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柚子side

 俺の気持ちとは正反対に、雲ひとつない青空の中、広い中庭のベンチに一人で腰かけた。  まだ寒い季節とはいえ、陽が当たる昼間は結構暑く、日陰にあるベンチは埋まっていることが多いのに。  空いているなんて、今日は運が良いようだ。 「ふー……」  他にもいくつかあるベンチは、友人同士で集まってわいわい騒ぐ学生たちで溢れていた。  笑い合って小突いたり、教材を広げて一緒に見たり。  見ているだけで、こらちもつい笑ってしまうような、そんな雰囲気があった。その横を楽しくおしゃべりしながら通り過ぎる学生たちも眩しく見える。  ふと、お前はひとりぼっちだと言われているような気がした。  こんな雰囲気の中で、このテンションで一人座っているんだもんね。 「あーあ……」  大学では友人もそれなりにできたし、実際に楽しめてもいる。人並みの居場所もできた。  けれど、それでも全ての寂しさが埋まるわけではないから。  ぽっかり空いた心の一部を、これまでは津森さんに埋めてもらっていた。  友情では満たせないところ。ずっと欲しかった他人からの愛情。俺だけに注いでもらえる、特別な感情。  それなのに今はまた、そこが空っぽになっている。 「はぁ……、」  過ぎていく人々から目を逸らし、大きな空を見上げる。青く澄んだ空はキレイだけれど、でもそれも今は憎らしくてたまらない。  綺麗な青空と伸びをして、空気を吸うような爽やかな気持ちは、今は持ち合わせていないから。    俺は何も見えないように、そっと目蓋を閉じた。少しだけ、少しの間だけ、こうしていよう……。 「あの、隣いいですか?」  どれくらい目を瞑っていたのだろうか。  すぐ近くで声が聞こえたような気がして、俯いたままの状態でぼんやり目を開けると、視界に黒色のスニーカーが入って来た。  どうやら誰か、ここに座りたいようだ。 「あー、どうぞ。俺もう帰るんで」  目を瞑って過ごしたことで少しゆっくりできたし、もうそのまま帰ろう。  そう思って、俺は荷物を持つと立ち上がった。  顔も上げずにこんな態度で失礼だと思われるだろうか。それでも、愛想良くする余裕もないから、俺は声をかけた人の顔もろくに見ることなく軽く会釈する。  少し肩がぶつかりそうになりながらも横を通り過ぎようとした時、その誰かに急に腕を掴まれた。  捕まれ箇所から一気に体温を感じると、さっき視界の端で見たあのスニーカーが何となく見覚えがある気がしてきて、一気に血の気が引いた。 「おーっと、帰る気?」 「……っ、」  やっぱり。確信に変わった瞬間、その声に身体がぞわりと震えた。  いつも一緒にいる友人ではないのに、聞き覚えのある声。それにこんなふうに腕を掴んで距離を縮めてくる人は、知っている人の中でひとりしかいない。  顔を上げなくても分かる。橘くんだ。  ずっと会わないように意識してして過ごし、今日安心したばかりだったというのに。 「柚子さん、もう帰っちゃうの? ねぇ?」  ここにいたらダメだと、警笛が鳴る。  俺は彼から逃げようと、掴まれた腕を必死に動かした。  けれど、振り払おうにも彼の力が驚くほど強く、それが叶わない。 「……っ、離して、」 「何言ってんの? 何も済んでいないのに離すわけないじゃん。あんたバカだね」  さらに力が強まり、いよいよ無理だと諦めの気持ちも出てくる。それでも彼に捕まって、話をすることだけは避けたかった。  そのためにあの日から今日までずっと、会わないように意識して過ごしてきたんだから。 「離せ……っ、」 「やだね。もう抵抗するのやめなよ。俺、別にあんたに何か嫌なことしに来たんじゃないんだからさ」  とは言え、今、俺にとって嫌なことをしているじゃあないかと思いながら睨みつけ、「くそっ」とかすれた声を漏らすと、橘くんは満足そうに「ふはっ」と笑った。   「嬉しい。やっと、見つけられた。俺、あんたにずっと会いたかったんですよ」 「なんで」 「なんででしょうね」  もう片方の手で、彼は俺の頬に触れた。 「ゆっくり話したいな。もう抵抗しないでくれる?」 「抵抗したらどうなるの?」 「それ、本当に知りたい?」 「……最悪だ」 「今の柚子さんに拒否権なんかないよ。……おいで」  やっていることは強引だし、さっきまで俺の腕を掴んでいた力だって強かったのに。  それなのに今は掴む手の力も弱まり、頬への触れ方や「おいで」との声は優しい。  そういう些細なところまで俺を混乱させないでほしい。  今から彼に何か言われるとして、きっと良いことではないだろうに。 「俺ん家に行こう」 「拒否権ないって言ったくせに、行こうなんて誘うなよ。行くしかないんでしょ」 「そうだけどさ、そんな怖い顔しないでよ」

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