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其の捌※
煎茶をすすり、一息付いた杏二朗はふと、螢夜がいないことに気づいた。誰もいない居間は少し不安で、以前のことを思い出してしまうのだ。
ギシギシ、廊下を足で鳴らし探した。
ここにもいない、そこにもいない、歩き疲れ始めていた頃、声が聞こえた。
確か、ここはのきぁさんの部屋だったような…
そろりと襖の隙間から覗いて、それから、逃げ出した。
「の、きぁ…?」
スッと襖を見詰めていた彼に疑問を抱き螢夜は投げ掛けた。
「いや、白鼠が走っただけだ」
「しろ…?」
「なんでもない。それより、お前のここから白い汁を絞り出さんとなぁ?」
「ぁあーーっ」
話を反らしたな。思うも立ち上がり震えていたものを握られ上下に扱かれれば何も考えられなくなる。ゆるゆるともどかしく動かされ、桃色の上に座っているのもやっとの状態で、体を震わせた。
「ふぅっ、あっ…」
「たらたらと淫らに汁を溢して」
「や、だ…」
「何をいやと?こんなに私の指と腹を汚していると言うに。よいの間違いであろう?」
くすりくすり、笑う度に桃色の耳が揺れる。いつもと違いゆたりと時間をかけて行われる交わりに螢夜の体力は当に限界をむかえていた。
「ちが!んっ、ぁ…」
「さぁ早く動かんといつまでもこの状態が続くぞ?」
「はっ…むり…」
天を仰ぎ白い首をぬらりはたりと見せ、はぁ…喉仏を震わせた。その色気にぞく、と鳥肌が立った桃色は体を起こし螢夜の首に噛み付いた。
「ぁっ、いたっ…!」
「そう易々と私を誘うな」
「さそ…?」
「このままお前の全てを喰い付くすぞ」
吹き込まれる言葉に今度は椋鳥がぞくり、鳥肌を立てた。
「残さず食ってくれるなら…」
「ふっ、言われなくともっ」
椋鳥の細い腰を掴み桃色は愉快に口を歪めた。
××××
はっ、はっ…
あれは、前の殿方様と奥方様がされていた行為だ。
目が合ってしまった。怖い。どうしよう。
怒られる。どうしよう。ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい。
「ひゃわっっ!」
「あ。すまねえ、大丈夫か?」
夢中になって走っていると、曲がり角で灰色とぶつかってしまった。どんっと言う強い衝撃に耐えきれず、杏二朗は廊下に尻餅をついてしまう。
咄嗟の出来事にまた、灰色も助けることができず申し訳なさそうに手を差し出したのだ。
「ぁっ、ぁっ…ぅ…」
「ん?大丈夫か?」
「ひゃいろひっ!ぁでうっ!」
全く大丈夫ではなさそうなのだが、灰色は笑いを堪えきれずくつくつ声を漏らすと杏二朗を抱え上げた。何故なら、驚くと杏二朗は立てなくなるからだ。前にも同じことがあった。
「鷹矢ひゃん!??」
「くくっ、そんなに目を開いて。相変わらず面白い奴だ。まあ、丁度良かった。お前を探していたんだ」
「ぇ……?」
「ああ、誰もいなくて退屈でな。また、話し相手になってくれないか」
珍しく眉尻を下げて懇願する灰色。怯えなくなったとはいえ、まだまだ臆病な杏二朗にはこれが効くと最近分かったのだ。
「それで?杏はどうして走っていたんだ?」
部屋に着くなり自らの足の上に小さな杏二朗を乗せそんな質問をした。
「えっ!ぅ…、その、えっと…」
「言いにくいことか?」
「ぅ…ぁ…」
「ん?無理はするな。他のはなー…」
「けっ!けいや、さん、が…」
真っ赤になりながらすがるように灰色の着物を掴んだ。しかし、それ以上何も言わなくなり、うつ向き震えてしまう。
螢夜がどうしたのか、皆目検討も付かず灰色は杏二朗を唯々見つめた。
「螢夜がどうかしたか?」
「ぁ…ぅ…のきぁ、さん…の、を、に…」
顔を耳を首を、それこそ全身に赤が差していく。見えぬ話に困惑する灰色だったがふと、気が付いた。
あぁ、成る程。わかったぞ?
この昼間からあの二人は事を致しているのか。
羨ましいなぁ…?
「杏、あの二人…」
柔く頭を抱き寄せ杏二朗の耳元で囁いた。
昼間から致していたのだろう?抱える頭、耳をすりと撫でながら。
「ひゃぅぃっっ!」
途端、身体は飛びはね爪の先まで赤くした杏二朗。
ここまで反応するとは思ってもいない灰色は目を丸くして暫く様子を伺った。
「ぁ…あの…」
お。珍しいな。杏が話してきた。
どうした?先を促すよう尋ねれば目を泳がせて、それから、恥ずかしそうに呟いた。
「け、螢夜さんたちは、その…夫婦、なのですか?」
「ふっ…」
「ぁっ。鷹矢さん…?」
初で愛らしいなぁ、お前は。
杏の胸に頭を預け心の中でそう言って。
「奴らは男同士だが、夫婦と言うかも知れんな。長く連れ添っているし」
「そう、なんですか?」
「あぁ長いな。それに、螢夜からはあまり、人の匂いがしない」
「え…?」
「もしかすると、螢夜も人為らざるかもな」
いや、そうなった。の方が正しいのかも知れないな。執着強いあいつが何度も一人残って生きるなんて、しないだろ。
前の時は、仕方なかったからな…
「ぁった、鷹矢さん?」
「ん?あぁ、すまない。昔を思い出していた」
「むかし?」
「そう。俺たちにも杏や螢夜と同じで幼い頃があったんだ」
赤子の頃もあったんですか?
透き通る目が此方を向いていて、少し悪戯をしたくなった。
「あったぞ。宵永ものきぁも、俺も、乳を何度も吸っていた」
「あっ!鷹矢さん、…?」
着物の合わせに手を差し込み柔らかな胸をさらりと撫でた。
驚いた様子だが、嫌ではないように見受けられた。
「柔らかい肌だな」
「んっ、ふ…くすぐったいです」
「少し我慢してくれ。傷口を確認したい」
もっともらしい理由を付けて前を開いた。
傷は塞がり大分善くなっている。
「杏、知っているか?麒麟には吉を招く力があるんだ」
「きち?」
「あぁ、善いことがたくさん訪れることだ」
「鷹矢さん、すごい」
あぁ、だから……
そう言って羽織を畳みに敷くと杏をそこに寝かせた。
「杏の傷が早く善くなるように、してやる」
「ひゃっ!」
人より少し長い舌が口から覗いたかと思えば、お腹の辺りからずぅぅっと傷跡を登る。
ゆっくり、慎重に、三本の皮膚の引きつりを確認しながら舐めていく。
「ふ、ぅぅ…」
「大丈夫だから。力を抜いていろ」
「ぅ ぁ…たかやさっ…ふっ…」
「そう、いい子だ。手を繋いでいよう」
ぎゅうと握り締められた小さな手を取り、指を開いて重ねる。ぷくと柔らかいそれに触れるとどきりと胸が鳴った。
「可愛いな」
「かわい…?」
「あぁ可愛い。なぁ、俺は杏が好きだ。杏は俺のこと好きか?」
「えっ あっ、ぅ…た、鷹矢さんは、強くて、優しくて、かっこよくて…あの…その…だから…」
あぁ、成る程。と言うことは、憧れか何かか。
次に繋がるであろう言葉に少し残念そうにしながら続きを待つ。
「すきです…」
「!」
思わぬ返事に喜びのあまり杏二朗の胸に顔を埋め幸せを噛み締めた。
まるで犬のように頭を押し当ててくる灰色に杏二朗もまた、安心したように表情をゆるめた。
「杏が俺に、吉を招いてくれるのだな」
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