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「隣にいてほしい」
「あ……また頭にハテナ浮かんでる」と、泉さんが笑う。
「え⁈ またって?」
「俺が言ったことに対して、え……? って思うこと、今まで何度もあったでしょ」
「……あ、はい。……僕、なんか察しが悪いタイプみたいで……。ごめんなさい」
「いや、桃ちゃんが謝ることじゃないから。それに、俺、そういう桃ちゃん、好きだよ」
また、最後に難しいこと言われてしまった。
それから帰るまでに、他愛もない会話をしたが、正直あんまり覚えてない。
——『俺、そういう桃ちゃん、好きだよ』
この言葉の意味を、ちゃんと理解したいって思った。
卒論も随分と見通しが立ってきて、切羽詰まりながら大学に通うということもなくなってきた。
ゼミ終わり、教授に質問をしている牧を待ち伏せした。
「お、びっくりした。どうしたん?」
「ちょっと聞いてほしいことがあって……」
牧は承諾してくれて、コンビニで買ったおにぎりを中庭で食べながら、この間、泉さんの家で言われたことがどういう意味なのか聞いた。
「そんなん……私が説明したところで意味ないやろ」
と、牧は笑った。
「そう言うと思ってた……」
「思ってて聞いたんかい!」
「うん、本人に聞けとか言われるんだろうなって……。でも、怖いんだよ。その好きって、どういう意味ですかって聞くの」
「まぁ、それも分かるけどな。……でも、泉さんも怖い気持ち、多少あるんちゃうかな。桃田にどう受け取られてるか、分からんわけやし」
……そうなのかな。聞いた方がいいのかな。
「そもそもさ、桃田はどう思ってんの、泉さんのこと」
「どうって……」
「女性店員さんと二人で仲良さそうに歩いてんの見て、何感じたん? そういう桃田が好きって言われて、どう思ったん?」と、僕に投げかけたあと、
「それ、じっくり考えたら分かるんちゃう? ……じゃ、また来週なー」と、牧は帰って行った。
牧と話したあと、僕の足は泉さんの店へと向かっていた。店内に入ると、カウンターには石井さんしかいなかった。
「……こんにちは」
覚えてもらえてるのかな、と不安になりながらもそう挨拶すると、石井さんはパッと顔を輝かせて、
「桃田さん! いらっしゃいませ!」と、元気に言ってくれた。
「今日、泉さんは……?」
「今、お昼食べに行ってて、十三時から行ったから……あと三十分ぐらいで戻ると思います!」
「待ってていいですか?」
「もちろんですよ! 店長、絶対喜びます!」
——喜んでくれる……今日は、僕もその自信があった。
「あ……このパウンドケーキ……」
泉さんの家で食べさせてもらった、りんごとさつまいもの米粉パウンドケーキが、ショーケースのなかに並んでいた。
「これ、店長が『桃ちゃんに褒められた』って嬉しそうに言ってましたよ」
「え、泉さんが……?」
「ですです。『桃ちゃんは俺のコーヒーの意味、理解してるんだ』とか何とか……あ、店長にはこの話、内緒で」
と、人差し指を唇に当てる石井さん。
「……はい……分かりました。あの、本日のおすすめいただいてもいいですか?」
「かしこまりました! ……って、あかんよな」
と困り顔になった石井さんが、小声で、
「店長が淹れたコーヒーじゃないと」
と、にっこり笑ってそう言った。
「これ飲んで待っててください」と、グラスに水を入れて渡してくれた。
いつもの一番奥の席で、水をちびちびと飲みながら石井さんと話を続けた。
「桃田さんって、四回生なんですよね? 私も同じです」
「え! そうなんですか! なんか……大人っぽいですね」
「そんなそんな」と、石井さんは手を振りながら、大袈裟に謙遜した。
「就職先は決まってるんですか?」
「いや、就職せずに、コーヒー武者修行するんです」
「コーヒー武者修行……?」
「そう、いつか自分もカフェ開きたいと思ってて、卒業したら、そのために修行する予定です」
「へぇ……すごいな」
そう話す石井さんのきらきらした表情からは、自分で未来を選び取った人の強さを感じた。
……こういう人になれたらいいのに。
内定先で働く自分を想像した。そしてすぐに何も感じていない自分に気づいた。
これでいいはず、ないよなぁ……。
そんなことを考えていたら、泉さんが店に戻ってきた。
僕の姿を見るなり、他にもお客さんがいるのに、
「桃ちゃん! 来てくれたの!」と、大きめな声で嬉しそうにそう言ってくれた。
「……はい、来ました。……ちょっと、お話ししたいなと思って。あ、もちろんコーヒーも飲みたいです」
コーヒーが後付けのような言い方をしてしまったが、話したい気持ちが先に伝わるといいと思った。
「じゃあ、私も休憩行ってきますねー。桃田さん、ごゆっくり」と石井さんは僕に言い、他のお客さんにも「ごゆっくり」と声をかけて、店を出て行った。
泉さんが真剣な表情で、僕のコーヒーを淹れてくれている。……どうやって話そう。
泉さんは僕の席に群青色のマグカップを優しく置き、
「話、ここで聞いていい?」と僕の隣の席を指す。
他のお客さんは……? と思い、入り口近くの席を見たら、もう誰もいなかった。
隣の席に腰をかけた泉さんは、組んだ足に肘を乗せ、頬杖をつきながら、僕の方に身体を斜めに向けた。
「あの……この間はお邪魔しました。それで……泉さんに聞きたいことなんですけど……」
「うん」
「『そういう桃ちゃん、好きだよ』って泉さん、言ってくれたと思うんですけど……」
「うん」
「その、好きって、どういう意味の好きですか……?」
言い切った。でも、目を見ることはできなかった。
少し沈黙があり、不安になった僕は泉さんの顔をちらりと見る。
泉さんは考えているようだった。
やっぱり、深い意味はなかったのかな……。
恥ずかしいより、寂しい気持ちが勝っていた。
耐えかねて、口を開こうとしたそのとき。
「桃ちゃん、好きだよ」
泉さんは真っ直ぐに僕の目を見て、そう言った。
何も言えなかった、というかここで僕が何かを言ったら、だめな気がした。
そのあと、組んでいた足をほどき、コーヒーを飲んだ。僕も続いて、一口飲んだ。今日のコーヒーはココアのように厚みがある。
「誤解のないように伝えたいんだけど、難しいな……」
と困った顔で前置きをして、泉さんは息をふーっと吐き、一呼吸置いてから、
「好きだから、隣にいてほしい」
と言った。
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