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第三章「事件の夜」第三話
雨は小降りになっていた。90㏄の原付バイクに、高校生が二人きり。いつもの見慣れた日常だった。荷物を減らしたバイクは、行きとは比べ物にならないほど軽快に走った。
背中に感じるのは、志季の重さと温もりだけだ。千切れんばかりに、春介の腰にしがみついていた。濡れた体がぴったり張り付く。鼓動が重なる。呼吸が交わる。背中に押し付けられた頬の柔らかさまで伝わった。額を濡らす雨が温かかった。
曲がりくねった峠道を下り、国道に入っていくつかの村を越えた。雨の音がバイクの走行音を掻き消した。世界はいまだ眠っていた。
ショートカットを試みて、峠道に入った。里山を越えて、集落へと至るルートだった。雑木林の間を縫って、緩やかな坂道が続く。トンネルを抜けたところで、エンジンが切れた。
オーバーヒートを起こしていた。いくらキックペダルを蹴り下ろしても、再びエンジンがかかることはなかった。
バイクは山の斜面に放置した。動かなくなった鉄の塊を押して歩けるほどの体力は残っていなかった。この先は歩いて帰るしかない。
緩やかな坂道が、蛇行を繰り返して続いている。吸い込まれそうな闇の中で、懐中電灯の明かりだけが頼りだった。
闇ばかりが濃い。物言わぬ針葉樹林が広がっている。死体を埋めたあの場所を彷彿とさせた。自然と速足になった。
日常が恐ろしく遠かった。どこまで進んでも、果てしない闇が広がっていた。このまま朝になるかと思われた。
懐中電灯が、馴染みのある風景を照らした。そこは、二人のかつての聖域。廃温室の秘密基地だった。
志季の足がそちらへ向いた。志季の行く手をライトで照らして、春介も斜面を登った。
足を踏み入れるのは五年ぶりだった。二人の聖域は、あの頃のまま、変わらずにそこにあった。
緑は少し濃くなっていた。建物の内部にまで、蔦が侵入していた。ビニールシートは死体を包むのに使ってしまったが、もう一度段ボールを敷き詰めて、毛布を重ね直せば、すっかりあの頃に戻ったようだった。
この場所で毎日過ごした。漫画を読み、おやつを食べ、虫を捕って、宿題もした。花火を持ち込んだこともある。線香花火を何本も。途中で飽きて、翌年に取っておくことにしたのに、翌日には使い切ってしまったのだった。
棚の上に、古いラジカセが残っていた。これでよく音楽を聞いていた。スイッチを押しても応答はない。さすがに電池が切れていた。叩いてみると、プラスチックの擦れる乾いた音がした。
志季は靴を脱ぎ、毛布の上へ横になった。春介もそこに腰を下ろす。見上げると、緑に覆われた天井が見える。あの柔らかい木漏れ日が、今にも降ってきそうだった。
指先が触れ、手が重なった。志季は春介の肩にもたれ、唇を寄せた。春介が僅かに顎を引くと、志季は静かにその距離を埋めた。
唇が重なる。軽く押し付けるようにして、輪郭を確かめる。舌先でなぞられると、渇いた唇が甘く湿った。こうなればもう止められなかった。
舌先を触れ合わせる。その甘さに舌が痺れる。もっと味わいたくなって、口腔内へと舌を滑り込ませる。熱く蕩けた唾液を纏わせ、互いの舌を絡め合う。
自然と体が傾いた。泥まみれのスニーカーを脱ぎ捨てて、春介は志季を押し倒した。上から覆い被さって、息もできないくらいに唇を貪った。唾液の糸が欲望を織り上げる。志季の指先は、春介の首筋に巻き付いている。汗ばむ熱が伝わってくる。
志季が微かに息を詰めた。触れた体が強張っている。春介の右手は、いつの間にか志季のシャツを捲り上げて、素肌に直接触れていた。白磁のように滑らかで、透き通った肌だった。すっと掌を滑らせると、志季は小さく身を捩る。
春介、と掠れる声で言った。震える手で、自らシャツの裾を握る。ゆっくりとたくし上げて、肌を見せた。潤んだ瞳が春介を見つめる。
もうたまらなかった。春介は志季の白い肌にしゃぶり付いた。どこもかしこも柔らかくて、いい匂いがした。全てを口内に収めたかった。甘噛みをして、薄い皮膚を吸い上げた。志季は胸を仰け反らせ、腰を浮かせた。
カチャカチャと金属の擦れる音がする。志季の手がベルトに伸びていた。春介は一旦体を起こす。シャツを脱ぎ捨て、デニムも下着も脱ぎ捨てた。志季も、着ていたジャージを脱ぎ捨てた。膝立ちになり、春介の下腹部にまたがった。
長年風雨に晒されて白く削れたガラス越しに、二人の男の影が重なる。時間をかけて、最奥まで密着した。一方の影が大きく跳ねる。もう一方が両手を伸ばし、その体を抱き支える。
ゆっくりと動き始めた。黒い影が上下に弾む。輪郭を隠すように伸ばされた髪が翻る。踊るように肢体がくねり、やがて弓なりに張り詰めた。痙攣の収まらない体が、今度は下から突き上げられて揺さぶられる。押し殺した嬌声が漏れ聞こえる。二つの影が、ぴったりと一つに溶け合った。
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