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第8話
「俺個人の携帯番号とアドレスです。こっち使ってもらっても構いませんので」
渡されるままに受け取り、気づく。
自分の名刺を持っていないことに。
外回りの仕事でもないから持ち歩く習慣も無く、基本会社のデスクに入れっぱなしにしている。
まさか、こんな場面で必要になるとは。
「あ、すいません。今、名刺無くて···」
「連絡先がわかっていればいいんです。後で送ってもらってもいいので」
さっきまで無愛想だのお通夜だの思っててごめんなさい。
ちゃんと笑ってくれる。
しかも国宝級に甘くて、人懐っこそうに。
でも、わからない。
なんで俺と、また?
俺のこと、なんで知りたいなんて思ってくれたんだ?
さっきまで不機嫌ぽかったのはなんだったんだ?
「では、何か軽く食べますか?それか、どこか別のとこに移動します?」
「へっ、あっ······、いえ、せっかくですけど、今日は···」
色々キャパオーバーで、帰ってゆっくり考えたい···。
おじさん、もう限界···。
「そうですね。また会えますし、今日はお疲れ様です。ありがとうございました、小早川さん」
気をつけて帰ってください、と最後まで見送ってくれた彼をよくよく見ている余裕もなく、どこかふわふわした調子でただ足を機械的に動かしていく。
だから、俺は知るはずもなかった。
俺が去った後、彼が火照った顔を手で隠しながら「緊張した···」と、弱々しく呟いていたことなんて。
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