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柚子side

◇  あの出来事があってから、二週間が経ったけれど、橘くんとは一度もすれ違うことはなかったし、大学生活はこれまで通りの毎日だった。  これまでの生活からあまりにも変化がなく、あんなに気にしていたことが馬鹿みたいに思えるくらいだ。  それに津森さんからの連絡も一切ない。結婚しても関係を続けたいと言っていたし、電話はなくてもせめてメッセージだけでも来るかもしれない、なんてそんな期待も少しはあったというのに。  連絡を取りたいのなら自分から電話でも何でもすれば良かったのかもしれないけれど、俺の心はそんなに強くないから。  来るかも分からない彼からの連絡を、ただ淡い期待を滲ませて待つことだけで、いっぱいいっぱいだ。 「はぁ……、」  結婚することをわざわざ俺に報告してきたということは、本当にもうすぐ結婚してしまうんだろう。  婚姻届はいつ出したのかな? 引っ越しもするの? それとも今の家で、彼女と暮らすの?  あんなことを言っておきながら連絡が何もないのは、結婚式が近いから? 直前の準備で忙しいの?  ドレスの試着には付き添った? 白いドレスを来た彼女を見て、この子は俺が幸せにするんだ、とでも思った? 愛を囁いていた俺のことは忘れて、その彼女との未来しか見えなかったの? 「苦しいなぁ……」  タキシードを着て笑う、津森さんが浮かんだ。遊びそうには見えない、真面目な印象の彼。だから俺だって、この人ならばとそう思ったんだ。    それでも今さら俺だけを見てほしいと、そう願ったところで叶わないことだし、かと言って、俺もあの人への気持ちをあっさり消せるわけでもない。  どこかでまだ、彼に必要としてほしいと思ってしまっているし、連絡を待っている自分がいる。  けれど、俺ひとりだけを見てくれないのならもういいやと、そういう気持ちがあるのも事実。  色んな感情でぐちゃぐちゃに押し潰されてしまいそうだ。 「……っ、」  自分だけを大切にしてくれる人はいないと分かっていたはずなのに、頭の片隅ではいつかはそんな人に出会えるはずだと期待してしまっていたから、こんなふうにうまくいかずに壊れてしまうのだろうか。  俺は誰かの特別になることはできないの? 俺だけを愛してくれる人は、やっぱりいないのかな。  望むべきではない? この願いはあまりにも図々しいものなの?  俺は、誰も好きにならないほうが良いのかな。 「あーあ」  俺はいつから間違ってしまったんだろう。  自分が好きになるの人が男だと自覚したのは小学生の時だった。  女の子と話をするよりも、男の子と話をしている時のほうがドキドキしたのを覚えている。  自覚してしばらくしてから、同じクラスの子を好きになってしまった。  バレないように気を付けていたつもりだったけれど、無意識って怖いもので、自分でも知らないうちにその子のことを目で追うようになっていた。  それに気付いたクラスメイトに色々されたり言われたりするのは言うまでもない。……五年生の終わり頃だったかな。  それからだんだんといじめが酷くなって、しばらく学校に行くことができなくなった。  しばらくの間は、大好きな親を心配させたくなくて我慢していたけれど、それも限界が来て、ある日の朝、ベッドから起き上がれなくなった。  身体が強張って動けなくなり、教室に行って向けられるあの視線を思い出すだけで震えが止まらなくなった。  嫌な笑い声が脳内に響いて、内側から破裂しそうになった感覚を、今でもはっきりと覚えている。  

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