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柚子side
大学は地元からはかなり離れた、レベルの高いところを受験した。
頭が良い人たちと一緒に過ごしたいとかそういうことではなくて、この大学に来る目的を持っている人たちならば、きっと自分の目標に向かうことに一生懸命で、いちいち他人の噂に振り回されないと思ったから。
大学生活に少しだけ慣れてきた頃、同じ学部に気になる人ができたけれど、その想いは今度はしっかりと封じ込めた。
初めて友人と言える出会いを大切にしたかったし、関係を壊したくはなかったから。
その友人がこれまで出会った人たちのように、本当のことを知ったら俺に何か嫌なことを言うとは思っていないけれど、それでももしそうなった時に、今度こそ立ち直れなくなると思う。
彼を信用していないのではなく、俺自身を信用していないんだ。強くなったようで、実際はもうボロボロだしね。
彼に俺の好意がバレないように、視線や表情に気を付けたし、できるだけ同じテンションで過ごすようにしてきた。
ノリが悪いなと言われないように、でも距離感を間違えないように。
そうして取り繕ってきた自分ではあったけれど、彼は時々ありのままの俺を受け入れてくれそうな、そんな気分にしてくれる瞬間もあって、だからそれだけでもう充分だった。
これまで誰との間でも感じられなかった温かな気持ちで過ごせる時間が、彼との間には確かにあったから。
けれどそうはいっても、誰かと恋愛的な意味で特別になりたい気持ちが消えるわけでもなく、ゲイの向けのアプリで出会いを探すことにした。
身体の関係だけを多数の人と持つことは怖かったから、俺と同じように真剣にお付き合いを希望し、認め合える人に出会いたくて。
そこで出会ったのが、あの人、津森さん。
思い返してみれば、ゲイの俺と同じ境遇で苦しんだようなエピソードを彼から聞いたことはなかったけれど、それでも自分に向き合ってくれる人を探していると言っていたから、俺との共通点に嬉しくなったんだよね。
最初はランチから始まって、数時間で解散する日を繰り返し、しっかりと段階を踏まれるデートに安心感があったし、その中でやっと気持ちを確かめ合えた時には、飛び跳ねるくらいに嬉しかった。
俺たち以外には他に誰もいないホテルの一室で、何も気にせず津森さんに抱きついた。
「柚子くんってば、そんなに思いっきり感情を出せる子だったんだね」と、温かく笑った彼の顔を、あの時は一生忘れないと誓ったんだ。
津森さんの低くても優しさのある声が、とても好きだった。
柚子くんと呼ばれると、嬉しくてなんだかくすぐったかった。自分の名前がとても特別なものに思えた。
笑った時の目尻にできるシワも好きだった。
俺の頬に丁寧に触れる、少しだけゴツゴツした指先も好きだった。
抱きついたら抱きしめ返してくれるその腕も、ふわりと全身を包んでくれる彼の香りも、何もかもが大好きだった。
俺を男として、男のままで受け入れてくれた。気持ちだけではなく、身体も全て。
初めて愛をもらって、全身がしびれた感覚は、今でもはっきりと残っている。
たかがネットでの出会いだったかもしれないけれど、俺にとっては大切だったし、生きがいだった。
彼との時間はいつも幸せで溢れていたし、何よりも守りたいものだった。
俺はここにいて良いのだと思える場所があることが嬉しかったし、こんな俺だったから素敵な彼に出会えたのだと、今思えばそんな馬鹿げたことすら感じていた。
とにかく彼が、津森さんが、俺の全てだった。
そう思えるほどの愛情を、たくさん向けてもらえたから。
でもそれも、どこまでが本当だったかなんて分からないけれど。
彼にとってはただの都合の良い存在だったのかもしれない。そんなに大切に扱っていたわけじゃあなかったのかもしれない。
俺が、優しさになれていなかったから、ありきたりな優しさを、関係を続けるために演じていただけかもしれない彼の言動を、特別だと、愛されていると、そう勘違いしていただけだったのかもしれない。
あーあ、嫌になるね。
彼にとっても俺しかいないだろうと、お花畑みたいなことを考えていたし、そう考えるくらいには俺にとっては彼氏かいないと思っていたから。
今まで与えられなかった幸せを、彼からもらっているような、そんな感覚もあった。
それなのに結婚だなんて、本当にまさかの出来事。
ああ、津森さんは俺とは違ったんだ。俺の居場所にはなってくれなかった。
俺も、彼のの居場所になれなかった。
……俺だけを、愛してはくれないんだね。
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