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「お客さんみんなじゃなくて、……桃ちゃんだから」

 好きだ、大好きだって言えないまま、俺は大事な人と離れてしまった。  伝えたら相手がどう思うか、今のこの関係が壊れるかもしれない。  そんなことばかり考えているうちに、大学を卒業して、結局何もできなかった。  俺の元に残ったのは、後悔だけ。    次は、自分の気持ちを抑えない。  好きなら、好きだと伝える。  もう二度と、大切な人を自分から手放さない、そう決めたんだ。  ——それから三年、やっと実践するときが来た。  桃ちゃん。    俺は、桃ちゃんの頭に「……え?」って大きなハテナが浮かんでいるのを見るたびに、不安になるんだよ。  ……やり方、合ってんのかなぁ……って。   「もし時間あったら、俺の家でコーヒー飲まない?」 「え⁈ 家ですか? 泉さんの?」  ……がっつり動揺してしまった。   「うん。コーヒー、飲みたくない?」 「飲みたいです! 泉さんのコーヒー、飲みたいと思ってました」  大学から駅まで歩いてるときに、ちょうどそう思ってた。迷いなく言ってから、そのまま本人に伝えられたことに驚いた。  ……泉さんにだから、素直に伝えられたんだろうな。  僕の返答が面白かったのか、泉さんは、 「あはは! オッケー。」と笑い、  僕の頭にぽふっと優しく手を置いた。 「じゃあ、行こ」  と前を歩き、改札へ入って行った。  泉さんの大きな手から感じた温もりが、そのまま自分の頬へと伝染したような感覚だった。  その頬を冷たい手の甲で抑える。  泉さんの家は電車で四駅先だったので、割とすぐ着いたけど、駅に降りてからは十五分ぐらい歩いた。マンションの前に着いて、エレベーターの到着を待っているときに質問してみた。 「駅からちょっと歩くから、普段は車使ってるんですか?」 「そうそう。しかも俺、雨男だから、いつもタイミング悪く降られるの」  雨男を認めているのが潔くて、なんだか可愛く感じた。 「僕、晴れ男ですよ」 「たしかに、桃ちゃんが店来た日って、雨降ってたことってないね」 「でしょ」  と得意げな顔をしてみると、 「じゃあ、大事なときのために力、温存しててね」  と、泉さんは言った。……大事なとき……か。    泉さんの部屋は、お店と同じ雰囲気だった。  白い壁、優しい木製のインテリア、枝もののドライフラワー。 「適当に座ってて」  泉さんはカウンターキッチンから優しく声をかけてくれた。カバンを床に置き、ソファの前のラグに体育座りをした。  ……やっぱり、初めて来たとは思えないほど落ち着くな。 「お店のインテリアと似てますね」 「あ、分かる? 俺、こういうのが好きで、店の内装も俺の趣味詰め込んだ」 「そうなんですね。すごく、落ち着きます」 「ふふ、嬉しいな」と、満足そうな顔をしていた。  少しすると、泉さんが「お待たせー」と言いながら、淡い桃色のマグカップに入ったコーヒーと、パウンドケーキを運んできてくれた。 「これ、りんごとさつまいもの米粉パウンドケーキ。店にも出そうと思ってて、昨日の夜に試作したから食べてみて」 「ありがとうございます。いただきます」  今日のコーヒーには少しスパイスのような風味を感じた。落ち着いた僕の気分に、心地よい刺激を与えてくれるような……なんかそんな感じ。  パウンドケーキも一口食べてみる。  優しくほっこりした甘さとコーヒーとのバランスが良かった。 「……美味しいです。コーヒーはスパイシーで、パウンドケーキは優しい甘さで、すごく好きです」 「ほんと? よかったー。桃ちゃんにそう言ってもらえたら、自信持って店に出せるわ」  泉さんは嬉しそうにそう言って、青緑色のマグカップに入ったコーヒーを一口飲んだ。   「……泉さんってすごいです。お客さんの気持ちが分かるみたいに、作ったものでこんな温かい気持ちにさせられる。魔法みたいですね」 「なんか照れるわ。……でも、お客さんの気持ちとか別に分かんないよ?」 「いやでも前に、泉さん、『顔見れば分かる』って……」   「あー! それは、お客さんみんなって意味じゃなくて、……桃ちゃんだから」  ……僕が分かりやすいってこと……?  僕の桃色のマグカップと、泉さんの青緑色のマグカップが並んでいる。  この二色って意外と調和するんだな、そんなことをぼんやりと考えていた。

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