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4話「秘密」side伊原
創作に目覚めたきっかけは、とあるSF映画を観に行ったことだった。
俺が小学3年生の頃、映画好きの父に連れられて遠方の映画館まで足を運んだ。
当時俺はアニメ映画のほうを観たかったのだけど、父が「好きなシリーズなんだ」と言って譲らず、結局それを観ることになったんだっけ。
映画館で受け取ったパンフレットにあるキービジュアルを見ても、「難しそう」という印象しかなく、すでに気分は萎えていた。
だけど、いざ本編に触れてみると、萎えた気分はすぐに消え去ったのだ。
目に入ったのは、近未来が舞台の世界。
そこでは、人の「人格・記憶・感情」を高度に読み取る技術があった。
そして、それらをクラウド保存し、データベース化できるという仕組み。たしか脳内そのものをアップロードするような感じで描かれていた。
次に、人格を読み取ったデータを仮想空間に放り込んで、挙動を見る実験シーンがあった。
そして複数人の人格プログラムをひとつの仮想空間上で踊らせ、どんな物語が生まれるか……という感じだった。
……うろ覚えだけど、こんな世界観だった気がする。
オチは結局難しいテーマに落ち着いてしまったので、よく覚えていない。
ただ、とても強く惹かれた作品だったことは間違いないと言える。
このときが初めてだった。創作意欲を刺激される感覚を知ったのは。
映画が終わったあと、父はテンションが上がっている俺の反応に気をよくしたのか、アイスをこっそり買ってくれたんだ。
その後、帰ってから「あの映画、俺ならこうする」というIFの物語を思いついた。
俺ならもっと心理描写を掘り下げる。
俺ならもっと救いのあるエンディングにする。
俺ならもっとこの世界を……。
そんな欲を、大学ノートに書き連ねた。
そして今でも、「俺なら……」を基点にして筆を執る創作スタイルは変わっていない。
■
物を書くことが習慣になって、約7年が経った。
もう7年も書いているのか、まだ7年しか書いていないのか……微妙な期間をどう自分で評価したらいいかはわからないけど、我ながら結構続いているのではないか。
だけど、薄々気付いていた。
自分には「完璧主義」によって作品をなかなか完成させられない悪癖があることに。
伏線の張り方にこだわりすぎるとか、一生粗探ししているとか、読み返すと書いているときに感じた熱量が読み取れなくなっていたりとか。
無駄にエネルギーを消費し、筆を止めてしまうことが多いのだ。
厄介なのが、「完璧主義」自体が完全な害ではないことだ。この性分がときに、作品を強くすることも知っている。
だから「完璧主義」を徹底的に克服しよう、ともなれない。……面倒な性格をしていると思う。
人間関係でもそう。
俺は面倒な人間だから、みんなと深く関わればきっと互いにストレスになると思った。人にいろいろな要求をされそうだし、してしまいそうだったから。
だから、人との繋がりから距離を置くことにしている。中学になっても、高校になっても。
授業の合間にひとり、自分の世界に浸ることに専念するのもそれが理由だ。
そんな中で、ちょっとムカッとしたことがあった。
■
昼休み、用事で職員室に足を運んだ日。
用事を終えて教室に戻ると、俺の椅子がなくなっていることに気付いた。どうも勝手に借りられているようだ。
そばに目をやると、教室で笑い合う連中のひとりが座っている。
こいつ……高月……だったよな。
クラスメイトで、いつも複数の人に囲まれている賑やかなやつ。
いかにも陽の人種、という雰囲気を纏っていて、正直関わりたくないタイプだ。
こういうのは決まって周りに気を配れない無神経な人間だと相場が決まっているのだから。
だから、自分の椅子に我が物顔で座っている高月にうんざりした。
俺はズカズカと大股でその連中のもとへ行き、椅子泥棒の肩を叩いてやった。
「それ、俺の椅子なんだけど」
■
いい案だと思った。
座りっぱなしが多いせいか、ちょうど腰が痛むときがあるから。
『だったら椅子にクッションでも付けて、わかるようにしろよ』
そう投げやりに言われた言葉に、俺は有益性を見いだした。
確かにクッションを付ければ間違えて座られることもないし、腰痛対策にもいい。不自然でない程度に、これを自分のものだと主張できる。もっと早く思いつけばよかった。
高月の言動は不愉快だったが、クッション案は採用させてもらうことにする。
決してこいつの言いなりになったわけじゃない、と言い聞かせて。
それからだ。こいつがパーソナルスペースを無視して、俺のところに入り込むようになったのは。
次の日。ニヤつく高月に声をかけられた。
クッション案の採用がそんなにおかしいか?
嘲笑いに来たのか?
そう構えていた。
だけど高月は、クッションのほかに俺が普段していることにまで質問してきた。
質問があんまりにしつこい。俺が普段何を書いているとか、知ってどうするんだよ、そんなの。
だけど、こんな距離感で人と交流できたのは久しぶり……な気がする。
この久しい感覚に絆されたのもあって、渋々小説のことを伝えた。
「へえ! すげえじゃん」
高月はぱっと顔を輝かせて俺を見つめてくる。
何がなんだろうか。思わずそう尋ねた。
「いやだって、そういうの書ける人あんま見ないし、こう、書くこと自体がさ……」
……こいつ、人を褒める基準点がすごく低い場所にあるんだろうな。書くだけですごいと言うあたり、やっぱり創作の世界については疎いと見た。
無理に褒めなくていい、と突っぱねれば、高月が反論してきた。
「無理にじゃねーし……『書こう』って気持ちがあるだけでも上等だろ。俺にはそんなのないし、だからこそすげえというか」
まあ、創作意欲は全員にあるわけじゃないだろうから……。それはそうだな。
こいつにしては珍しく、言動に慎重さが滲んでいる。
続けて高月はこう言った。
「結果が残せたかどうかは大事かもだけど、そこに至る活動は替えがきかないだろ」
……少し驚いた。
漫画でもなんでも「最終的に面白けりゃなんでもいい」みたいなことを言いそうなこいつが、「成果にたどり着くまでの行為」に目を向けていたことに。
この男は創作物じゃない、創作行為に対して褒めたのだ。
今までにない視点だった。正直。
思わず目を丸くした。
「よう、何話してんだ、お前ら」
そこに高月の友人、箕面が話に参加してきた。
こちらも高月と同じく陽タイプの人種だ。金髪で肌が少し焼けている、声が大きいやつ。
合わないタイプが2人もパーソナルスペースに侵入してくると、不快感が尋常じゃないな。
「あー、箕面。別になんも……」
「嘘こけ、なんか面白そうな話してただろ」
高月……小説のことは言うのか。
ぶっちゃけ高月に知られた時点で、もう一人に知られても知られなくても同じようなものだ。
だけど、あまり拡散されてほしくない。物を書くときに、人に絡まれやすくなるだろうから。
だけど高月は……。
「いやあ? クッション……付けてきてんなあって。その話」
気を利かせたのか、クッションのことだけ箕面に教えた。
「誰にも言わない」と自分で約束していたのだから、それを守っているだけなんだろう。
だけど空気的に、箕面にも小説の話題を共有する流れだったような気がする。
それでも、高月は小説のことを伏せた。
こうして「俺が小説を書いていること」は、2人だけの秘密という形になる。
だからだろうか。
まあ、こいつになら小説の内容を読ませてやってもいいか、なんて気まぐれが起きたのは。
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