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第9話
短編 とある日の健康診断
「しまった……」
誰にともなく言葉を発する。昨晩から魔道具の調整、団員のデータ整理、そして最後に手を伸ばした魔導書がいけなかった。読みふけってしまい――いつのまにか日が昇り、朝になってしまっていた。昼夜逆転することはよくあるのだが、今日は団員やアシェくんの健康診断の予定が入っている。身体を少し伸ばすが、ずっと同じ姿勢でいたせいか、パキリと骨が音を立てた。重たいまぶたをこじ開けるようにして、健康診断の用紙を確認する。そこにはげんなりとする名前が記入されていた。
「ルシアンさん! 健康診断お願いしまーす!」
「……」
いつも騒がしい男、リオットくんだった。アシェくんだったら、大人しいし、文句も言わないし、医務室の片付けまで手伝ってくれるし、やりやすかったのだが……。
「なんで無言なんですか? 今日は自分、いいことがあったんです! 朝食のベーコン、分厚いのが当たったんすよ! ヴァルドさんのベーコンの三倍の大きさ! すごくないっすか?」
「……」
ベーコン? ベーコンの厚さが三倍? 心底どうでもいい話だ。この話題に対する適切な回答例を教えてもらいたい。ヴァルドくんが無表情のまま『そうか』と言っている姿が目に浮かぶ。いや、無視したかもしれないな。
「はあ……。そんな話どうでもいいから、さっさと座ってくれる?」
「酷いっすねぇ! アシェくんだけっすよ。目を輝かせてくれたのは」
アシェくんにも見せびらかしたのだろうか。この男は。薄い板状の魔道具を彼の身体にかざす。昨晩、調整したから感度はバッチリだろう。効果が楽しみだ。
「些細なことで喜ぶことが出来て、幸せ者だねぇ」
「それが取り柄っすから!」
思わず軽い嫌味を口にするが、通用しない。まあそんなことは分かっていたから、冗談のひとつも言えるというものだ。まあ本心ではあるけども。彼の身体にかざした魔道具から数値が浮かび上がる。やはり探知速度が速く、精度も上がっている。満足のいく結果に、思わず笑みがこぼれた。
「お、笑顔! 今回こそいい結果でした?」
「ん? えっと、前回同様、酒を控えた方がいい。そのくらいかな」
「え! またですか!」
彼は騎士団でも屈指の酒好きだ。ジュースを飲むかのようにぐびぐび飲んでいる姿をたまに見かける。常にテンションが高いのは、そのせいなのだろうか。魔道具の数値を見る限り、脳に異常はきたしていないようだけども。その時控えめにノックの音が聞こえる。扉が開き、ノックの主は部屋に足を踏み入れる。
「ルシアン先生。こんにちは。ちょっとだけ、早くなっちゃった。だからね、今日、医務室のお掃除を――あ、リオットさんだぁ」
「アシェくん!」
ひらりと手を振るリオットくん。医務室の掃除をするために早く来てくれたのか。掃除はしてもらいたいが、今日はさっさと終わらせて一眠りしたい。
「リオットさんも健康診断だったんだね。その間お掃除しててもいいですか?」
「んー……。今日はまだ大丈夫」
「どこが大丈夫なんですか」
リオットくんが訝しげにこちらを見つめる。まだ足の踏み場はあるし、こうやって健診もできている。まあヴァルドくんには怒られそうだが。
「……ルシアン先生。眠い? ヴァルドさんと同じ、頑張ってる顔」
「本当っすね。ちゃんと寝てないんじゃないっすか?」
「……」
リオットくんにまで見られ、軽く目を背ける。視界に心配そうなアシェくんの姿が入る。僕の場合、自業自得ではあるからな。
「ぼく、ここに来てから元気いっぱいだから、大丈夫! だからね、健康診断終わったって言っておく!」
「……それはだめ。すぐ終わるから、座って?」
リオットくんをどかして、アシェくんを椅子に座らせる。ちょこんと座っている彼に魔道具をかざす。まだ食事が足りていないこと、必要な栄養素を伝えて、書類を記入する。これで今日の健診は終わりだ。徐々に回復してきているのは、ヴァルドくんのおかげだろう。
「分かりました。ありがとう。ルシアン先生……」
「うん。また明日、掃除しに来てくれるかい?」
「はあい!」
アシェくんはにこりと笑い、医務室を後にした。ぱたりと扉が閉まる。彼は毎日とても楽しそうだ。この後ヴァルドくんのところに行くのかもしれないな。
「ルシアンさん。ベッドまで運びましょうか?」
「……君、まだいたの?」
「親切で言ってるのに!」
軽く片手を上げて、騒ぐリオットくんを置いていく。白衣を脱ぎ捨てて、奥の部屋にあるベッドに横になる。今日の仕事はもうここまででいいだろうか。遠くでリオットくんが脱ぎ捨てた白衣について、言及する声が聞こえた気がした。
まあ何かあったら、起こしてくれるだろう。目を瞑って今日は少し、眠ることにする。
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