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2 決壊★
「んんっ……! やっ……んふぅっ……」
ベッドの上、蛍は伊月に組み伏せられ、その身体の下から抜け出ることができずにいた。
伊月は蛍の両腕をがっちり捉え、体重をのせたキスを執拗に繰り返してくる。顔を背けてもすぐに顎を掴んで戻された。
「伊月っ……やめっ……」
「やめない」
かすれた声で言ってまた唇をふさがれる。ざらついた舌が口の中の粘膜を、すべて触れ尽くそうというかのようになぞっていく。そのたびにぞわぞわとした感覚が全身に広がるのを、蛍は抑えられない。次第に頭はぼんやりしてきて、涙で視界がぼやけた。
(どうしよう……力が入らない……)
「なぁ、蛍。俺には最初から蛍だけが特別だったよ」
息を継ぐ間が与えられた。けれど伊月は蛍と額を合わせ、その力で頭を押さえ込みながら言う。
「蛍も同じだろ? 俺たち、一緒の気持ちだったろ?」
疑問形だが、答えはわかっているという口ぶりだ。普段より高くて細い、囁くような声。蛍には熱病者がうわごとを漏らしているように聞こえた。
そう、うわごとだ。伊月の幻想にしなくては。否定しなくては。
「違う、俺は──」
「好きなんだよ。ずっと。もうずっと」
(俺の言葉も聞けよ)
それともあえて邪魔をしたのか。伊月はまた口づけで蛍の声を奪いながら、身体に触れてきた。
パジャマ代わりのTシャツをめくり、右手が脇腹を撫でる。思わずビクッと震えたが、大きな掌は感触を味わうように腹や胸をまさぐった。
「あっ……触、んなっ……」
触れられたところから、冷たいのか熱いのかわからない波がじわじわと広がっていく。ますます力が抜けてしまう。
「蛍がいい。蛍しかいらない」
伊月は唇を頬から耳へと滑らせた。耳たぶを食んだ後、声を吹き込んで舌を這わせる。
「んぁっ……」
たまらないほどゾクゾクして腰が弾んだ。自分の弱い部分だと、蛍も知っている。
「ここ感じるんだ」
伊月も気づいたようで、わざと水音をたてるように舐めて舌先を差し込んできた。淫靡な水音が頭に響く。あっ、あっと小さな悲鳴をあげながら、蛍は身をよじった。
「だめ、やっ……」
「嫌だって言うなら逃げろよ。死に物狂いで拒んでみたら」
逆の耳を指先でくすぐりながら、伊月はべろりと首筋を舐めた。そのまま唇を下げていく。
「蹴れば、殴れば? 武器使ってもいいよ。ほら、そこの時計とか」
「そんなっ、こと……あっ……」
暴力なんて振るえるわけがない。たとえ自分が暴力的に拘束されていようとも、伊月の肉体を傷つける度胸は、蛍にはなかった。
いい兄でいたいのだ。その思いにどうしてもしがみついてしまう。
「できないなら諦めなよ」
身体を起こした伊月が、蛍のシャツの裾を大きくたくし上げた。何をされるのかと考える余裕もなく、再び覆い被さってきて蛍の胸に顔をうずめる。片方の尖りを口に含まれた。
「あっ」
また鋭い声を発してしまう。そこはすでに立ち上がり、硬く芯を持っていた。
舌で転がし、吸って、軽く歯を立てられる。それだけでなく、逆側を指先で弄び始めた。
「あぁっ! はっ……」
こんなに敏感な部分を攻められたら、快感を逃がしようがない。もう全身がどうしようもないほどに火照り、視界は熱と涙で歪んで見えた。
「……感じやすい身体してんだな」
伊月がぼそっと呟く。不機嫌な声だった。
(なんで、怒って……?)
ふやけそうになっている脳でぼんやりと疑問を抱くが、胸の位置にある伊月の顔は見えない。
「逃げないでいてくれたら、全部俺が……」
口での愛撫を続けながら、かすれた声を漏らす。カリッと強めに噛まれて目の前に光がチラついたが、直後、それ以上の刺激を下半身に感じた。脚の間で緩く勃ち上がったものを、伊月はスウェットの上から遠慮なく握り込んでくる。
「駄目だっ、そこは……!」
(どこまでするつもりなんだ?)
今更ながらにそう思い、急激に焦燥が高まった。どこかでまだ、最悪のラインは超えてこないという甘い希望を持っていたのかもしれない。伊月がどれだけ実直で純粋な人間かを、自分は誰より知っている。だから持てた希望だ。けれど行為はどんどん引き返せないほうへ進んでいる。
「無理だって」
顔を上げた伊月とようやく目が合った。しかし、告げられた言葉は蛍の期待を打ち砕く。
「俺はずっと兄貴しか見てなかった。他に欲しいもんなんか何もない。あんたがいてくれればそれでよかった」
切なげに目をすがめて話し続ける伊月。その手がためらいなく、スウェットと下着をまとめてずり下げ昂ぶりへじかに触れた。
「やぁっ、あぁっ!」
ものの数回上下に扱かれただけで、それは硬度を増して痛いほどに張り詰める。これまでとは比べ物にならない直接的な快感に肌が粟立ち、震えた。
「けど逃げられて、9年待ったんだよ。もうこれ以上待たない。絶対に手に入れる」
「ひっ、あぁっ……、だ、めっ……やぁっ……!」
擦る音にクチュクチュと濡れた響きが混じり始めた。堪え切れない快楽が雫となって滴っている。羞恥で顔が熱い。無様な表情をしているだろう自分を、伊月が見下ろしていた。
「気持ちいい?」
「っ……」
耐えられなくて顔を背ける。けれど伊月は身体を傾け、向いた先に回り込んできた。顔が近づいてきて、伊月も汗ばんでいるのに気づく。深く唇を重ねられ、舌が絡み合った。今はもうそれも下半身の疼きに直結し、下腹部がヒクヒクと痙攣してしまう。
「んんっ、んっ……ふぅっ……」
伊月の指は巧みに動き続けていた。敏感な裏側を擦り、くびれをなぞっていく。
「はぁ、んんっ……ぁっ……!」
「ハ、声エロ……」
目尻に溜まった涙を伊月の舌が舐め取った。
「その顔も、声も、すげーくる。頭おかしくなりそうだわ」
おかしくなりそうなのはこっちだ。もう逃がしてほしいと思うが、それがやめてほしいという意味なのか、熱を放出させてほしいという意味なのか自分でもわからない。
「そろそろ出したい?」
妙に甘く囁きながら、伊月は鈴口を親指の腹でぐっと刺激した。
「んあぁっ!」
(やばい、もう……っ)
限界が迫っている。伊月がニヤリと口角を上げるのが、涙で幕の張った視界の先に映った。
「いけよ。俺の手でいって」
「んぁぁ……はぁっ、んっ……、あっ、あああっ!」
導くように手を速められ、否応なく高みに引き上げられる。首を反らせて、蛍は弾ける欲望に身を任せた。激しく暴れる心臓に胸を喘がせる。熱い滴がぽたぽたと腹に落ちた。
「……可愛い」
伊月は再び、涙を吸い取るように頬へキスをした。蛍の頭は痺れ、思考が定まらない。
弛緩する身体が重く、もう全部夢だと思って眠ってしまいたいとすら思った。
だがやがて、そんなことは許されないと気づく。伊月の指が蛍の放った精液を掬い、後ろに回った。
「待っ……!」
瞬時に頭が冷え、蛍は気力を奮い起こして動いた。身体を反転させ、四つん這いのような体勢で逃げようとする。
だが、無理だった。後ろから容赦なく腰に腕が回ってきて、もう一方の手は再度後孔へと伸びる。
「手に入れるって言っただろ」
「駄目だ、伊月! それだけは……!」
首を捻って、背後で膝立ちしている伊月を見上げた。ギラギラと光る目で自分を見て、伊月も少し息を弾ませている。つまらない皮肉を聞いたように片方の唇を持ち上げた。
「また『駄目』? いいとか駄目とか誰が決めるんだよ。俺にはこれが正解なんだ」
吐き出すように言って腰を折り、蛍の背中に覆い被さってくる。右手は窄まりにあてがったまま、後ろから蛍の肩に顎を載せた。左の耳に、焦れた声が吹き込まれる。
「俺は離れたくないって言った。それを聞いてくれなかったのは兄貴だろ? だから俺も聞かないよ」
「うっ……あっ、あぁっ……」
ヒダにたっぷりとぬめった液を塗り込め、しばらくそこをほぐしてから指が中へと侵入してきた。それだけでも、もだえるような刺激に腰が砕ける。けれど伊月の腕に支えられ、尻を突き出した体勢から動くこともできない。
「ふっ、あっぁ、あんっ」
「ここも柔らかい気がする」
指を2本に増やし、関節を折り曲げて中を探りながら伊月が低く呟いた。
「っ……なに、言って……」
「こんな簡単に指入るもん? 使ってるよな、ここ」
蛍は俯いた。その反応で察したのか、伊月はぐっと指を深めてくる。
「そういう相手いるんだ?」
ぐちぐちと中を擦りながら苛立ちをあらわに聞かれる。ひどく敏感な場所をかすめてひっと喉が鳴りそうになったが、下唇を噛んでぎりぎり耐えた。伊月は答えろよ、と言うように動きを複雑なものにする。
「あぅっ! はぁっ……あっ」
喘ぎの後で、蛍は「身体だけの関係の人は」と答えた。
「……そう。恋人じゃないんだな」
「ちが、う……」
「相手、どうやって見つけんの」
「……俺は、アプリで」
恋愛など、できるともしたいとも思っていない。しかしこんな自分にも性欲や人肌恋しくなる夜はある。そういう時だけ後腐れのない相手を探していた。一回きりの相手もいれば、続く時もある。今の相手は割と長く続いているが、会うのは月に数回程度。互いに割り切っていて、恋人ではない。
「あっそ」
はぁっと、大きな息と共に話を切り上げて、伊月は指をさらに増やした。節くれだった3本の指が無遠慮に内壁を擦り、孔を広げていく。弱いところも探り当てられ、しばらくの間、蛍は涙をこぼしながら喘がされた。前もまた勃ち上がり、シーツの上に透明な蜜を落としている。
(どうしよう。どうしたらいいんだ)
理性も思考も焼き切れそうで、もう幼子のようにそんなことしか考えられない。何を話せばこの時間を終えられるだろう。
その時、ズチュッと音を立てて指が抜かれた。ビクンと反応しながらも、蛍は恐々と振り返る。伊月が自身の下着を下ろし、さらけ出したものを蛍にあてがおうとしていた。
(無理だ)
蛍は目を見張り、ふるふると首を振る。涙が頬を滑り落ちたが、構っていられない。
「本当に駄目だ、伊月」
(最後までしたらもう、取り返しがつかなくなる)
「……泣き落としなんか通用しないよ。俺だって何度も泣いた」
(わかったよ。それはもう、ちゃんとわかった)
自分がどれだけ伊月を傷つけ、思い詰めさせてしまったのか。大切な弟に対し、蛍も取り返しがつかないほどひどいことをしたのかもしれない。
だからといって、道を外れたことを重ねてはどこまでも堕ちていくしかなくなる。
「お願い、許してっ……」
ぐっと押し付けられて必死に叫んだ。伊月の眉間に深いしわが寄る。
「……クソッ」
わずかに腰を引いた伊月は、当てていたものの位置を下げた。蛍の太股の間に差し入れ、両手で外から内側へと脚を押さえてくる。
「しっかり閉じといて」
「あ……」
閉じた股の下、蛍のものと擦れ合う位置で伊月の熱が動き始めた。
「あんたはずるいよ。ずるすぎる」
律動を加速させながら、荒い息に声が混じる。泣いているかのように震えていた。
「……ごめ、んっ……」
心臓が引き裂かれるようだと思う。伊月の言う通りだ。自分はずるくて弱い。拒んでおきながら、互いの熱が擦れ合う快感と高揚もやり過ごせない。肌で感じる伊月の劣情に、新たな高みが口を開ける。なんて浅ましいのだろう。
「はぁっ、んっ……あぁっ……」
「っ……ヤバ……蛍の身体、熱っ……」
前傾して接触を深めながら、伊月は右腕を回して二人のものを包むように手を添えた。脚と掌で先端から根本まで、あますことなく刺激されて死ぬかと思う。
「ひ、んっ……それっ……」
「……いいだろ?」
「やだっ……やぁっ……」
「挿れてないのにそんな感じんの……? またすぐいきそうじゃんっ……」
「んっ……やぁ……言う、なっ……」
指摘されるまでもなく、今にも爆発させてしまいそうだ。
「待って、顔見せて」
伊月の左手が頬に添えられ、クイと横向かされた。覆い被さった伊月はやや無理のある角度で強引にキスしてくる。たっぷり数秒口腔を翻弄して離れると、目の前で苦しげに笑った。
「蛍、好きだよ。好き」
「伊月……」
身体の内側の深いところで、何かが溶けていく気がした。
──俺だって。こんなにも。
たった一人の特別な存在だった。会えない年月を隔てようが、それは変わらない。揺るぎようがない。
「あっ……ムリ、もうっ……」
狂おしく腰を進められ、まぶたの裏に白い光が瞬く。
「っ……! 俺も、いくっ……」
「あ、ああっ、んっ……あああっ──……!」
ほとんど同時に、二人で欲を吐き出した。はぁはぁと息を乱しながら吐精しきると、もう身体を支える力もなくベッドに倒れ込む。伊月も蛍の隣に、同じように横たわった。
「蛍……」
伸びてきた腕が後頭部を引き寄せ、唇を合わせる。これまでとは違う、深いが優しさのあるキスだった。
「覚えといて。心も身体も、全部俺だけのものにするから」
蛍は何も答えられない。倦怠感の沼にずぶずぶとのまれ、今はすべてが億劫で遠かった。
逃避でしかないとわかっている。それでも今は休ませてほしいと、目を閉じた。
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