7 / 10
「お客さんみんなじゃなくて、……桃ちゃんだから」
好きだ、大好きだって言えないまま、俺は大事な人と離れてしまった。
伝えたら相手がどう思うか、今のこの関係が壊れるかもしれない。
そんなことばかり考えているうちに、大学を卒業して、結局何もできなかった。
俺の元に残ったのは、後悔だけ。
次は、自分の気持ちを抑えない。
好きなら、好きだと伝える。
もう二度と、大切な人を自分から手放さない、そう決めたんだ。
——それから三年、やっと実践するときが来た。
桃ちゃん。
俺は、桃ちゃんの頭に「……え?」って大きなハテナが浮かんでいるのを見るたびに、不安になるんだよ。
……やり方、合ってんのかなぁ……って。
「もし時間あったら、俺の家でコーヒー飲まない?」
「え⁈ 家ですか? 泉さんの?」
……がっつり動揺してしまった。
「うん。コーヒー、飲みたくない?」
「飲みたいです! 泉さんのコーヒー、飲みたいと思ってました」
大学から駅まで歩いてるときに、ちょうどそう思ってた。迷いなく言ってから、そのまま本人に伝えられたことに驚いた。
……泉さんにだから、素直に伝えられたんだろうな。
僕の返答が面白かったのか、泉さんは、
「あはは! オッケー。」と笑い、
僕の頭にぽふっと優しく手を置いた。
「じゃあ、行こ」
と前を歩き、改札へ入って行った。
泉さんの大きな手から感じた温もりが、そのまま自分の頬へと伝染したような感覚だった。
その頬を冷たい手の甲で抑える。
泉さんの家は電車で四駅先だったので、割とすぐ着いたけど、駅に降りてからは十五分ぐらい歩いた。マンションの前に着いて、エレベーターの到着を待っているときに質問してみた。
「駅からちょっと歩くから、普段は車使ってるんですか?」
「そうそう。しかも俺、雨男だから、いつもタイミング悪く降られるの」
雨男を認めているのが潔くて、なんだか可愛く感じた。
「僕、晴れ男ですよ」
「たしかに、桃ちゃんが店来た日って、雨降ってたことってないね」
「でしょ」
と得意げな顔をしてみると、
「じゃあ、大事なときのために力、温存しててね」
と、泉さんは言った。……大事なとき……か。
泉さんの部屋は、お店と同じ雰囲気だった。
白い壁、優しい木製のインテリア、枝もののドライフラワー。
「適当に座ってて」
泉さんはカウンターキッチンから優しく声をかけてくれた。カバンを床に置き、ソファの前のラグに体育座りをした。
……やっぱり、初めて来たとは思えないほど落ち着くな。
「お店のインテリアと似てますね」
「あ、分かる? 俺、こういうのが好きで、店の内装も俺の趣味詰め込んだ」
「そうなんですね。すごく、落ち着きます」
「ふふ、嬉しいな」と、満足そうな顔をしていた。
少しすると、泉さんが「お待たせー」と言いながら、淡い桃色のマグカップに入ったコーヒーと、パウンドケーキを運んできてくれた。
「これ、りんごとさつまいもの米粉パウンドケーキ。店にも出そうと思ってて、昨日の夜に試作したから食べてみて」
「ありがとうございます。いただきます」
今日のコーヒーには少しスパイスのような風味を感じた。落ち着いた僕の気分に、心地よい刺激を与えてくれるような……なんかそんな感じ。
パウンドケーキも一口食べてみる。
優しくほっこりした甘さとコーヒーとのバランスが良かった。
「……美味しいです。コーヒーはスパイシーで、パウンドケーキは優しい甘さで、すごく好きです」
「ほんと? よかったー。桃ちゃんにそう言ってもらえたら、自信持って店に出せるわ」
泉さんは嬉しそうにそう言って、青緑色のマグカップに入ったコーヒーを一口飲んだ。
「……泉さんってすごいです。お客さんの気持ちが分かるみたいに、作ったものでこんな温かい気持ちにさせられる。魔法みたいですね」
「なんか照れるわ。……でも、お客さんの気持ちとか別に分かんないよ?」
「いやでも前に、泉さん、『顔見れば分かる』って……」
「あー! それは、お客さんみんなって意味じゃなくて、……桃ちゃんだから」
……僕が分かりやすいってこと……?
僕の桃色のマグカップと、泉さんの青緑色のマグカップが並んでいる。
この二色って意外と調和するんだな、そんなことをぼんやりと考えていた。
ともだちにシェアしよう!

