2 / 12
2話「小説」side高月
いや、面白いだろ。
座っているときは気づかなかったけど、こいつ、次の日から俺が言った通り、椅子にクッションを付けているんだから。
椅子事件のときに俺が投げやりに言った「クッションでも付けて、自分のだってわかるようにしろ」という提案をきっちり採用しているのが、もうおかしくて。
ああ、あのキョトンとした顔って、そういうことだったのかと腑に落ちる。
でも伊原って、休み時間も座ってばかりいるから、尻や腰を痛めやすいかもしれない。
そんな事情があるのなら、クッションもまあ、おかしくはないか。俺に言われる前にそういう発想が出てこなかったのは、頭が固かったからなのだろう。
俺は一時間目の授業が終わってから、クッションのことを指摘してやろうと、伊原のいる席に近寄った。
我ながら意地が悪いけど、まだ椅子事件について溜飲が下がりきってないのもあって、躊躇いはなかった。
「よお、クッション付けてきたんだ? 伊原」
伊原は俺の声に反応して顔を上げる。
そこには……というか、案の定、何の用だと言わんばかりの胡乱げな目があった。ああ、そうだ。コレがこいつのデフォルトの顔なんだった。
「文句ある?」
こいつはすでに臨戦態勢らしく、じろりと睨んでくる。
ビクッとこめかみが引きつる。本当に態度が悪い。そんなんだからぼっちなんだぞ、と心の中で毒づく。
「いいや、別に。ただ、俺の言うことを素直に聞いたのが意外でさ」
毒は吐かず、平静を意識して言ってやる。
だが、伊原は警戒を怠らない様子のまま反論した。
「別に言うことを聞いたわけじゃない。いい案だと思って採用しただけだけど」
……それ、「言うことを聞いた」って事実とそんなに変わらんと思うんだが。
どうやら「言うことを聞いた」という表現が、こいつにとっては気に食わないらしい。
さすがにツッコミを入れてやろうかと思ったけど、またしょうもない口喧嘩になるのは御免なので、ぐっと口を噤むことにした。
昨日より大人になったんじゃないか、俺。
いい加減、話題を切り替えよう。
自分のほうが一枚上手だと信じて。
「あ~、そういえばお前、いつもなんか書いてるよな。勉強してんの?」
昼休憩や隙間時間、いつも伊原は書き物をしていた。
何を書いているんだろう、と常々思っていたから言及してみる。
「……教えない」
伊原は机に視線を落として呟く。
やはり素直には答えてくれないようだ。
俺は今度は、口の端が引きつるのを感じる。
「なんでだよ。そんなに知られたくないもん書いてんの」
「関係ないでしょ。ほっといてくれない」
そう言って、伊原は手元で広げているノートを腕で隠す。大事なものを外敵から守るように。
その仕草に少しカチンときたのもあって、俺は食い下がることにした。
「気になるなー。見せろよ」
角度を変えて覗き込もうとする。
だけど伊原は、それに反発するように腕を大仰に動かし、俺の視界を遮った。
その瞬間、ノートの一部が見えた。
よくわからなかったが、書かれているのが数式や図形ではないことだけは判明した。
「っ、見ないで……!」
「おっ、なんかポエムでも書いてんの」
「……」
伊原はピタリと動きを止めて、俯く。
「図星か」と思ったけど、補足するように伊原は口を開いた。
「ポエムではないけど……近いかも」
……なんか、初めて伊原からまともな返答をもらえた気がする。
思わず俺は目を丸くした。
そして、そのヒントによって興味が膨れ上がるのを感じた俺は、さらに粘ることにした。
「ポエムじゃないなら、何?」
「……」
やはり沈黙。
こうも隠されると、ますます暴きたくなってくるのがわからないのかな。
「ポエムだろうがなんだろうが、馬鹿にしねえからさ。誰にも言わないし」
できるだけ真剣な声音で頼み込んでみる。
……我ながら、しつこい気もするけど。
すると、観念したのか、伊原はゆっくり顔を上げて再び俺を見つめてきた。
じろりと値踏みするように、俺の全身へ視線を這わせる伊原。
「……」
やがて、ふうっと息を吐いて目を閉じた。
俺は合格したようだ。
何かに。
眉を寄せたまま、絞り出すように声を発する伊原。
「小説……」
「ん?」
「小説書いてる」
「へえ! すげえじゃん」
小説ときたか。
今まで休み時間に書いていたのは、これだったようだ。
こんなところにクリエイターがいたのかと、少しテンションが上がる。
小説や漫画をかける人って、俺からすれば、それだけで「すごい」と思える人種だった。
そもそも、何かを創作すること自体、俺にはちんぷんかんぷんな世界なんだ。
というか、「かきたい・つくりたい」なんて欲求そのものが、「選ばれし者にしか湧いてこないエネルギー」だと個人的には思っている。
だから、とっさに「すげえ」なんて褒めてしまった。
「すごいって……何が?」
褒めても動じず、伊原は俺の感嘆の声に突っ込んでくる。
「いや、だって、そういうの書ける人あんま見ないし、こう……書くこと自体がさ……」
もともと説明下手なのもあって、うまく言葉が紡げない。
その代わりとばかりに、身ぶり手ぶりが増えるのを感じる。
だが伊原は呆れたように「はあ」とため息をついて、目を伏せた。
「これはまだ未完成で未発表。すごいと言われるほどの結果は、まだ何も出せてないから。無理に褒めなくていい」
字面だけ見ると謙遜してるみたいだけど、これは明らかに俺の反応に不快感を示している。
なんだ、この面倒臭いやつ!!
せっかく人が褒めてやってんのに。
たまらず、ワントーン大きな声で言い返した。
「無理にじゃねーし……『書こう』って気持ちがあるだけでも上等だろ。俺にはそんなのないし、だからこそ、すげえっていうか」
「……」
「結果が残せたかどうかは大事かもだけど、そこに至るまでの活動は替えがきかないだろ」
「……」
ムキになっているせいか、いつもより饒舌になってきているな、俺。
そして、なぜか伊原は押し黙る。
俺の熱さにちょっと引いたか?
「よう、何話してんだ、お前ら」
そこに友人のひとり、箕面が話に参加してきた。
うるさいのが……。
「あー、箕面。別になんも……」
「嘘こけ。なんか面白そうな話してただろ」
箕面は俺の肩に手を置き、顔を近づける。
興味津々だ。
さすがに「伊原が小説を書いていた」ということは伏せておくべきだよな。
「誰にも言わないから」と言った舌の根も乾かないうちに暴露するのは、無神経すぎるし。
何より、こいつ自身が周りに隠しているっぽいし。
「いやあ? クッション……付けてきてんなあって。その話」
本当に最初はクッションの話をしに来たんだから、この返答でいいはず。
箕面は俺の説明を聞いて、一瞬、はてなマークでも浮かべるような顔をした。
やがて伊原の椅子に気づき、「マジだ!」と目を輝かせた。
中腰になって、クッションをじろじろ見る。
「あー、昨日高月が言ってたやつか。マジで付けてきたんだな」
「だろ。いいよなあ。ケツが痛くならなさそうで」
「俺もなんか持ってこようかなあ」
そう言って、箕面はポケットからスマホを取り出す。
さっそく良さそうなものがないか、通販サイトで調べてるな。
俺は一応、この場をクッショントークにできたことに一安心した。
伊原はというと、目の前で立って話す俺たちの様子を黙って見上げている。
その顔を見ると、またキョトンとした表情を浮かべていた。
ともだちにシェアしよう!

