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其の漆

螢夜、拾った。 お勝手で作業していた後ろから申し訳なさそうな声が投げかけられる。 その主は灰色で、体はでかく目つきは悪いが根は優しい為によく動物を拾ってきた。傷付いた鼠や弱った兎、大きい物では狸など… またかと、返してきなさい。振り返りながらそう言った言葉が途中で消えた。 「…人か?」 「あぁ、熊か何かに襲われたみたいなんだ」 赤い物が未だぼたぼた石台に落ちていることに漸く気づいた。 「早く中へ――!」 ××× 額に掠り傷と右の眉から頬にかけての爪痕らしき数本の線。 胸元にもそれは出来ていた。 全てを隠すよう白い帯を巻き終え、布団を掛けた所で背から弱々しく声がかけられた。 「螢夜…大丈夫なのか?」 「あぁ、もう大丈夫」 ほっとした様子の灰色に彼の看病を頼めないだろうか?問いかけると強く頷いた。 どうすればいい? 隣に座る灰色に目が覚めるまでやることはないのだが、心配に見つめられそうだな…考えた。 「手、握ってやってくれないか。夕飯を作っているから、目が覚めたら呼んで欲しい」 「ん、分かった」 椋鳥が立つと其方にずれ、布団の中から擦り傷の出来た手を探り握った。 爪の伸びた無骨な手でそれ以上傷が出来ぬよう慎重に握る灰色に心が和らぐのを感じていた。 「此方で食べるのだろう?」 「あ…」 もうそんな時間かと、運ばれた食事により気付いた灰色。外は黄昏を過ぎようとしており、山の方から薄らと闇が降りてくる。 しかし事の少年は一向に目を開かずこのまま……と悪い方に考えは及んでしまう。 「お前が倒れたら意味がない。気を詰め過ぎるな」 「ん…、ぅ…」 「「!」」 聞こえてきた小さな呻き声に二人は横たわる彼をみやった。痛ましく眉を寄せながら包帯で隠れていない目をゆるりと開けた。 深い緑に青を足したような、しかし濁りの無い水晶が現れた。 「……ど、こ…、…っ!!」 「あっ」 螢夜と灰色を捉えた瞬間それは大きく開かれ次には逃げようと怯え出し二人から後退る。 灰色が繋いでいた手は寂しそうに布団に残された。 「ぁっ、はっ ごめんなさいごめんなさいごめんなさい、ごめんなさいっ…!」 「おーー」 「ひぃっ!」 がたがた震え続く彼に灰色が手を伸ばすと今度は水を玉にしてその目から幾つも落とす。 「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい…」 身体を縮め同じ言葉を繰り返す彼に螢夜は可笑しいと感じ始め、灰色の伸ばした腕に手を掛け下ろさせた。 「此処には、君の怖いものはないよ。肩の力を抜いてごらん」 「螢夜?」 「大丈夫、怖くないよ。怖いものはいない」 普段なら見ることなど無いほど柔らかな顔で話しかける螢夜。隣にいる灰色は怯えた彼の目から少しずつ恐怖が薄れていくように感じていた。 ほんとに…? 小さな声だったが確かに聞こえ、静かに頷く螢夜に習い灰色も必死に頷いた。 おずおずと手を、今度は掴むようにではなく下から平を見せて差し出した。 「こ、怖がらせて、すまない。手を、繋ぎたいだけなんだ」 「勇気を出して、此方においで…?」 「だ、だいじょうぶだ。怖いなら、目を瞑っているから。だから、手を…」 「ん?」 螢夜は何故目を瞑るのかと疑問に感じたが、必死な灰色に言うことはしなかった。 「あ…」 灰色を見つめていれば、さすすと布の擦れる音がし、気づけば灰色の中指は彼にちょこんと握られていた。 「ぇ…っ」 「ぁ…ぅ…」 緊張しながらもへちゃあと眉と目尻を下げた彼は少しばかり安心したようだ。 「な、名前、を、知りたいの、たが。俺は、鷹矢だ。お、まえは?」 「ぇっ、ぁぅっ…」 「人が多いと緊張するよね?俺は、螢夜です。向こうの仕度があるから、お二人でゆっくり話してて」 あっ、おお。 灰色は焦りながらも嬉しそうにしていた。 ぱたむっ、部屋を出た螢夜はまた食い口が増えるなぁ嬉しい悲鳴に口を三日月にした。 「ぁ、えと…螢夜は、家主で、俺も、ここに居候しているんだ。他に、のきぁと宵永と倖希が、いて、えっと…だから…その……」 「き、じろ…」 「ん?」 微かに聞こえた声は、自分のものでも先ほど出ていった螢夜のものでもない。だとすれば、一つ。 「きょ、じろ…」 「きょう?じろ…?」 「なまえ。きょう、じろう、です…」 小さくちいさく恥ずかしそうに泣きそうに振り絞った声は、確かに灰色の耳に届く。 きょうじろう 噛みしめるよう口の中で何度も繰り返し、覚える。 「きょうじろう、俺は、鷹矢だ。ほら、呼んでみろ」 荒っぽい言葉こそかけるものの、柔らかな語尾で、灰色は必死に仲良くなろうとしていた。彼、きょうじろうにもそれは伝わるのだ。 「たか、や、さん…?」 「あぁ、きょうじろう。もっと呼んでくれ」 「たか、や、さん…たかや、さん…たかやさん、たかやさんっ、たかっ…ゃっ、さぅ……」 ぼろぼろぼろ、鼻を赤くしたきょうじろうは大粒の涙を流して、震える指で必死に灰色の指先を握った。 こんなにも幼い体いっぱいに気を張り、怖くて辛かったのだろう。 「たかや、さっ…たかやさぅ……ふぅっ…」 「きょうじろう、辛かったな。ここなら、大丈夫だ。俺が、きょうじろうの怖いものぜーんぶ、追っ払ってやるから。守って、やるからな」 自らが手を伸ばすことはしなかったが、白くなるまで握る指を、灰色は愛しげにいつまでも見つめた。 (なんだ、白鼠かと思ったら人間か) (ひっ!) (のきぁ!?まだお前は早い!!) (はぁ?ここは俺の家でもあるんだぞ) (しろねずみ…どこ?) (ひゃきっ?!) (倖希、お腹が空いたなら先ずは俺に言いなさい) (ふひゃっ!!?) (おいっ、夕飯の仕度出来て―――って、なんで全員集合しているんだ?) ((何故って、新しい住人だろう?)) (顔を見るのは当然) (しろねずみ…) (くわらひぇるっっ) (その猫叉に餌をやってくれーーー!) ××××× きょうじろう(人間) 前の家で何かあった最年少。灰色になつく。 倖希が怖い。食べられるのではないかと思っている。

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