルドさんのことを見上げて、シリルの方へと顔を向ける。 「ぼく、ヴァルドさんと一緒にいたい。第三騎士団の人たちの、力になりたいんだ。それがぼくのやりたいこと」 「こっちは将来安泰だぞ! それに騎士団なんて危ない。また今日みたいなことも……」 「それでも、ヴァルドさんと一緒がいい。ぼく、シリルと友達になりたいな。友達、いないから。だめかな?」 「友達……」 「友達になって下さい」 手を差し出す。ぼく、ずっとずっと、友達が欲しかったんだ。ヴァルドさんと出会ってから、いっぱい欲しい物が増えて、わがままになっちゃうな。 「俺のお願いを断って、逆に命令するなんて……。分かったよ。友達になってやる」 シリルはぼくの手を握り返してくれる。ぼくの初めての友達だ。 「ありがとう。よろしくね。シリル」 「よろしく。アシェ」 ぼくはこくりと頷く。 「良かったです。アシェ様ヴァルド様。この度はシリル坊ちゃんをお救い頂き、本当にありがとうございました。旦那様に代わりまして、お礼を申し上げます」 「ううん。ぼくは、何にもしていません」 「オレは魔物を討伐しただけだ」 「このご恩は必ず……!」 ロバートさん、シリルは深くお辞儀をして、去っていった。ぼくは手を振ると、シリルは小さく振り返してくれていた。 「行こうか、アシェ」 「うん」 ヴァルドさんの服の裾をちょっとだけ握る。ヴァルドさんがまた、ぼくのことを無言でぎゅっと胸元に抱きしめてくれた。もう一人じゃない。ヴァルドさんがここに居てくれる。そう思えてとても、嬉しかったんだ。 魔物騒動も落ち着きを取り戻してきたようだ。街の安全が確認されて教会に隠れていた住人達は、徐々に解放されていた。 「アシェ。約束通り、買い物の続きを……」 「うん……。いっぱい、みる……」 アシェの眼はとろんとしている。思わず抱き抱えると、ゆっくり目を閉じて寝息を立てていた。あんなことがあったんだ。疲れるに決まっている。一人で怖かっただろう。 「アシェ。すまなかった。またゆっくり来ような」 アシェに本を買ったり、アイスやクレープを食べさせたりしたかったが、またの機会にするか。またいつだって来られる。 「アシェくん寝ちゃったんですね。また来て下さい。良い物仕入れておきます!」 「あぁ」 露店の店主グラッツは深くお辞儀していた。帰りの馬車を呼ぶとするか。小さく軽い身体を強く抱きしめ、オレは帰路へと向かった。 頭の中がなんだかずっと、ゆらゆらと揺れていた。記憶がぼやっとしている。もしかして、今までの全部全部、夢?そんなの嫌だ。身体を起き上がらせようとする。ちょっとだけ身体が重い。でもぽかぽか温かい。目が覚めると、ここは――ヴァルドさんの部屋。ふかふかのベッドの上だ。 「ヴァルドさん?」 「……ん、アシェ。起きたのか。オレもいつの間にか眠っていたな」 重いと思っていたのはヴァルドさんの腕だったみたい。ぼくはいつの間にか、ヴァルドさんの腕の中に居た。ぎゅって抱きしめられている。なんでだろう。ふと枕元を見ると、ぼくのポシェットとぬいぐるみが置かれていた。夢じゃなかったんだって、ぬいぐるみたちを見て安心した。 「身体の傷を確認していたんだが平気そうだな。……アシェの身体が温かくてな、こちらまで眠ってしまった」 「そっかあ」 いっぱい魔物討伐してきっと疲れているんだ。ヴァルドさんの腕を両手で握る。抱きしめられるの、嬉しいな。温かくて気持ちまでぽかぽかするんだ。 「……ずっとこうしていたいものだな」 ヴァルドさんがすごく小さな声で呟いた。 「ぼくも」 「あんまりそういうことを言うな。起きれなくなるだろう……」 ヴァルドさんはゆっくりと身体を起き上がらせる。ヴァルドさんが言ったのに。変なの。ぼくも一緒に起き上がって、ぬいぐるみの方をチラリとみる。綿の飛び出てしまったぬいぐるみは後で直そう。大切な物だ。お裁縫は得意だ。よく穴の空いた服や鞄を縫っていたもの。 「帰りの馬車ではぐっすり寝ていたな」 「馬車からの景色、見れなかった」 いつのまにかぼくは眠っていたから、帰りの馬車の景色を見ることが出来なかった。それだけがちょっと残念。 「またいつでも行ける。その時は起きていたらいい」 「うん。ぼく、今日すごく、楽しかった。夢じゃなくて良かった。ぼくのこと、探してくれてありがとう」 「当たり前だろう」 「ぼくね、思ったんだ。――ヴァルドさんを支えられるようになりたいなって」 「気持ちは嬉しいが、アシェにはまだ難しいだろうな」 「ええ? わ、あ……っ!」 ヴァルドさんはゆらり、とぼくの方へやってきて再び抱きしめられてしまう。ヴァルドさんの身体を支えきれず、ぼくはベッドにまた転がってしまった。そういうことじゃないよ。力では敵わないもの。少しだけ睨みつけると、ヴァルドさんはぼくを見下ろして、くすりと笑っていた。 「そうだ。あのね、これ」 ベッドから身体を捩って、ヴァルドさんの包囲網から抜け出す。枕元に置かれたポシェットを手に取り、中から紙袋を取り出す。あの時購入した物。キラキラした飴玉が入った瓶だ。これには幸せになれるおまじないが入ってるって書いてあった。だからヴァルドさんや、みんなに渡したいって思ったんだ。 「幸せになれるおまじないの飴玉なんだって。ヴァルドさんに」 ヴァルドさんの大きな手のひらに、キラキラの包み紙に包まれた飴玉を一粒乗せる。ヴァルドさんは飴玉を見つめてから、ぼくの方を見た。頭に手を回されたと思うと、胸元に引き寄せられる。 「わ」 ヴァルドさんは最近ぎゅってするのが、お気に入りみたい。 「ありがとうアシェ。……愛おしいやつだな。本当に」 ヴァルドさんに背中を撫でられる。いとおし……? ぼくはヴァルドさんのことを見上げる。 「――これから、支えてくれよ。オレのこと」 「うん」 ヴァルドさんが――幸せになりますように。ぼくは心の中でこっそり願い事を唱えてみたのだった。 「わあ! おかえりっす! アシェくん! ヴァルドさん!」 「ただいま……! リオットさん」 アシェと共に医務室に向かうと、なぜか出迎えたのはリオットだった。ルシアンは軽く手を振っている。アシェは二人を探していたそうだ。 「君たちが居なくて、彼がうるさくてね。引き取ってもらえるかい?」 「それは大変だったな」 「ひどいっすルシアンさん、ヴァルドさん! 世間話をしてただけじゃないっすか! それより、聞きましたよ。魔物が出たって。無事で良かったっす! 心配したっすよ!」 「うん。でもねヴァルドさんが助けてくれたんだ。かっこよかった」 「さすがヴァルドさん。でも無茶しないで下さいっすよ。第二騎士団に任せておけば……って言いたいっすけど、魔物はかなりの量だったんすよね?」 「あぁ。被害を抑えるには、すぐにオレが出るしかなかった」 二人とも無事で良かったっすけど! とリオットは唸っている。するとアシェはリオットとルシアンの顔をきょろきょろと見回す。 「あ、あのね。リオットさん、ルシアンさん。これ、楽しかったから、えっと」 アシェはポシェットから紙袋を取り出す。透明な瓶に入った飴玉をリオットとルシアンに一つずつ渡した。 「ええ! いいんっすか!?」 リオットさんはカラフルな包み紙を眺めて大袈裟に喜んでいた。 「アシェくんからお土産なんて、自分泣きそうっす! ありがとうアシェくん」 「えへへ」 「別にいいのに。……ありがとね」 「ううん」 ルシアンは飴玉を受け取り、アシェの方をチラリと見ていた。今回の買物がアシェの楽しかった思い出になったのなら、なによりだ。 「アシェくん……決して口には出すまいと思ってたんっすけど、お土産を買ってきてくれるなんて……! なんて健気なんですか!」 「口に出てるよ」 アシェくんとヴァルドくんは、とっくに医務室から出て行った。どうやら別の人にもお土産を渡したいようだ。ついでにこの騒がしい彼も、連れて行って欲しかったけれど。 「ヴァルドさんがすっかり可愛がってますね。この第三騎士団の癒しの塊じゃないっすか? アシェくんは」 「知らないよ」 「またまた。ルシアンさんも内心嬉しいっすよね?」 「うるさいなあ」 僕は手に取った飴を、そっとポケットにしまった。 騎士団庁舎の端っこにある、作業小屋。ヴァルドさんに以前案内してもらった場所だ。今日はぼくが先頭だ。ヴァルドさんが後ろについてきてくれている。作業小屋から大きい音がしている。ノックをしても聞こえているか、わからないや。 「ザナックさん、いますか?」 扉を開けてみる。 「ん? アシェくんにヴァルドさん! どうしました?」 ザナックさんはふうと汗を拭き、どかりと大きな椅子に腰を下ろした。何か作ってたみたい。邪魔しちゃったかな。ザナックさんの作業小屋には武器の素材がたくさん置いてあり、加工する道具みたいなのもある。 「アシェが用事があるそうだ」 「あ、あのね……」 ザナックさんに、商業都市メルセバに行き、買ってきた飴玉を渡した。お腹いっぱいにはならないかもしれないけど、渡したかったんだ。 「おおっアシェくん……! ありがとう! そうだ俺からも渡したいものがあってな」 ザナックさんは近くに置いてあった小さな木の箱を手渡した。蓋を開けるように促されたので開けてみる。 「パズルだ……!」 中には木で出来たパズルのピースが入っていた。魔法で絵柄が印字されていた。 「試しに作ってみてな。上手くいったからアシェくんにやるよ」 パズルなんて初めてだ。レオン義兄さんはたくさん買ってもらってて、飽きて遊ばなくなっていたけど、ぼくには一度も渡してくれなかったもの。 「あ、ありがとう……!」 「良かったな。アシェ」 ふとヴァルドさんの胸元の徽章に埋め込まれた魔石が光っているのが見えた。あれは魔石通信だと教えてもらった。 「すまん。連絡だ。執務室に行く」 「はい。一緒に来てくれて、ありがとう。ヴァルドさん」 ヴァルドさんは少し微笑むと執務室へと向かった。ヴァルドさんは本当はとても忙しい。でもぼくと一緒に居てくれる。早く恩返しできるように、なりたいな。 今度は図書室に向かって、エレナさんとノーマン館長にお土産の飴玉を渡した。ぼくの元にはキラキラの空っぽの瓶だけが残った。何に使おうかな。 「無事、買い物ができたようじゃな」 「はい。ちょっとだけ、買えました。あとね、ヴァルドさんがこのポシェット……くれたんだ。とってもかっこいいんだよ」 肩から掛けていたポシェットをノーマン館長に見せる。 「似合っておるのう。やはりヴァルドくんは、アシェくんに色々渡したくて仕方ないようじゃのう」 「とっても素敵よ。アシェくん!」 思わずえへへと笑ってしまう。ぼくは騎士団でこんなに優しくされて、今までにないくらい、とっても幸せなんだ。そんなにたくさんもらっても、ぼくは何にも返せない。でも、ヴァルドさんはもう要らないよ。って言うと悲しそうな顔をするんだ。だからぼくは、全部ずっとずっと大事に使うって決めたんだ。ヴァルドさんがくれた藍色の万年筆を取り出す。ぼくは騎士団庁舎ではこれをよく持ち歩いてる。大切な宝物だ。 「今日の勉強は確か午後からだったのう。それまで好きに過ごしていておくれ」 「はい」 ノーマン館長は事務所に戻り、エレナさんは他の図書館を利用する人の案内をしていた。図書室の端っこで、ノートを広げる。文字の練習をしてから、ぼくは日記を書いている。日記には、商業都市メルセバのこと。シリルという友達が出来たこと。グラッツさんのこと。魔物が来たこと。ユージンさんのこと。そして――ヴァルドさんがかっこよかったこと。 へたっぴな字だけど、日記は書けた。この日記帳を楽しいことでたくさん、埋めていけたらいいな。 「アシェ」 図書館の扉が開く。ヴァルドさんだ。お話が終わって、探しにきてくれたのかな。日記帳を閉じてぼくは、ヴァルドさんの元へと向かったのだった。

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