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2話「小説」side高月

 いや、面白いだろ。  座っているときは気づかなかったけど、こいつ、次の日から俺が言った通り、椅子にクッションを付けているんだから。  椅子事件のときに俺が投げやりに言った「クッションでも付けて、自分のだってわかるようにしろ」という提案をきっちり採用しているのが、もうおかしくて。  ああ、あのキョトンとした顔って、そういうことだったのかと腑に落ちる。  でも伊原って、休み時間も座ってばかりいるから、尻や腰を痛めやすいかもしれない。  そんな事情があるのなら、クッションもまあ、おかしくはないか。俺に言われる前にそういう発想が出てこなかったのは、頭が固かったからなのだろう。  俺は一時間目の授業が終わってから、クッションのことを指摘してやろうと、伊原のいる席に近寄った。  我ながら意地が悪いけど、まだ椅子事件について溜飲が下がりきってないのもあって、躊躇いはなかった。 「よお、クッション付けてきたんだ? 伊原」  伊原は俺の声に反応して顔を上げる。  そこには……というか、案の定、何の用だと言わんばかりの胡乱げな目があった。ああ、そうだ。コレがこいつのデフォルトの顔なんだった。 「文句ある?」  こいつはすでに臨戦態勢らしく、じろりと睨んでくる。  ビクッとこめかみが引きつる。本当に態度が悪い。そんなんだからぼっちなんだぞ、と心の中で毒づく。 「いいや、別に。ただ、俺の言うことを素直に聞いたのが意外でさ」  毒は吐かず、平静を意識して言ってやる。  だが、伊原は警戒を怠らない様子のまま反論した。 「別に言うことを聞いたわけじゃない。いい案だと思って採用しただけだけど」  ……それ、「言うことを聞いた」って事実とそんなに変わらんと思うんだが。  どうやら「言うことを聞いた」という表現が、こいつにとっては気に食わないらしい。  さすがにツッコミを入れてやろうかと思ったけど、またしょうもない口喧嘩になるのは御免なので、ぐっと口を噤むことにした。  昨日より大人になったんじゃないか、俺。  いい加減、話題を切り替えよう。  自分のほうが一枚上手だと信じて。 「あ~、そういえばお前、いつもなんか書いてるよな。勉強してんの?」  昼休憩や隙間時間、いつも伊原は書き物をしていた。  何を書いているんだろう、と常々思っていたから言及してみる。 「……教えない」  伊原は机に視線を落として呟く。  やはり素直には答えてくれないようだ。  俺は今度は、口の端が引きつるのを感じる。 「なんでだよ。そんなに知られたくないもん書いてんの」 「関係ないでしょ。ほっといてくれない」  そう言って、伊原は手元で広げているノートを腕で隠す。大事なものを外敵から守るように。  その仕草に少しカチンときたのもあって、俺は食い下がることにした。 「気になるなー。見せろよ」  角度を変えて覗き込もうとする。  だけど伊原は、それに反発するように腕を大仰に動かし、俺の視界を遮った。  その瞬間、ノートの一部が見えた。  よくわからなかったが、書かれているのが数式や図形ではないことだけは判明した。 「っ、見ないで……!」 「おっ、なんかポエムでも書いてんの」 「……」  伊原はピタリと動きを止めて、俯く。 「図星か」と思ったけど、補足するように伊原は口を開いた。 「ポエムではないけど……近いかも」  ……なんか、初めて伊原からまともな返答をもらえた気がする。  思わず俺は目を丸くした。  そして、そのヒントによって興味が膨れ上がるのを感じた俺は、さらに粘ることにした。 「ポエムじゃないなら、何?」 「……」  やはり沈黙。  こうも隠されると、ますます暴きたくなってくるのがわからないのかな。 「ポエムだろうがなんだろうが、馬鹿にしねえからさ。誰にも言わないし」  できるだけ真剣な声音で頼み込んでみる。  ……我ながら、しつこい気もするけど。  すると、観念したのか、伊原はゆっくり顔を上げて再び俺を見つめてきた。  じろりと値踏みするように、俺の全身へ視線を這わせる伊原。 「……」  やがて、ふうっと息を吐いて目を閉じた。  俺は合格したようだ。  何かに。  眉を寄せたまま、絞り出すように声を発する伊原。 「小説……」 「ん?」 「小説書いてる」 「へえ! すげえじゃん」  小説ときたか。  今まで休み時間に書いていたのは、これだったようだ。  こんなところにクリエイターがいたのかと、少しテンションが上がる。  小説や漫画をかける人って、俺からすれば、それだけで「すごい」と思える人種だった。  そもそも、何かを創作すること自体、俺にはちんぷんかんぷんな世界なんだ。  というか、「かきたい・つくりたい」なんて欲求そのものが、「選ばれし者にしか湧いてこないエネルギー」だと個人的には思っている。  だから、とっさに「すげえ」なんて褒めてしまった。 「すごいって……何が?」  褒めても動じず、伊原は俺の感嘆の声に突っ込んでくる。 「いや、だって、そういうの書ける人あんま見ないし、こう……書くこと自体がさ……」  もともと説明下手なのもあって、うまく言葉が紡げない。  その代わりとばかりに、身ぶり手ぶりが増えるのを感じる。  だが伊原は呆れたように「はあ」とため息をついて、目を伏せた。 「これはまだ未完成で未発表。すごいと言われるほどの結果は、まだ何も出せてないから。無理に褒めなくていい」  字面だけ見ると謙遜してるみたいだけど、これは明らかに俺の反応に不快感を示している。  なんだ、この面倒臭いやつ!!  せっかく人が褒めてやってんのに。  たまらず、ワントーン大きな声で言い返した。 「無理にじゃねーし……『書こう』って気持ちがあるだけでも上等だろ。俺にはそんなのないし、だからこそ、すげえっていうか」 「……」 「結果が残せたかどうかは大事かもだけど、そこに至るまでの活動は替えがきかないだろ」 「……」  ムキになっているせいか、いつもより饒舌になってきているな、俺。  そして、なぜか伊原は押し黙る。  俺の熱さにちょっと引いたか? 「よう、何話してんだ、お前ら」  そこに友人のひとり、箕面が話に参加してきた。  うるさいのが……。 「あー、箕面。別になんも……」 「嘘こけ。なんか面白そうな話してただろ」  箕面は俺の肩に手を置き、顔を近づける。  興味津々だ。  さすがに「伊原が小説を書いていた」ということは伏せておくべきだよな。 「誰にも言わないから」と言った舌の根も乾かないうちに暴露するのは、無神経すぎるし。  何より、こいつ自身が周りに隠しているっぽいし。 「いやあ? クッション……付けてきてんなあって。その話」  本当に最初はクッションの話をしに来たんだから、この返答でいいはず。  箕面は俺の説明を聞いて、一瞬、はてなマークでも浮かべるような顔をした。  やがて伊原の椅子に気づき、「マジだ!」と目を輝かせた。  中腰になって、クッションをじろじろ見る。 「あー、昨日高月が言ってたやつか。マジで付けてきたんだな」 「だろ。いいよなあ。ケツが痛くならなさそうで」 「俺もなんか持ってこようかなあ」  そう言って、箕面はポケットからスマホを取り出す。  さっそく良さそうなものがないか、通販サイトで調べてるな。  俺は一応、この場をクッショントークにできたことに一安心した。  伊原はというと、目の前で立って話す俺たちの様子を黙って見上げている。  その顔を見ると、またキョトンとした表情を浮かべていた。

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