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第二話-快楽を感じる身体-
「夜行様、ヨネハラ様がいらっしゃいました」
見世の者が襖を開き、膝を付く。夜行が振り返れば突き出た太鼓腹を一目で高価と分かる仕立の良いスーツに包んだ壮年の男性が入って来た。
「やあ、夜行。暫くぶりだね。元気にしていたか?」
「ヨネハラ様、お久しぶりでございます。この夜行ヨネハラ様にお会いしとうございました」
「リップサービスだとしても嬉しい事を言ってくれる。今晩は一晩抱き潰してやろう」
大口を開けて笑うヨネハラに夜行は畳から立ち上がって近づいた。
「ごゆっくりお過ごしください」
見世の者が一礼して去っていく。襖が完全に閉じられてから、夜行はヨネハラの唇を奪った。
分厚い唇を薄い舌先で割り開き、積極的に舌を絡める。粘液との接触など気持ちが悪いだけだが、わざと口の端から唾液を溢し、吐息を漏らす。
「ん、っ、ふ」
ヨネハラは気を良くしたのか夜行の腰をその脂肪の付いた腕で抱き寄せ、尻たぶを揉んだ。薄い緋襦袢の下には一糸纏わぬ裸体がある。下着さえも身に着けていなかった。
硬い指の腹が緋襦袢の上から尻の割れ目をなぞり、そのまま腰ひもに掛かる。結び目を解かれ、緋襦袢がするりと肩を滑った。畳に落ちた緋色を白い足の指が踏みにじる。
「やはり夜行、お前が一等綺麗だ」
桜色のホログラムの中、仄白く浮かび上がった夜行の裸体には瑕疵など一つも見受けられない。
ヨネハラの舌が夜行の唇を離れ、顎先、鎖骨の窪みへと動く。ぷくりと薄桃に咲く胸の飾りを食んだ。
「ひ、ぅ」
夜行の薄紅の唇から甘い声が零れた。ヨネハラは下卑た笑みを浮かべ、何度も何度も歯の先で引っ掻き、夜行の快楽を引き出していく。いや、正確には夜行には快楽とは感じられないのだ。ただ、乳首に触れられている。その程度の感覚しか切断された夜行の快楽神経は得られない。
しかし、今日は嫌にその感覚が鋭かった。頭を振り、気持ちをリセットする。気のせいに違いない。昨夜の客、倉島祥市があんなことになったから感情が弱っているだけだ。ヨネハラの口が夜行の胸から離れる。
「さあ、夜行、うなじを出しなさい」
ヨネハラの前に膝を付き、首に掛かる髪をかき分けてうなじを晒した。開口部を自ら開けば、ヨネハラは慣れた手つきでアダプターを繋ぐ。
がちり、と音がしてブレインアダプター同士が繋がる。背骨から脳髄まで軽い電流が流れ身体がぶるり、と震えた。
「ううむ。毎度のことだが、この感覚には未だ慣れないな」
「そうですか? 僕は好きですよ。確実にヨネハラ様とつながっている、そう言う実感が得られますから」
艶然と微笑めば、ヨネハラは鼻の下を伸ばして更に機嫌を良くした。夜行の笑みは今生菩薩のそれ。ヨネハラは褥の上に夜行を横たわらせると、肌の上を指先で蹂躙した。
胸の突起を無遠慮に摘まれ、こねくり回される。下肢に伸びてきた手は勃ち上がった夜行のそれを乱暴に扱き、イかせようとする。粗雑で、とても巧みとは言えない愛撫に夜行の心は冷えていくが、身体はフェイクエモーションのおかげで従順に反応した。
「ひ、い、やぁ……」
「おや、此奴が快いのか。相変わらず敏感な身体だ」
脂下がった笑みでヨネハラは夜行の身体を蹂躙すると、その下の窄まりに手を伸ばした。
枕元から取り出した香油を皺の一つ一つに刷り込むように塗りたくり、スラックスの前を寛げると怒張したヨネハラ自身を取り出した。
欲望を受け入れることに慣れた夜行の秘所はいとも簡単にヨネハラの陰茎を飲み込み、貪欲なまでに奥へと誘う。繋がったままぐるりと身体を反転させられ、夜行は口から嬌声を上げた。
「っ、あぁ、っ」
ヨネハラの分厚い手が夜行の細腰を掴み、獣の交わりの姿勢で夜行を犯す。ヨネハラの突き出た腹と夜行の薄い尻たぶがぶつかる度、部屋に肉欲の音が響いた。
夜行自身の心は冷めきっていても、フェイクエモーションによる喘ぎ声は留まるところを知らない。
「あぁっ……い、悦いっ……あ」
白い喉を反らせ、夜行は快楽に濡れた悲鳴を漏らす。ヨネハラはますます強く、その肉を夜行に押し付けた。腰を掴む手が強くなり、律動が早まっていく。夜行は褥に敷かれたシーツに長い爪を立て、大袈裟に抗う振りをした。実際の心は微動だにしない。はずなのに、夜行の身体には小さなざわめきが立った。
脳がぐらりと揺れるが、一瞬で治った。無視できる程に小さな違和感を、夜行はそのまま黙殺した。どうせブレインアダプターの接続が悪いだけだ。
ヨネハラに気取られないようにブレインアダプターの接続部を動かす。違和感は直ぐに消えた。
ヨネハラのピストンがいよいよ佳境に達し、短く呻くと夜行の中に白濁をぶちまけた。
ずるり、と萎えた陰茎が引き抜かれ、後孔から零れた白濁が夜行の細い太腿を伝う。その淫靡な感覚に、再び鈍い熱の様な刺激が夜行を襲った。
身震いした身体をなんとか抑え、艶やかに微笑む。
「やはり、君の身体は好い。一度抱いたら何度でもむしゃぶりつきたくなる。だが私も歳かな、一度が限界だ。一晩などとてもじゃないが持たない。大口を叩きすぎたな」
夜行は白い裸体を褥の上へ横たえると、ヨネハラの唇を奪った。
「ヨネハラ様に何度も犯されてしまったら、僕は壊れてしまいます」
困ったように唇をすぼめれば、ヨネハラは脂下がった笑みを浮かべ夜行のしっとりとした肌を撫でた。
暫くそうしていただろうか、ヨネハラは身体を起こし身支度を整え始めた。
「そろそろ帰らねば。家庭があると言うのはこういう時は辛い。君をこのままずっとこうしていたいのだがな」
きちんとアイロンの施された白いシャツに、高級なスーツ。ネクタイは夜行の手で結んだ。
「じゃあね、また直ぐに来るよ。今日の君とのセックスはやけに気持ちが良かった。脳が揺れる様な感覚を味わったよ」
分厚い唇で夜行の唇を覆うように口付けすると、ヨネハラは部屋を出た。夜行はその後に付き従い、見世の下までヨネハラを見送る。
朧月楼の黒塗りの送迎車にヨネハラが乗るのを見届けてから、夜行は早足に風呂場へ向かった。朧月楼には従業員専用の風呂場があり、近代的な作りの湯舟とシャワーが備え付けられた個室が五個程並んでいる。
夜行はその中の一つに入ると、脱衣所で緋襦袢を脱ぎ、湯舟に湯を張った。その間にシャワーコックを開き、頭から熱いお湯を浴びる。長く伸ばした黒髪が肌に張り付き、夜行はそれを指で払った。
後孔に指を差し込み、中に溜まった白濁を掻き出す。
「っ、あ、あぁ……」
たったそれだけの事なのに、夜行の身体を快感が襲った。細い指先で秘肉の奥をほじくる様に動かせば、悦いところに触れ、あられもない声が上がる。
「ひっ、ん」
快楽神経は切断されているはずなのに、身体の奥底から鈍い熱が這い上がってくる。
夜行の中心が硬く滾り、完全に屹立した。片手を壁につき、後孔を弄る。
一人で自慰をするなど、朧月楼で男娼として働き始めてからしたことがなかった。壬生に連れられ朧月楼にやってきた当初は快楽がどのようなものかを教え込むため、敢えて快楽神経は残されたままだった。それから見世に出る為に快楽神経を切断した頃には、フェイクエモーションを利用して快楽を演じて見せることができるようになっていた。
朧月楼の娼達は客と交わる際、うなじにあるブレインアダプターを使用する。ローテクとなった有線での脳接続だが、ワイヤレスと比べると交換できる情報の量、質、速さが桁違いだ。
普通はウイルス感染の危険性から遊郭では使用されないが、高級遊郭朧月楼の高度なセキュリティと信頼がそれを可能にしていた。そしてブレインアダプターで繋がれた者達は互いに感じた快楽を共有し合い官能を高める。しかし、夜行の快楽神経は切断されているから、共有できる快楽が無い。そこで壬生は夜行の快楽神経を切断すると同時にフェイクエモーションを仕込んだ。夜行はそこから偽りの快楽を客と共有することが出来る。
壬生によってそう作られた夜行は淫らに快楽を享受しつつもどこか神聖さを失わない、今生菩薩として朧月楼、いや宙楼遊郭に君臨していた。
その夜行は今、自身を襲う悦楽に身体を震わせていた。後孔への刺激で勃ち上がった雄を掌で握り込むようにして扱く。
「どうして、こんなっ……」
自身に起こった官能を受け入れ難いと言うように夜行の唇は戦慄く。久しく感じていなかった男性器が震え、先端から先走りの液が溢れた。頭から降ってくるシャワーの水さえが悦びを引き起こす。
「あ、っ、イく……っ」
背骨の裏をえぐる様な快感が駆け抜け、いやいやとかぶりを振る。それでも下肢から這い上がってくる衝動に抗えず、夜行は吐精した。
「はぁ、はぁ……」
肩で息をする。
「イってしまった……そんな、僕の快楽神経は切断された筈じゃ……」
手の中の白濁がシャワーの水に依って排水溝へと吸い込まれていく。もし、快楽神経が戻っていたら、夜行は最早今生菩薩ではいられない。ただの男娼に成り下がってしまう。
そうなった夜行には価値がない。ビジネスにシビアな壬生も、夜行の事は早々に見捨ててしまうだろう。
「居場所が……僕の居場所が…無くなってしまう…怖い……」
譫言の様に呟く。夜行は朧月楼の、壬生の所有物だ。それに縋って生きてきた。役に立たなくなれば簡単に捨てられる、それだけの物だ。分かり切っていた筈の事なのに、今更ながら夜行は恐ろしくなった。居場所を失うのが怖い。
寄る辺もなく、巨大な街に一人きりで彷徨う。あの心細さはもう二度と味わいたくは無かった。誰かの所有物として、その庇護の元生きることが夜行の幸せだ。震える手を祈るように組み、その場に膝をつく。ざぁぁ、と言うシャワーの音がやけに大きく聞こえた。
「助けて……誰か」
呟いた言葉も、水と一緒に流れて行ってしまった。
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