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柚子side

 結局、いじめを受けていること、そのいじめの原因、何もかもが親にバレてしまった。  母さんも父さんも泣いていた。両親の涙はこの時に初めて見た。いつも笑顔が素敵なふたりだったからこそ、こんなふうに泣かせた自分のことがたまらなく嫌いになった。  何も器用にできない俺が悪い。隠しきれずクラスのみんなにバレたことも、それに耐えられなくて両親を傷つけたことも、全部。  それでも、自分を責める俺を、ふたりとも泣きながら抱きしめてくれた。  「柚子は男の人が好きなのか」とお父さんにそう聞かれ、もう隠しきれないと、幼いながらもそう思った。  家族にまで否定されたら、もう本当に生きていけないかもしれないと、吐きそうになりながらも小さく頷いたことも覚えている。    沈黙の時間が、とにかく怖かった。  どんな言葉が返ってくるのか想像してみても、ポジティブなイメージは何も浮かばなかったから。    けれど、ふたりとも何も言わずに、俺を抱きしめる力を強めただけだった。  それからしばらくして、「柚子はそのままでいいんだよ。何も悪いことじゃあないよ」と、お父さんがそう言ってくれた。  それで今までの想いやら何やらが、救われたわけではなかったし、それが本心だったかも分からないけれど、この時は家族だけは味方だと思うと少しだけ、気持ちが楽になった。    「私の可愛い子……」と、泣いている母さんの声が今でも耳に残っている。  中学校は、これまでの環境から少しでも逃れるために隣町に引っ越した。  田舎だったから人も少なくて平和なところだったけれど、噂がすぐに広がる印象もあって、常に注意して過ごす日々が苦しかった。  それに人と関わることが怖くなっていた俺は、クラスメイトに対して堂々と接することができず、もじもじするのが気持ち悪いと、相手にしてもらえなくなった。  結局そこでもひとりぼっちで、俺にとっての居場所はできなかった。  高校は県外の学校に通うことにした。  小学校や中学校で学んだことを活かして、それなりに頑張ったつもりだった。  女の子に興味は持てないままだったけれど、告白された時に断らなかった。  初めての恋人は恋愛対象ではない女の子で、クラスの中でもかなり可愛らしい子だった。  「柚子くんの優しい目が好き」なんて言って笑ってくれる笑顔の似合う子だった。  クラスの男子からは羨ましがられて色々聞かれたけれど、その度に気まずさを感じていたし、クラスのみんなに揶揄われる度に、嫌がるどころか彼女の期待が膨らんでいることにも気づいていた。  けれど、どんなに頑張ってみても、俺は彼女にキスさえもできなかった。  柔らかい体のラインや、ぷっくりとした唇、膨らんだ胸、彼女の香り。何もかもがダメだった。  自分自身を否定して本当の気持ちに蓋をしていることも、彼女に対して裏切っているという罪悪感も、何もかもが苦しかった。  やっぱりどう頑張っても好きになれないとそう思ったら、顔を近付けて目を瞑った彼女を、気づいた時には突き飛ばしていた。  俺に笑顔を向けてくれていた彼女は消え去り、信じられないと冷たい目で罵られた。  彼女はとても自分に自信のある子だったようで、「この私を? 拒否するの?」と詰め寄られた。  「恥をかかされたし、このまま簡単に終わらせないから」とそう言った彼女は、翌日「あいつはホモなんだって」と噂を流した。  その時に好きになった男子もいなければ、誰かと付き合っていたわけでもないし、その噂が本当かどうか確かめられることはなかったけれど、俺の高校生活を壊すには十分だった。  けれど、自分を守るために関係のない彼女を巻き込んだことは事実だから。他の人と同じように過ごすためには、とそんな気持ちで利用してしまった俺が悪いから。  じゃあどうすれば良かったんだと、考えることを放棄したくなった時もあったし、噂は長らく消えずに友人たちとの関係も修復できないままだったけれど、高校三年間はとにかく勉強に励んだ。

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