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4 変化③
●〇●〇
「今日はありがとうございました。……色々とすみません」
自宅マンション近くの路上で、蛍は堀野の車を降りた。食事を奢り、自分は酒を飲まずにこうして送ってもくれている。申し訳なさで少し気まずい。
「気にしないで。サプライズは俺が勝手にやったことだし」
堀野のほうは運転席から変わらぬ笑顔を向けている。
「じゃあまた、いつでも連絡してきて」
「……はい」
蛍は助手席のドアを閉め、最後にもう一度軽く頭を下げて、走り去る車を見送った。
「兄貴」
歩き出そうとした時、背後から呼び掛けられて弾かれたように振り返る。
「伊月!? え、なんでこんなところに……!?」
(駅とは反対方向に停めてもらったのに)
時刻は20時過ぎ。伊月の帰宅とぶつかるかもしれないことを考え、道を選んだ。伊月はスーツ姿だ。仕事帰りなら、ここを通るはずはない。
「この先のリカーショップ行ってたんだよ。ワイン買いたくて」
話しながら近づいてくる伊月の表情は険しい。
「ワイン……?」
右手にはたしかに、ワインボトルの入った細長い紙袋を提げていた。そういえばこの辺で一番品揃えのいい酒屋は、駅前よりもこちら側にある店だったかと思い出す。わざわざ家を通り過ぎて行ったということか。
「なんで……」
「今日リリース日だったんだろ」
低い声で言い、伊月は蛍の腕を掴んだ。そのまま強く引いて歩き出す。
「ちょっ、伊月、痛いっ……」
食い込む指の痛さに思わず顔が歪むが、伊月は振り返ることなくどんどん歩いていく。自宅マンションに着いたが、エレベーターの中でも離してもらえない。眉間にしわを刻み、唇を引き結んで黙り込む伊月に、蛍もそれ以上抗議できなかった。
明らかに怒っている。結局部屋に着くまでそのままで、伊月は荒い動作で鍵を開けて中に入ると、靴も脱がない状態で蛍の肩を壁に押さえつけた。
「あいつがセフレ?」
獣を狩るような目で見降ろし、怒りを滲ませた声が聞いてくる。その冷たさに、蛍はぞくりと身を硬くした。
(……恭一さんも見られたのか)
言い訳など通用しないだろう。知れば、伊月がよく思わないだろうことも予想はついていた。それでも、想像以上に冷えた眼差しを受けて足がすくむ。
「仕事一段落した日にさっそくデートか。シてきたんだ?」
意地悪い笑みを唇の端に浮かべて、伊月は荷物を置くと空いた手で蛍の頬に触れた。輪郭を確かめるように何度か撫で、最後に顎の位置で止まるとグイッと掴んで持ち上げる。
「俺よりあいつなのかよ」
「っ……」
今にも噛み付かれそうな威圧感に、肺の空気がすべて奪われていくような錯覚を覚えた。呼吸をしようとしても苦しい。でも、何か言わなければ。委縮しているだけでは伊月をもっと怒らせる。
「や、約束してたわけじゃないんだ。彼も今日で仕事が落ち着くって知ってて、会社を出たら迎えに来てくれてて……」
「あいつ優先したのには変わりないだろ」
それがなければまっすぐ帰ってくるつもりだったと話そうとしたが、その前に一蹴されてしまった。事実なので返す言葉もない。
(夜には帰るつもりだったし、実際帰ってきたけど……そうだよな。別に断ることもできた。だけど俺は……)
堀野ではなく伊月を選ぶことにためらい、そうしなかった。
「来て」
「あっ」
再び乱暴に腕を掴んで、伊月は蛍を廊下沿いの自室に引き入れる。突き飛ばすようにベッドへ仰向きに倒された。身じろぐ間もなく、続けて伊月が覆い被さってくる。
「こんなことされるなら待たなきゃよかった」
ジャケットを脱ぎ捨てながら自分を見下ろす瞳は昏く濡れていて、蛍は悟った。
この伊月からは、きっと逃れられない。
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